25 / 61
11.外の世界と獣人
②
しおりを挟む
◇
厩舎で馬を借りて王城を出る。
カツカツと馬のひずめが石畳を叩く音が響く中、リオンはこれ以上ないほどの緊張で身体を固くしていた。
「リオン様、身体から力を抜いてください。そんなに離れていては落ちてしまいますよ」
「ごめんっ、でも……無理っ」
「大丈夫です。力を抜いて、私に身を任せて」
耳元でクレイドの声がして、リオンは心の中で悲鳴を上げた。
(無理、無理、無理……! こんなの聞いてない!)
リオンはほとんどパニック状態だった。
だってクレイドに後ろから抱き込まれるような体勢で一頭の馬に乗っているのだ。リオンが一人で馬に乗れないから仕方がないといえ、身体が密着して、クレイドの鍛え上げられた筋肉質なたくましい身体と背中が触れてしまう。
それだけではない。クレイドがしゃべるたびに耳に吐息がかかり、首筋をぞくぞくとした甘いしびれが伝ってくるのだ。
(どうしよう、どうしよう! 心臓が破裂しそうだよっ)
落ち着け、落ち着け……と心の中で唱えて必死に呼吸を繰り返す。
やがて広い石畳の街道の道幅が狭くなり、赤茶色の土の道に変わった。道の脇にも小さな赤いレンガ屋根の家が増え始める。
そのころにはなんとか動揺も収まり、周りの風景を眺める余裕が出来た。
空は青く、頭上を旋回する大きな鳥の鳴き声が響いてくる。集落を抜けると見渡す限り一面の麦畑に出た。
緑色と黄色を複雑に混ぜたような色合いの麦の穂がしなり、遠くまで風が走っていく様子が見える。その光景を馬上からリオンは息を呑んで眺めた。
「綺麗だね。絨毯みたい」
「そうでしょう。この時期の麦は日ごとに色を変えますからね」
「ということは、今日しか見れない景色ってこと?」
「その通り。明日にはまた違う色になる。ノルツブルクは美しいでしょう?」
遠くの景色を目を細めるクレイドの顔を見あげながら、リオンは思い出した。
「そういえば最初の頃言ってたよね、ノルツブルクには美しいところがたくさんあるから、いつか連れて行ってくれるって」
「ええ。ようやくですね。遅くなりましたが、やっと連れてくることが出来ました」
嬉しそうな声音に、胸が温かくなった。
ちらりと後ろを向くと、深く被ったフードの下の灰色の瞳がこちらを見ていた。またドキッとしてしまい、慌てて目を逸らす。
そして今頃気が付いた。
(……そういえばクレイド、初めて会ったときの格好してる。懐かしいな)
今日のクレイドは紺色の長いマントを身につけていて、胸元にはノルツブルクの紋章が入ったブローチを付けている。
あのときも今と同じようにクレイドはフードを深くかぶっていて、そこから見える灰色の瞳が綺麗だと思ったのだ。そしてフードを脱いでくれたときには、端正な顔立ちに目を奪われた。
(もしかして、そのころからクレイドに惹かれてたのかな……なんてね)
リオンは口元に笑いを浮かべた。そんなことを考えてしまうくらいに、リオンは二人きりの時間に浮かれていたのだ。
途中綺麗な水が沸きだす泉に寄って休憩をして、またしばらくのあいだ馬に揺られると大きな街に着いた。どうやら目的地はここらしい。街の馬屋に馬を預けて身軽になってから中央広場の方へと足を延ばした。
「すごい……! こんなに大きい街に初めて来たよ」
石畳の大きな広場には露店が並び、香辛料や果物、布地や工芸品が所狭しと並んでいる。子どもたちが駆け回り、商人たちが威勢の良い声を張り上げている。食べ物も売っているようで、さっきから肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
「このあたりでは一番大きな街ですよ。何か食べる物を買ってみますか?」
「えっ、いいの!?」
「もちろんですよ」
「それじゃあれを食べてみたいな」
ずっと気になっていた肉の串焼きの露店を指さしたときだ。
「うわぁ、あぶねえ!」
「何やってんだっ」
背後で男たちの悲鳴と怒鳴り声があがった。
驚いて声の方を見ると、すぐそこの大通りへと続く出口で、大人の背丈を超えるほどの大きな荷台がぐらぐらと揺れているのが見えた。周囲の人たちは慌てて荷台のそばから離れていく。と、そのとき小さな男の子が転んだ。そこへ狙ったように荷台が傾いていく。
「――あ」
危ない! とリオンが悲鳴をあげそうになるのと、クレイドが走り出したのは同時だった。
クレイドは素早い身のこなしで荷台の下敷きになりかけている男の子と抱えると、横っ飛びに転がった。
どおん、と大きな音を立てて荷台が倒れる。
「クレイド!」
リオンは慌てて駆けだした。
砂ぼこりが舞いあがる中、クレイドはしっかりと男の子を抱いたまま石畳の上に蹲っていた。そのすぐそばには荷台が倒れている。
一瞬でも遅れていたら男の子もクレイドも大きな荷台に落ちつぶされていただろう。間一髪だ。
ひやりとしながらクレイドに駆け寄る。
「クレイドっ、大丈夫⁉」
「ええ、大丈夫です」
ゆっくりと起き上がりながらクレイドが答えた。
見たところ怪我もなさそうだ。リオンは「良かった……」とようやくほっと息をついた。
クレイドは抱えていた男の子を立たせて全身の状態を確認した後、膝をついた体勢のままで小さな顔を覗き込む。
「大丈夫だったか? 痛いところは?」
男の子は自分の身に何が起きたのかよくわかっていないようだった。きょとんとした顔のまま、ふるふるっと首を振る。
「だ、だいじょうぶ」
「そうか、良かった」
クレイドが安心したように大きく息をつく。そうして男の子の頭を撫で立ち上がったとき、人込みをかき分けて男の子の母親らしき女の人が走ってきた。
「ありがとうございます! うちの子を助けていただいて――」
母親の言葉がそこで止まった。
クレイドの顔を見て急にぎょっと目を見張ったのだ。母親の顔に驚愕と恐怖が広がっていく。
(え……?)
「――獣人だ」
どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
(獣人……? 獣人ってクレイドのこと?)
リオンははっとしてクレイドの方を見た。いつのにかクレイドが深くかぶっていたフードが脱げて、毛に覆われた狼の耳が露わになっていたのだ。
クレイドは素早くフードを被って耳を隠したが、ざわめきは収まらない。
「獣人……? どうしてこんなところに」
「怖いな」
「近寄っちゃだめだわ、行きましょ」
人々が口々に呟き、雑踏に嫌な囁き声が広がっていく。
信じられない言葉に唖然として、リオンは周囲を見回した。
人々はクレイドから距離を取り、恐怖と嫌悪の視線を向けている。男の子の母親も息子を抱きしめたまま、強張った青い顔でクレイドを見あげたままだ。
(なんで……? どうして……)
クレイドは騎士だ。ノルツブルクの紋章を付けていることや帯剣していることから見てわかるはずだ。
それに今だって、クレイドが身を挺して助けなかったら男の子は荷台に押しつぶされていた。それなのにどうして、こんな言葉と視線を向けられているのだ?
唖然としていると、クレイドに腕を引かれた。
「リオン様、行きましょう」
「え」
リオンはわけもわからないままにクレイドに手を引かれ、雑踏を離れた。大通りからさらに細い裏通りまで歩いてくると人影がなくなり、ようやくクレイドの足が止まる。
ふうと息をつき、クレイドがこちらを見た。
「すみません、串焼きを買うのを忘れましたね。せっかく楽しみにしていたのに申し訳ない。今度王宮で作ってもらうように頼んでみますので、今日のところは諦めていただくしかないですね」
穏やかで何事もなかったようなクレイドの言葉に、戸惑いの気持ちが一気に激情に変わった。
「串焼きなんていらないよ! そんなのどうでもいい!」
「リオン様……?」
クレイドが驚いたように目を見張っている。でも込み上げてくる感情を抑えられない。クレイドの耳を見て「獣人だ」と心無い言葉を投げつけてきた人たちに対する怒りが、今さらのように湧き上がってくる。
「なんなの、あれ!」
怒りで震えながらリオンが言うと、クレイドは目を瞬いた。
「あれとは、なんでしょう?」
「さっきの人たちだよ! 獣人が野蛮だとかなんだとか言ってた!」
クレイドは「ああ」と頷いた。そして困ったように笑いながら首を傾げる。
「獣人はもともと気の荒い性質の者が多く、慣れていない人間は怖がるものなんですよ。しょうがないのです。獣人は身体も大きいですし力も強いので、一般の方たちが怖がるのも無理はない」
「なに、それ……? なんで……そんなこと言うの?」
「え?」
「クレイドは立派な騎士だよ。誰よりも優しい人だ。それが獣人だってだけであんなふうに……。僕、悔しいよ……」
リオンの目からはぽろぽろと涙が流れていた。
腹立たい気持ちも悔しい気持ちもある。だけどそれ以上に、差別をされても受け入れ、何事もなかったよう振る舞っているクレイドの姿がとても悲しかったのだ。
思い返せば初めて会ったときもクレイドはフードを深くかぶり、「怖がらせてしまうから」と言って自分の耳と尾を隠していた。あのときの悲しそうなクレイドの表情を思い出すと、心が鋭利なもので突き刺されたように痛い。
「リオン様……」
クレイドは困ったように呟き、涙を流すリオンをそっと抱き寄せた。
「すみません、あなたに嫌な思いをさせてしまいましたね」
「……クレイドが、……謝ることじゃ、ない……」
「ですが」
クレイドは心底困り果てたように言葉を切った後、そっとリオンの顔を覗き込んできた。
「わかってくれる人がわかってくれているなら、それでいいのです。本当に私は気にしていないので」
優しい顔で言い聞かすように言われたが、リオンは泣きながら黙って首を振った。
それでいいなんてリオンには思えなかった。
いいはずがない。だけどクレイドのために自分が何も出来ないことが悔しい。
クレイドは黙ってそんなリオンの顔を見つめていたが、ふいに思いついたように口を開いた。
「あなたを連れて行きたいところがあるのですが、一緒に行ってもらえますか?」
「え……? どこに行くの?」
「私の故郷です」
リオンは涙を拭うのも忘れ、きょとんと目を瞬いた。
厩舎で馬を借りて王城を出る。
カツカツと馬のひずめが石畳を叩く音が響く中、リオンはこれ以上ないほどの緊張で身体を固くしていた。
「リオン様、身体から力を抜いてください。そんなに離れていては落ちてしまいますよ」
「ごめんっ、でも……無理っ」
「大丈夫です。力を抜いて、私に身を任せて」
耳元でクレイドの声がして、リオンは心の中で悲鳴を上げた。
(無理、無理、無理……! こんなの聞いてない!)
リオンはほとんどパニック状態だった。
だってクレイドに後ろから抱き込まれるような体勢で一頭の馬に乗っているのだ。リオンが一人で馬に乗れないから仕方がないといえ、身体が密着して、クレイドの鍛え上げられた筋肉質なたくましい身体と背中が触れてしまう。
それだけではない。クレイドがしゃべるたびに耳に吐息がかかり、首筋をぞくぞくとした甘いしびれが伝ってくるのだ。
(どうしよう、どうしよう! 心臓が破裂しそうだよっ)
落ち着け、落ち着け……と心の中で唱えて必死に呼吸を繰り返す。
やがて広い石畳の街道の道幅が狭くなり、赤茶色の土の道に変わった。道の脇にも小さな赤いレンガ屋根の家が増え始める。
そのころにはなんとか動揺も収まり、周りの風景を眺める余裕が出来た。
空は青く、頭上を旋回する大きな鳥の鳴き声が響いてくる。集落を抜けると見渡す限り一面の麦畑に出た。
緑色と黄色を複雑に混ぜたような色合いの麦の穂がしなり、遠くまで風が走っていく様子が見える。その光景を馬上からリオンは息を呑んで眺めた。
「綺麗だね。絨毯みたい」
「そうでしょう。この時期の麦は日ごとに色を変えますからね」
「ということは、今日しか見れない景色ってこと?」
「その通り。明日にはまた違う色になる。ノルツブルクは美しいでしょう?」
遠くの景色を目を細めるクレイドの顔を見あげながら、リオンは思い出した。
「そういえば最初の頃言ってたよね、ノルツブルクには美しいところがたくさんあるから、いつか連れて行ってくれるって」
「ええ。ようやくですね。遅くなりましたが、やっと連れてくることが出来ました」
嬉しそうな声音に、胸が温かくなった。
ちらりと後ろを向くと、深く被ったフードの下の灰色の瞳がこちらを見ていた。またドキッとしてしまい、慌てて目を逸らす。
そして今頃気が付いた。
(……そういえばクレイド、初めて会ったときの格好してる。懐かしいな)
今日のクレイドは紺色の長いマントを身につけていて、胸元にはノルツブルクの紋章が入ったブローチを付けている。
あのときも今と同じようにクレイドはフードを深くかぶっていて、そこから見える灰色の瞳が綺麗だと思ったのだ。そしてフードを脱いでくれたときには、端正な顔立ちに目を奪われた。
(もしかして、そのころからクレイドに惹かれてたのかな……なんてね)
リオンは口元に笑いを浮かべた。そんなことを考えてしまうくらいに、リオンは二人きりの時間に浮かれていたのだ。
途中綺麗な水が沸きだす泉に寄って休憩をして、またしばらくのあいだ馬に揺られると大きな街に着いた。どうやら目的地はここらしい。街の馬屋に馬を預けて身軽になってから中央広場の方へと足を延ばした。
「すごい……! こんなに大きい街に初めて来たよ」
石畳の大きな広場には露店が並び、香辛料や果物、布地や工芸品が所狭しと並んでいる。子どもたちが駆け回り、商人たちが威勢の良い声を張り上げている。食べ物も売っているようで、さっきから肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
「このあたりでは一番大きな街ですよ。何か食べる物を買ってみますか?」
「えっ、いいの!?」
「もちろんですよ」
「それじゃあれを食べてみたいな」
ずっと気になっていた肉の串焼きの露店を指さしたときだ。
「うわぁ、あぶねえ!」
「何やってんだっ」
背後で男たちの悲鳴と怒鳴り声があがった。
驚いて声の方を見ると、すぐそこの大通りへと続く出口で、大人の背丈を超えるほどの大きな荷台がぐらぐらと揺れているのが見えた。周囲の人たちは慌てて荷台のそばから離れていく。と、そのとき小さな男の子が転んだ。そこへ狙ったように荷台が傾いていく。
「――あ」
危ない! とリオンが悲鳴をあげそうになるのと、クレイドが走り出したのは同時だった。
クレイドは素早い身のこなしで荷台の下敷きになりかけている男の子と抱えると、横っ飛びに転がった。
どおん、と大きな音を立てて荷台が倒れる。
「クレイド!」
リオンは慌てて駆けだした。
砂ぼこりが舞いあがる中、クレイドはしっかりと男の子を抱いたまま石畳の上に蹲っていた。そのすぐそばには荷台が倒れている。
一瞬でも遅れていたら男の子もクレイドも大きな荷台に落ちつぶされていただろう。間一髪だ。
ひやりとしながらクレイドに駆け寄る。
「クレイドっ、大丈夫⁉」
「ええ、大丈夫です」
ゆっくりと起き上がりながらクレイドが答えた。
見たところ怪我もなさそうだ。リオンは「良かった……」とようやくほっと息をついた。
クレイドは抱えていた男の子を立たせて全身の状態を確認した後、膝をついた体勢のままで小さな顔を覗き込む。
「大丈夫だったか? 痛いところは?」
男の子は自分の身に何が起きたのかよくわかっていないようだった。きょとんとした顔のまま、ふるふるっと首を振る。
「だ、だいじょうぶ」
「そうか、良かった」
クレイドが安心したように大きく息をつく。そうして男の子の頭を撫で立ち上がったとき、人込みをかき分けて男の子の母親らしき女の人が走ってきた。
「ありがとうございます! うちの子を助けていただいて――」
母親の言葉がそこで止まった。
クレイドの顔を見て急にぎょっと目を見張ったのだ。母親の顔に驚愕と恐怖が広がっていく。
(え……?)
「――獣人だ」
どこからともなくそんな声が聞こえてきた。
(獣人……? 獣人ってクレイドのこと?)
リオンははっとしてクレイドの方を見た。いつのにかクレイドが深くかぶっていたフードが脱げて、毛に覆われた狼の耳が露わになっていたのだ。
クレイドは素早くフードを被って耳を隠したが、ざわめきは収まらない。
「獣人……? どうしてこんなところに」
「怖いな」
「近寄っちゃだめだわ、行きましょ」
人々が口々に呟き、雑踏に嫌な囁き声が広がっていく。
信じられない言葉に唖然として、リオンは周囲を見回した。
人々はクレイドから距離を取り、恐怖と嫌悪の視線を向けている。男の子の母親も息子を抱きしめたまま、強張った青い顔でクレイドを見あげたままだ。
(なんで……? どうして……)
クレイドは騎士だ。ノルツブルクの紋章を付けていることや帯剣していることから見てわかるはずだ。
それに今だって、クレイドが身を挺して助けなかったら男の子は荷台に押しつぶされていた。それなのにどうして、こんな言葉と視線を向けられているのだ?
唖然としていると、クレイドに腕を引かれた。
「リオン様、行きましょう」
「え」
リオンはわけもわからないままにクレイドに手を引かれ、雑踏を離れた。大通りからさらに細い裏通りまで歩いてくると人影がなくなり、ようやくクレイドの足が止まる。
ふうと息をつき、クレイドがこちらを見た。
「すみません、串焼きを買うのを忘れましたね。せっかく楽しみにしていたのに申し訳ない。今度王宮で作ってもらうように頼んでみますので、今日のところは諦めていただくしかないですね」
穏やかで何事もなかったようなクレイドの言葉に、戸惑いの気持ちが一気に激情に変わった。
「串焼きなんていらないよ! そんなのどうでもいい!」
「リオン様……?」
クレイドが驚いたように目を見張っている。でも込み上げてくる感情を抑えられない。クレイドの耳を見て「獣人だ」と心無い言葉を投げつけてきた人たちに対する怒りが、今さらのように湧き上がってくる。
「なんなの、あれ!」
怒りで震えながらリオンが言うと、クレイドは目を瞬いた。
「あれとは、なんでしょう?」
「さっきの人たちだよ! 獣人が野蛮だとかなんだとか言ってた!」
クレイドは「ああ」と頷いた。そして困ったように笑いながら首を傾げる。
「獣人はもともと気の荒い性質の者が多く、慣れていない人間は怖がるものなんですよ。しょうがないのです。獣人は身体も大きいですし力も強いので、一般の方たちが怖がるのも無理はない」
「なに、それ……? なんで……そんなこと言うの?」
「え?」
「クレイドは立派な騎士だよ。誰よりも優しい人だ。それが獣人だってだけであんなふうに……。僕、悔しいよ……」
リオンの目からはぽろぽろと涙が流れていた。
腹立たい気持ちも悔しい気持ちもある。だけどそれ以上に、差別をされても受け入れ、何事もなかったよう振る舞っているクレイドの姿がとても悲しかったのだ。
思い返せば初めて会ったときもクレイドはフードを深くかぶり、「怖がらせてしまうから」と言って自分の耳と尾を隠していた。あのときの悲しそうなクレイドの表情を思い出すと、心が鋭利なもので突き刺されたように痛い。
「リオン様……」
クレイドは困ったように呟き、涙を流すリオンをそっと抱き寄せた。
「すみません、あなたに嫌な思いをさせてしまいましたね」
「……クレイドが、……謝ることじゃ、ない……」
「ですが」
クレイドは心底困り果てたように言葉を切った後、そっとリオンの顔を覗き込んできた。
「わかってくれる人がわかってくれているなら、それでいいのです。本当に私は気にしていないので」
優しい顔で言い聞かすように言われたが、リオンは泣きながら黙って首を振った。
それでいいなんてリオンには思えなかった。
いいはずがない。だけどクレイドのために自分が何も出来ないことが悔しい。
クレイドは黙ってそんなリオンの顔を見つめていたが、ふいに思いついたように口を開いた。
「あなたを連れて行きたいところがあるのですが、一緒に行ってもらえますか?」
「え……? どこに行くの?」
「私の故郷です」
リオンは涙を拭うのも忘れ、きょとんと目を瞬いた。
53
あなたにおすすめの小説
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人
「後1年、か……」
レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
【完結】末っ子オメガ
鉾田 ほこ
BL
「晴にいさま、大好き」
アルファばかりのエリート一家の四人兄弟の末っ子に生まれた 亜季。
思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかったが、結果は「オメガ」だった。確かに他の息子たちに比べて、身体も小さく、性格もおっとりしていた末っ子オメガ。親戚を含めてアルファばかりで、オメガがいないゆえに扱いがわからない。
だが、はじめは家族の誰一人として末っ子がオメガであることを疎むことなく可愛がっていた。
ある日、転機が訪れる──
末っ子オメガに発情期(ヒート)が訪れ、事故が起こってしまう。それを理由に亜季はひとり家族と離れて暮らすことになった。
そして末っ子は──男娼になって……長男 晴臣と再会する。
すれ違いオメガバース。
策士オメガの完璧な政略結婚
雨宮里玖
BL
完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。
ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。
長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。
相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。
だがそんなことはノアには関係ない。
これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。
一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
Xアカウント(@wawawa_o_o_)
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる