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11.外の世界と獣人
④
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◇
「クレイドーまた遊びに来てねー」
「リオン兄ちゃんもいっしょにねー!」
孤児院の建物の前で子どもたちが一生懸命に手を振っている。リオンも大きな声で叫び返した。
「またね! また遊びに来るね!」
リオンもクレイドも何度も振り向きながら手を振り返し、修道院の門を出た。
あれから子供たちといっしょに修道院の庭で遊び、昼食までご馳走になった。子供たちは「うわあ、このお兄ちゃん綺麗!」「天使みたい」「髪の毛きらきらでお日様!」などと言ってリオンに懐いてくれて、セシリアも交えて和やかな時間を過ごすことができた。
それなのに、リオンの心は晴れないままだった。なぜだかわからないが、胸にどっしりと重いものが圧し掛かっているのだ。
「リオン様、疲れてしまいましたか? すみません、すっかり長居してしまって」
隣を歩くクレイドに心配するように言われ、リオンは慌てて首を振った。
「えっ、ううん! 大丈夫だよ」
「それならいいのですが……。西の空が暗いですね。少し急ぎましょう」
確かに晴れ渡っていた空にはいつのまにか重く厚い雲が流れて来ていた。
先ほどと同じように馬に乗り、行きよりは早いスピードで田舎の一本道を戻る。「そういえば」とクレイドが切り出した。
「本当だったら街の大聖堂や神学校に案内しようと思っていたんです。予定がかなり狂ってしまいました」
「そうだったの? でも僕はここに来れて良かったよ」
「退屈ではなかったですか?」
「全然。子供たちも可愛かったし、マザーにも良くしてもらって嬉しかった。それに――」
空模様に同調するように、またふっとリオンの心が陰った。クレイドが「それに?」と先を促してくる。
「うん、あのね……。うまく言えないんだけど、クレイドのこともっと知りたいなって思ったんだ。好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか、小さな頃どんな子供だったのかなとか、――クレイドは、どんなところで育ったのかな、とか……」
話しながらちらりと後ろのクレイドを見あげる。その顔つきで、敏いクレイドはリオンが言おうとしていることを理解したらしい。
「もしかしてセシリアから聞きましたか? 私がさっきの孤児院で育ったということを」
「うん、ごめん」
リオンが申し訳ない気持ちで頷くと、クレイドは小さく笑った。
「謝ることはありませんよ。隠しておきたいことでもないですし、内緒にしておきたかったならあなたをここに連れては来ていません」
「それなら聞きたい。聞かせて」
リオンは勢い込んで言った。
クレイドはほんの少し馬の速度を緩めて、「あまり面白話ではありませんが」と前置きをして話し始めた。
「私が半獣であることはすでにお話したと思います。私の父にあたる男の方が獣人で、母の住む村に流れてきた傭兵だったようです。そして母は無理やりその男に孕まされた」
「え……?」
「獣人の男はそのことを知ると姿を消したそうです。母は宗教上の理由で堕胎をすることができず、そのまま私が生まれました。でも獣人の子どもを持つ母は田舎の小さな村ではやっていけなかったようです。しまいには村から追放される形になり、流れに流れてこの修道院に辿り着いた。そのとき母はかなり身体が弱っていて、半年もたたずに亡くなってしまったんです。私が五歳のときでした。それから私はあの孤児院と修道院で育ちました」
穏やかな声で語られる壮絶な話に、リオンは息を呑んだ。
ひたすら絶句しているリオンの顔を覗き込み、クレイドは苦笑した。
「リオン様、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ」
そんな顔、と言われてもよくわからなかった。何も言葉が出ず、首を振ることしか出来ない。
「私が生まれたころはちょうど大きな戦の後だったので、こういうことはよくあったのです。とりたてて珍しい話ではありませんし、私のような境遇の人間はどこにもたくさんいました。でも私はこの修道院で腹を空かせることもなく育つことが出来たのだから、幸運だった方の人間ですよ」
『幸運だった方の人間』。
その言葉に込み上げてきたのは圧倒的な寂しさだった。
言っていることはわかる。
不幸な人間は世の中に山ほどいるだろう。それでも――。
「ほんとに……?」
「え?」
「本当にクレイドもそう思ってる……?」
リオンが後ろを向いて見上げると、クレイドは少し驚いた顔をしたが、すぐに迷いなく「ええ」と頷いて笑った。
(なんで……そんな顔するの……)
クレイドが迷いもなく頷いたことがショックだった。そしてこの瞬間理解してしまった。
クレイドは自分を愛していないのだ。自分をどうでもいい存在だと思っている。
だから『獣人だ』と差別されても動じない。大したことがないと笑うことが出来る。凄惨な生い立ちを他人事のように穏やかに語ることができる。
「リオン様……?」
強張った顔で黙り込むリオンに、背後のクレイドはただ戸惑っていた。きっとクレイドには、リオンの言葉の意味も、何にショックを受けたのかもよくわからないのだろう。
「あの、リオン様。私は本当に――」
クレイドが言いかけたときだ。空からぽつりと水滴が落ちてきた。
「雨……?」
はっとしてクレイドが空を見上げる。リオンもつられて上を見上げると、ぱらぱらと雨粒が落ちてくるのが見えた。
あっという間に数滴の雨粒は土砂降りの雨に変わる。クレイドは急いで自分のマントでリオンの身体をくるむと、馬の脇腹を蹴った。
「近くの村まで急ぎます。掴まっていてください」
クレイドはそう言うと、あとは無言で馬を走らせたのだった。
「クレイドーまた遊びに来てねー」
「リオン兄ちゃんもいっしょにねー!」
孤児院の建物の前で子どもたちが一生懸命に手を振っている。リオンも大きな声で叫び返した。
「またね! また遊びに来るね!」
リオンもクレイドも何度も振り向きながら手を振り返し、修道院の門を出た。
あれから子供たちといっしょに修道院の庭で遊び、昼食までご馳走になった。子供たちは「うわあ、このお兄ちゃん綺麗!」「天使みたい」「髪の毛きらきらでお日様!」などと言ってリオンに懐いてくれて、セシリアも交えて和やかな時間を過ごすことができた。
それなのに、リオンの心は晴れないままだった。なぜだかわからないが、胸にどっしりと重いものが圧し掛かっているのだ。
「リオン様、疲れてしまいましたか? すみません、すっかり長居してしまって」
隣を歩くクレイドに心配するように言われ、リオンは慌てて首を振った。
「えっ、ううん! 大丈夫だよ」
「それならいいのですが……。西の空が暗いですね。少し急ぎましょう」
確かに晴れ渡っていた空にはいつのまにか重く厚い雲が流れて来ていた。
先ほどと同じように馬に乗り、行きよりは早いスピードで田舎の一本道を戻る。「そういえば」とクレイドが切り出した。
「本当だったら街の大聖堂や神学校に案内しようと思っていたんです。予定がかなり狂ってしまいました」
「そうだったの? でも僕はここに来れて良かったよ」
「退屈ではなかったですか?」
「全然。子供たちも可愛かったし、マザーにも良くしてもらって嬉しかった。それに――」
空模様に同調するように、またふっとリオンの心が陰った。クレイドが「それに?」と先を促してくる。
「うん、あのね……。うまく言えないんだけど、クレイドのこともっと知りたいなって思ったんだ。好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか、小さな頃どんな子供だったのかなとか、――クレイドは、どんなところで育ったのかな、とか……」
話しながらちらりと後ろのクレイドを見あげる。その顔つきで、敏いクレイドはリオンが言おうとしていることを理解したらしい。
「もしかしてセシリアから聞きましたか? 私がさっきの孤児院で育ったということを」
「うん、ごめん」
リオンが申し訳ない気持ちで頷くと、クレイドは小さく笑った。
「謝ることはありませんよ。隠しておきたいことでもないですし、内緒にしておきたかったならあなたをここに連れては来ていません」
「それなら聞きたい。聞かせて」
リオンは勢い込んで言った。
クレイドはほんの少し馬の速度を緩めて、「あまり面白話ではありませんが」と前置きをして話し始めた。
「私が半獣であることはすでにお話したと思います。私の父にあたる男の方が獣人で、母の住む村に流れてきた傭兵だったようです。そして母は無理やりその男に孕まされた」
「え……?」
「獣人の男はそのことを知ると姿を消したそうです。母は宗教上の理由で堕胎をすることができず、そのまま私が生まれました。でも獣人の子どもを持つ母は田舎の小さな村ではやっていけなかったようです。しまいには村から追放される形になり、流れに流れてこの修道院に辿り着いた。そのとき母はかなり身体が弱っていて、半年もたたずに亡くなってしまったんです。私が五歳のときでした。それから私はあの孤児院と修道院で育ちました」
穏やかな声で語られる壮絶な話に、リオンは息を呑んだ。
ひたすら絶句しているリオンの顔を覗き込み、クレイドは苦笑した。
「リオン様、そんな顔をしなくても大丈夫ですよ」
そんな顔、と言われてもよくわからなかった。何も言葉が出ず、首を振ることしか出来ない。
「私が生まれたころはちょうど大きな戦の後だったので、こういうことはよくあったのです。とりたてて珍しい話ではありませんし、私のような境遇の人間はどこにもたくさんいました。でも私はこの修道院で腹を空かせることもなく育つことが出来たのだから、幸運だった方の人間ですよ」
『幸運だった方の人間』。
その言葉に込み上げてきたのは圧倒的な寂しさだった。
言っていることはわかる。
不幸な人間は世の中に山ほどいるだろう。それでも――。
「ほんとに……?」
「え?」
「本当にクレイドもそう思ってる……?」
リオンが後ろを向いて見上げると、クレイドは少し驚いた顔をしたが、すぐに迷いなく「ええ」と頷いて笑った。
(なんで……そんな顔するの……)
クレイドが迷いもなく頷いたことがショックだった。そしてこの瞬間理解してしまった。
クレイドは自分を愛していないのだ。自分をどうでもいい存在だと思っている。
だから『獣人だ』と差別されても動じない。大したことがないと笑うことが出来る。凄惨な生い立ちを他人事のように穏やかに語ることができる。
「リオン様……?」
強張った顔で黙り込むリオンに、背後のクレイドはただ戸惑っていた。きっとクレイドには、リオンの言葉の意味も、何にショックを受けたのかもよくわからないのだろう。
「あの、リオン様。私は本当に――」
クレイドが言いかけたときだ。空からぽつりと水滴が落ちてきた。
「雨……?」
はっとしてクレイドが空を見上げる。リオンもつられて上を見上げると、ぱらぱらと雨粒が落ちてくるのが見えた。
あっという間に数滴の雨粒は土砂降りの雨に変わる。クレイドは急いで自分のマントでリオンの身体をくるむと、馬の脇腹を蹴った。
「近くの村まで急ぎます。掴まっていてください」
クレイドはそう言うと、あとは無言で馬を走らせたのだった。
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