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13.騎士として
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「ヴァルハルトに……行くの?」
クレイドは一瞬だけ驚いた顔をしたが、顔を引き締めて小さく頷いた。
「ご存じでしたか。そうです。和平交渉へ向かう官僚の護衛を任されました」
リオンは静かに唇を噛んだ。やはりさっき若手の騎士に聞いた話は本当だったのだ。
「でも心配ありませんよ。ヴァルハルト側も今回の件については後ろ暗いところがあるので、強弁な態度はとらないでしょう。戦争に発展するような事態にはならない。危険なことはありません」
危険がないなんて思えなかった。震える声でリオンは尋ねる。
「本当に……行くの?」
「大丈夫ですよ、リオン様。この国は何があっても守ります」
クレイドの言葉にリオンは首を振った。
「そうじゃないんだ……。僕はクレイドのことが心配なんだよ」
初めはこの国のことを心配していたはずなのに、クレイドがヴァルハルトに向かうと聞いた瞬間から、クレイドのことしか考えられなくなってしまった。
「私は獣人ですよ? 大丈夫です」
「うん、だけど……」
クレイドが強いことはわかっている。だけど理屈じゃないのだ。自分の好きな人が危険のある場所に出向き、自分の知らないところで傷ついて血を流すかもしれないと思うだけで恐怖なのだ。
「それは、本当にクレイドが行かなくちゃだめなの?」
「え?」
「他の騎士じゃ駄目なの? どうしてもクレイドが行かなくちゃいけないの?」
「獣人である私が同行することに意味があるのです。それに私は第一騎士団の隊長です」
「でも――」
ふいに王宮の広間の中で泥と血に濡れて蹲っていた騎士の姿を思い出し、その瞬間ぞっと背筋が冷えた。リオンの瞳からはぽろぽろと涙が零れ始める。
(クレイド、行かないで……)
その言葉は声にならなかった。しゃくりを上げて泣き出したリオンの肩に、クレイドが優しく触れる。
「リオン様、何度も言いますがこれは戦ではないので、そんなに心配することは――」
「わかってるけど、心配でしょうがないんだよ……!」
クレイドは人のためなら自分が傷ついてもいいと考える人間だ。自分を守ることよりも先に、他人を守ろうとする。
「もしあなたが傷ついたらと思うと、いてもたってもいられないんだ……情けないけど怖くて堪らない。僕にとって、何よりもクレイドが大事だから」
「リオン様……」
クレイドは固い顔で黙り込んでしまった。
その顔を見ていると少しずつ頭が冷えてきた。国のためにこれから危険な任務に向かうクレイドに、こんな身勝手な言葉をかけるなんてどうかしている。
リオンは深呼吸を繰り返し、必死に気持ちを静めた。
「――ごめんなさい、取り乱して……。あなたは国のために務めを果たそうとしているのに」
リオンは涙を拭き顔を上げた。いつも首から下げている十字架を外し、クレイドへと差し出す。
「これを……返すね。クレイドが優しいから甘えてずっと持っていたけど、この十字架はクレイドの大事なお守りでしょう? 僕は一緒に行けないけど、ずっとクレイドのことを考えているよ。無事を願ってる。そばにはいられないけど」
耐え切れずリオンの瞳からは再び涙がこぼれ落ちた。
「お願い……無事に戻ってきて」
「――っ」
クレイドが低い声で呻いた次の瞬間、リオンはクレイドに抱きしめられていた。
太くたくましい腕がリオンの背中に回り、息が出来ないほどに強く抱擁される。クレイドの熱い吐息が首筋に当たる。分厚い胸が、そこから伝わってくる早い鼓動が、「……リオン様」と呟く声の切なさが、リオンの身体を芯から熱くさせる。
腕の力が緩んだ。リオンの頬に大きな手のひらがかかり、上を向かされる。そこに熱い唇が降ってきた。
何度も角度を変え、クレイドは情熱的にリオンの唇を吸う。何が起きているのかわからず、リオンは身体を強張らせ目を見開いた。
(キス……されてる……?)
信じられない。どうしてクレイドが自分にキスをしているのだろう。
茫然としているあいだにクレイドの唇が離れていく。抱擁を解いたクレイドは、数歩後ろに下がって距離を取ると、深く俯いてしまった。
「クレイ、ド……?」
「――すみません、忘れてください」
「え?」
その言葉に頭が真っ白になった。火照っていた身体の熱が一気に引いていく。
「わ……忘れてくださいって……どういうこと?」
「言葉のままです」
クレイドは固い顔で俯いたまま。視線も合わせてくれない冷淡なクレイドの態度に、かあっと頭に血が上った。
「なんで……? 忘れるなんて嫌だよ……! 僕はクレイドが好きなのに……!」
激情に任せて吐き出してしまった告白に、クレイドが目を見開き、それからすっと視線を逸らした。拒否するかのような硬い表情にリオンの胸はずきっと痛む。
「クレイド……? なんで何も言ってくれないの?」
「私は……この国の騎士です」
「そんなのわかってるよ? 僕があなたを好きだと言っているの!」
何も言わないクレイドに悲しみが込み上げてきた。こんなに近くにいるのに心はとても遠く感じる。
「お願い、何か言ってよ……」
「――私はあなたの気持ちには応えられない」
「え……?」
「その十字架は、あなたが持っていてください」
そう言うと、クレイドは身を翻し部屋を出て行ってしまった。一人残され、リオンは茫然と呟いた。
「それだけなの……?」
自分はクレイドに好きだと言った。クレイドだってキスをしてくれたということは、自分に好意を持ってくれているのではないのか。
それなのにクレイドは『気持ちには応えられない』と言う。
(わからないよ、クレイド……。どうして……?)
リオンは部屋の真ん中に佇み、静かに涙を落した。
そして次の日の朝、クレイドは宰相と数人の騎士とともに、ヴァルハルトへと発っていった。
クレイドは一瞬だけ驚いた顔をしたが、顔を引き締めて小さく頷いた。
「ご存じでしたか。そうです。和平交渉へ向かう官僚の護衛を任されました」
リオンは静かに唇を噛んだ。やはりさっき若手の騎士に聞いた話は本当だったのだ。
「でも心配ありませんよ。ヴァルハルト側も今回の件については後ろ暗いところがあるので、強弁な態度はとらないでしょう。戦争に発展するような事態にはならない。危険なことはありません」
危険がないなんて思えなかった。震える声でリオンは尋ねる。
「本当に……行くの?」
「大丈夫ですよ、リオン様。この国は何があっても守ります」
クレイドの言葉にリオンは首を振った。
「そうじゃないんだ……。僕はクレイドのことが心配なんだよ」
初めはこの国のことを心配していたはずなのに、クレイドがヴァルハルトに向かうと聞いた瞬間から、クレイドのことしか考えられなくなってしまった。
「私は獣人ですよ? 大丈夫です」
「うん、だけど……」
クレイドが強いことはわかっている。だけど理屈じゃないのだ。自分の好きな人が危険のある場所に出向き、自分の知らないところで傷ついて血を流すかもしれないと思うだけで恐怖なのだ。
「それは、本当にクレイドが行かなくちゃだめなの?」
「え?」
「他の騎士じゃ駄目なの? どうしてもクレイドが行かなくちゃいけないの?」
「獣人である私が同行することに意味があるのです。それに私は第一騎士団の隊長です」
「でも――」
ふいに王宮の広間の中で泥と血に濡れて蹲っていた騎士の姿を思い出し、その瞬間ぞっと背筋が冷えた。リオンの瞳からはぽろぽろと涙が零れ始める。
(クレイド、行かないで……)
その言葉は声にならなかった。しゃくりを上げて泣き出したリオンの肩に、クレイドが優しく触れる。
「リオン様、何度も言いますがこれは戦ではないので、そんなに心配することは――」
「わかってるけど、心配でしょうがないんだよ……!」
クレイドは人のためなら自分が傷ついてもいいと考える人間だ。自分を守ることよりも先に、他人を守ろうとする。
「もしあなたが傷ついたらと思うと、いてもたってもいられないんだ……情けないけど怖くて堪らない。僕にとって、何よりもクレイドが大事だから」
「リオン様……」
クレイドは固い顔で黙り込んでしまった。
その顔を見ていると少しずつ頭が冷えてきた。国のためにこれから危険な任務に向かうクレイドに、こんな身勝手な言葉をかけるなんてどうかしている。
リオンは深呼吸を繰り返し、必死に気持ちを静めた。
「――ごめんなさい、取り乱して……。あなたは国のために務めを果たそうとしているのに」
リオンは涙を拭き顔を上げた。いつも首から下げている十字架を外し、クレイドへと差し出す。
「これを……返すね。クレイドが優しいから甘えてずっと持っていたけど、この十字架はクレイドの大事なお守りでしょう? 僕は一緒に行けないけど、ずっとクレイドのことを考えているよ。無事を願ってる。そばにはいられないけど」
耐え切れずリオンの瞳からは再び涙がこぼれ落ちた。
「お願い……無事に戻ってきて」
「――っ」
クレイドが低い声で呻いた次の瞬間、リオンはクレイドに抱きしめられていた。
太くたくましい腕がリオンの背中に回り、息が出来ないほどに強く抱擁される。クレイドの熱い吐息が首筋に当たる。分厚い胸が、そこから伝わってくる早い鼓動が、「……リオン様」と呟く声の切なさが、リオンの身体を芯から熱くさせる。
腕の力が緩んだ。リオンの頬に大きな手のひらがかかり、上を向かされる。そこに熱い唇が降ってきた。
何度も角度を変え、クレイドは情熱的にリオンの唇を吸う。何が起きているのかわからず、リオンは身体を強張らせ目を見開いた。
(キス……されてる……?)
信じられない。どうしてクレイドが自分にキスをしているのだろう。
茫然としているあいだにクレイドの唇が離れていく。抱擁を解いたクレイドは、数歩後ろに下がって距離を取ると、深く俯いてしまった。
「クレイ、ド……?」
「――すみません、忘れてください」
「え?」
その言葉に頭が真っ白になった。火照っていた身体の熱が一気に引いていく。
「わ……忘れてくださいって……どういうこと?」
「言葉のままです」
クレイドは固い顔で俯いたまま。視線も合わせてくれない冷淡なクレイドの態度に、かあっと頭に血が上った。
「なんで……? 忘れるなんて嫌だよ……! 僕はクレイドが好きなのに……!」
激情に任せて吐き出してしまった告白に、クレイドが目を見開き、それからすっと視線を逸らした。拒否するかのような硬い表情にリオンの胸はずきっと痛む。
「クレイド……? なんで何も言ってくれないの?」
「私は……この国の騎士です」
「そんなのわかってるよ? 僕があなたを好きだと言っているの!」
何も言わないクレイドに悲しみが込み上げてきた。こんなに近くにいるのに心はとても遠く感じる。
「お願い、何か言ってよ……」
「――私はあなたの気持ちには応えられない」
「え……?」
「その十字架は、あなたが持っていてください」
そう言うと、クレイドは身を翻し部屋を出て行ってしまった。一人残され、リオンは茫然と呟いた。
「それだけなの……?」
自分はクレイドに好きだと言った。クレイドだってキスをしてくれたということは、自分に好意を持ってくれているのではないのか。
それなのにクレイドは『気持ちには応えられない』と言う。
(わからないよ、クレイド……。どうして……?)
リオンは部屋の真ん中に佇み、静かに涙を落した。
そして次の日の朝、クレイドは宰相と数人の騎士とともに、ヴァルハルトへと発っていった。
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