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14.晩餐の夜
①
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リオンは自室の長椅子に腰かけ、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
春らしい空に浮かんだ細長い雲が桃色に染まっている。陽が暮れ始め、少しずつ部屋の中は薄暗くなり始めていた。
王宮の慌ただしい足音や人々の声が途切れなく部屋まで聞こえてくるが、それらの音もはるか遠くから聞こえてくるように感じる。
(……あれから五日か……)
クレイドがヴァルハルトに発ってから、リオンは空気の抜けた風船のようになってしまった。唯一の仕事である薬草園の手入れにも身が入らない。最後にクレイドに会ったときのことを思い出すと、どうしようもなく気が塞いでしまうのだ。
あのとき――リオンはクレイドに『好きだ』と気持ちを伝えたが、クレイドは拒否するように目を逸らした。そして『あなたの気持ちには応えられない』とはっきり言ったのだ。
「やっぱり……迷惑だったのかな」
クレイドは、リオンに対して特別な好意はないということなのだろうか。でもそれなら何故キスなんてしたのだろう。生真面目な彼のことだから、遊びや冗談でそんなことをするとは思えない。
(わからない……わからないよ、クレイド)
リオンは項垂れ、クレイドに貸してもらった十字架にそっと触れる。
出発した日数を考えると、おそらく昨日にはヴァルハルトの首都に着いているはずだ。あちらの国ではどんな扱いを受けているのだろう。無事なのだろうか。
有事の際には早馬で王宮まで報せが来る手はずになっているようだし、いまのところ何も報せは届いていないと聞いている。だが不安が無くなることはない。
もしクレイドに何かあったら――そう思うと胸が詰まって、食事もろくに喉を通らなくなってしまう。
とんとん、と扉が軽く叩かれる音が聞こえてきた。
「リオン? ちょっといいかな?」
続いて扉越しにオースティンの穏やかな声が聞こえ、リオンは長椅子から立ち上がった。扉を開けると、執務服を着たオースティンが立っている。
クレイドがヴァルハルトに行ってしまってから、オースティンはこうして日に一度はリオンの顔を見に来てくれるようになっていた。
きっと護衛の兵から、リオンの様子がおかしいと報告を受けているのだろう。忙しい執務の合間をぬっての訪問なので、少し話をするとすぐに帰ってしまうが、リオンにとっては不安が薄まる大事な時間だった。
オースティンは入り口に立ったまま、リオンの顔を見て小首を傾げる。
「やあリオン、調子はどうだい? 元気? ……ではなさそうかな?」
「こんにちは、オースティン。ええと……はい」
オースティンに苦笑されて、リオンはあいまいに頷きを返した。
「すみません……僕やっぱり、クレイドのことが心配で……」
「気持ちはわかるよ。だけど自分のことを疎かにするのはいけないな。あまり食事を取っていないんだって?」
「……ごめんなさい」
リオンは申し訳ない気持ちで顔を伏せた。何も出来ない上に、多忙なオースティンに心配をかけてしまうなんて情けなかった。
だがオースティンはリオンの頭を撫で、優しい声で言ってくれた。
「謝るのはこちらの方だよ。ずっとリオンをひとりにしてごめんね。久しぶりに時間が取れるから、今日一緒に晩餐をどうかなと思って誘いに来たんだ」
「晩餐、ですか?」
リオンはいつも食事は自室で取っていて、大人数での晩餐会は経験がなかった。自分のような人間が参加してもいいのだろうか……とすっかり気後れしていると、オースティンがはははと笑った。
「リオンが想像しているような大層なものじゃないよ。僕の部屋で、二人で話でもしながら夕食をとらない? 少しは気が紛れるだろう?」
「オースティン……」
ずっと独りで不安を抱えていたので、オースティンとゆっくり話を出来ることは嬉しい。リオンは「はい」と頷き、安堵の笑みをオースティンに向けた。
春らしい空に浮かんだ細長い雲が桃色に染まっている。陽が暮れ始め、少しずつ部屋の中は薄暗くなり始めていた。
王宮の慌ただしい足音や人々の声が途切れなく部屋まで聞こえてくるが、それらの音もはるか遠くから聞こえてくるように感じる。
(……あれから五日か……)
クレイドがヴァルハルトに発ってから、リオンは空気の抜けた風船のようになってしまった。唯一の仕事である薬草園の手入れにも身が入らない。最後にクレイドに会ったときのことを思い出すと、どうしようもなく気が塞いでしまうのだ。
あのとき――リオンはクレイドに『好きだ』と気持ちを伝えたが、クレイドは拒否するように目を逸らした。そして『あなたの気持ちには応えられない』とはっきり言ったのだ。
「やっぱり……迷惑だったのかな」
クレイドは、リオンに対して特別な好意はないということなのだろうか。でもそれなら何故キスなんてしたのだろう。生真面目な彼のことだから、遊びや冗談でそんなことをするとは思えない。
(わからない……わからないよ、クレイド)
リオンは項垂れ、クレイドに貸してもらった十字架にそっと触れる。
出発した日数を考えると、おそらく昨日にはヴァルハルトの首都に着いているはずだ。あちらの国ではどんな扱いを受けているのだろう。無事なのだろうか。
有事の際には早馬で王宮まで報せが来る手はずになっているようだし、いまのところ何も報せは届いていないと聞いている。だが不安が無くなることはない。
もしクレイドに何かあったら――そう思うと胸が詰まって、食事もろくに喉を通らなくなってしまう。
とんとん、と扉が軽く叩かれる音が聞こえてきた。
「リオン? ちょっといいかな?」
続いて扉越しにオースティンの穏やかな声が聞こえ、リオンは長椅子から立ち上がった。扉を開けると、執務服を着たオースティンが立っている。
クレイドがヴァルハルトに行ってしまってから、オースティンはこうして日に一度はリオンの顔を見に来てくれるようになっていた。
きっと護衛の兵から、リオンの様子がおかしいと報告を受けているのだろう。忙しい執務の合間をぬっての訪問なので、少し話をするとすぐに帰ってしまうが、リオンにとっては不安が薄まる大事な時間だった。
オースティンは入り口に立ったまま、リオンの顔を見て小首を傾げる。
「やあリオン、調子はどうだい? 元気? ……ではなさそうかな?」
「こんにちは、オースティン。ええと……はい」
オースティンに苦笑されて、リオンはあいまいに頷きを返した。
「すみません……僕やっぱり、クレイドのことが心配で……」
「気持ちはわかるよ。だけど自分のことを疎かにするのはいけないな。あまり食事を取っていないんだって?」
「……ごめんなさい」
リオンは申し訳ない気持ちで顔を伏せた。何も出来ない上に、多忙なオースティンに心配をかけてしまうなんて情けなかった。
だがオースティンはリオンの頭を撫で、優しい声で言ってくれた。
「謝るのはこちらの方だよ。ずっとリオンをひとりにしてごめんね。久しぶりに時間が取れるから、今日一緒に晩餐をどうかなと思って誘いに来たんだ」
「晩餐、ですか?」
リオンはいつも食事は自室で取っていて、大人数での晩餐会は経験がなかった。自分のような人間が参加してもいいのだろうか……とすっかり気後れしていると、オースティンがはははと笑った。
「リオンが想像しているような大層なものじゃないよ。僕の部屋で、二人で話でもしながら夕食をとらない? 少しは気が紛れるだろう?」
「オースティン……」
ずっと独りで不安を抱えていたので、オースティンとゆっくり話を出来ることは嬉しい。リオンは「はい」と頷き、安堵の笑みをオースティンに向けた。
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