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14.晩餐の夜
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早々と湯あみを済ませ陽もすっかり落ちたころ、エルが部屋まで迎えに来た。
「エル……」
エルの顔を見たリオンは、つい顔が強張ってしまった。エルに会うのは久しぶりだった。ヴァルハルトの国境から騎士たちが戻ってきたとき以来だ。
厳しい言葉を散々掛けられたときのことを思い出し、気まずい思いで黙り込んだリオンだったが、エルは無表情に「陛下がお待ちです」と促してくる。
あいかわらず冷ややかな態度だ。さすがに少しむっとしたが、リオンはオースティンの自室の場所を知らない。黙って付いていくしかなさそうだ。
リオンは仕方なく「うん……」と頷き、エルのあとに続いた。
王の自室は王宮の一番奥にあるようだ。いくつもの階段を登ったり下りたりして、気が遠くなるほどに長い廊下を歩く。
ようやく豪奢な彫刻が彫られた大きな扉の前に付いた。扉の両脇には警備の兵が控えている。
「陛下、リオン様がいらっしゃいました」
重厚な扉に向かってエルが声をかけ、ゆっくりと扉を開く。
部屋は広く、調度も装飾も絢爛な美しさだった。部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルの上には明かりのともった燭台が等間隔で並び、その中央には色とりどりの花が活けられている。
ゆったりとした服装に着替えたオースティンが出迎えてくれた。
「こんばんは、リオン。よく来てくれたね。さあ座って」
「あ、ありがとうございます」
緊張しながらも豪華な装飾の付いた椅子に座ると、エルが食事の準備を始めた。
(エルが給仕してくれるのかな……)
リオンは意外に思いながら部屋の中を見回した。
普段だったら付いているはずの給仕係は不在で、部屋付きの侍従の姿もない。この部屋の中にいるのはリオンたち三人だけだ。
エルはオースティンの食前酒の杯にワインを注ぎ、リオンの方には小さなガラス盃を置いた。盃にはとろっとした琥珀色の液体がなみなみと注がれている。
「滋養にいいとされる薬膳酒です。疲れが取れます」とエルが小さな声で説明を付け加えた。
「それでは麗しの『ブルーメ殿』に」
ワインを掲げ、オースティンが仰々しく言う。リオンもオースティンを真似してガラス盃を掲げた。
「いただきます」
薬膳酒を一口飲んでみたが、驚くほどの甘さと妙な香りに噎せそうになった。
(ちょっと苦手な味だな……)
そう思ったが、エルがじっとリオンの様子をうかがっているし、出された手前残すことも出来ない。リオンは半ば無理やり一気に飲み干した。
無事に食前酒を飲み干したリオンの前に、食事の皿が次々と置かれる。
「わ……美味しそう」
野菜や香草と煮た骨付きの肉、乳白色のソースが絡んだ川魚のムニエル。パンの皿にはとろっと柔らかそうなチーズが添えてある。
「懐かしいな。こういうチーズがって、ノルツブルクにもあったんですね」
この国にあるチーズはどれも石のように硬い固形のもので、やわらかいチーズは食事に出てきたことはなかった。
故郷で食べていたチーズに似ているな、と思いながらリオンがそう言うと、オースティンは「リオンの故郷の方から取り寄せた」と笑う。
「え? 取り寄せたんですが? わざわざ?」
「うん。リオンの故郷の国の料理を模してみたんだよ。懐かしいでしょう? さあ、食べてみて」
促され、さっそくパンをちぎってチーズに絡めて食べる。
「美味しい……!」
「良かった。他の料理も食べてみて」
「はい!」
リオンは感無量で料理を頬張った。チーズも他の肉料理も、どこか懐かしい味がする。全然食欲がなかったはずなのに、自然とフォークを持つ手が進んだ。
「食欲が出たみたいで良かったよ」
食事をするリオンを眺めながら、オースティンが嬉しそうに言った。
オースティンは多忙な執務の傍らで、リオンのためにこの晩餐を用意してくれていたのだ。その気持ちがとても嬉しかった。
「オースティン、本当にありがとうございます。ここまで気遣ってもらって、申し訳ないくらいです」
「気遣うのは当然だよ。……僕にとって、リオンは特別な存在だから」
(え……?)
その言葉に妙なニュアンスを感じてリオンはふと手を止めた。顔を上げると、オースティンは決意を込めた目で真っすぐにリオンを見ていた。
「リオン」
静かに名前を呼ばれた。その声音にドキッとする。
「今晩ここに君を招いたのは、大事な話をしたかったからだ」
「は、はい」
オースティンの言葉に、リオンは姿勢を正した。オースティンが静かに口を開く。
「――僕の番に……なってはくれないか?」
その言葉が耳に届いた瞬間、リオンは思わず息を呑んだ。
「エル……」
エルの顔を見たリオンは、つい顔が強張ってしまった。エルに会うのは久しぶりだった。ヴァルハルトの国境から騎士たちが戻ってきたとき以来だ。
厳しい言葉を散々掛けられたときのことを思い出し、気まずい思いで黙り込んだリオンだったが、エルは無表情に「陛下がお待ちです」と促してくる。
あいかわらず冷ややかな態度だ。さすがに少しむっとしたが、リオンはオースティンの自室の場所を知らない。黙って付いていくしかなさそうだ。
リオンは仕方なく「うん……」と頷き、エルのあとに続いた。
王の自室は王宮の一番奥にあるようだ。いくつもの階段を登ったり下りたりして、気が遠くなるほどに長い廊下を歩く。
ようやく豪奢な彫刻が彫られた大きな扉の前に付いた。扉の両脇には警備の兵が控えている。
「陛下、リオン様がいらっしゃいました」
重厚な扉に向かってエルが声をかけ、ゆっくりと扉を開く。
部屋は広く、調度も装飾も絢爛な美しさだった。部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルの上には明かりのともった燭台が等間隔で並び、その中央には色とりどりの花が活けられている。
ゆったりとした服装に着替えたオースティンが出迎えてくれた。
「こんばんは、リオン。よく来てくれたね。さあ座って」
「あ、ありがとうございます」
緊張しながらも豪華な装飾の付いた椅子に座ると、エルが食事の準備を始めた。
(エルが給仕してくれるのかな……)
リオンは意外に思いながら部屋の中を見回した。
普段だったら付いているはずの給仕係は不在で、部屋付きの侍従の姿もない。この部屋の中にいるのはリオンたち三人だけだ。
エルはオースティンの食前酒の杯にワインを注ぎ、リオンの方には小さなガラス盃を置いた。盃にはとろっとした琥珀色の液体がなみなみと注がれている。
「滋養にいいとされる薬膳酒です。疲れが取れます」とエルが小さな声で説明を付け加えた。
「それでは麗しの『ブルーメ殿』に」
ワインを掲げ、オースティンが仰々しく言う。リオンもオースティンを真似してガラス盃を掲げた。
「いただきます」
薬膳酒を一口飲んでみたが、驚くほどの甘さと妙な香りに噎せそうになった。
(ちょっと苦手な味だな……)
そう思ったが、エルがじっとリオンの様子をうかがっているし、出された手前残すことも出来ない。リオンは半ば無理やり一気に飲み干した。
無事に食前酒を飲み干したリオンの前に、食事の皿が次々と置かれる。
「わ……美味しそう」
野菜や香草と煮た骨付きの肉、乳白色のソースが絡んだ川魚のムニエル。パンの皿にはとろっと柔らかそうなチーズが添えてある。
「懐かしいな。こういうチーズがって、ノルツブルクにもあったんですね」
この国にあるチーズはどれも石のように硬い固形のもので、やわらかいチーズは食事に出てきたことはなかった。
故郷で食べていたチーズに似ているな、と思いながらリオンがそう言うと、オースティンは「リオンの故郷の方から取り寄せた」と笑う。
「え? 取り寄せたんですが? わざわざ?」
「うん。リオンの故郷の国の料理を模してみたんだよ。懐かしいでしょう? さあ、食べてみて」
促され、さっそくパンをちぎってチーズに絡めて食べる。
「美味しい……!」
「良かった。他の料理も食べてみて」
「はい!」
リオンは感無量で料理を頬張った。チーズも他の肉料理も、どこか懐かしい味がする。全然食欲がなかったはずなのに、自然とフォークを持つ手が進んだ。
「食欲が出たみたいで良かったよ」
食事をするリオンを眺めながら、オースティンが嬉しそうに言った。
オースティンは多忙な執務の傍らで、リオンのためにこの晩餐を用意してくれていたのだ。その気持ちがとても嬉しかった。
「オースティン、本当にありがとうございます。ここまで気遣ってもらって、申し訳ないくらいです」
「気遣うのは当然だよ。……僕にとって、リオンは特別な存在だから」
(え……?)
その言葉に妙なニュアンスを感じてリオンはふと手を止めた。顔を上げると、オースティンは決意を込めた目で真っすぐにリオンを見ていた。
「リオン」
静かに名前を呼ばれた。その声音にドキッとする。
「今晩ここに君を招いたのは、大事な話をしたかったからだ」
「は、はい」
オースティンの言葉に、リオンは姿勢を正した。オースティンが静かに口を開く。
「――僕の番に……なってはくれないか?」
その言葉が耳に届いた瞬間、リオンは思わず息を呑んだ。
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