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14.晩餐の夜
③
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「えっ? 番……?」
驚きのあまり手からフォークが滑り落ち、皿の上でがちゃんと大きな音を立てた。
「ちょ、ちょっと待ってください。番になるって……アルファがオメガのうなじを噛んで成立させる契りのことですよね?」
アルファとオメガの番の契りは、アルファがオメガのうなじを噛むことで成される。契りを交わすとお互いのフェロモンしか感じ取れないようになり、他の人にもフェロモンが作用しなくなる。
その点はオメガにとって大きな利点だ。番を持てば、誰彼かまわず性行為に誘うフェロモンを出さなくなるのだから。さらに、番を持ったオメガは発情期が軽くなるという利点もある。
だが一方でこの契りには、『一度結んだ番関係は解消すること出来ない』という致命的な欠点もある。要するに、一度結んだら何があっても離縁できない婚姻のようなものなのだ。
『だからね、リオン。もし将来アルファの人間を好きになったら、番関係を結ぶかどうかは慎重に考えないとだめよ』
と、母親には何度も言い聞かされてきたリオンにとって、オースティンの提案は信じられないものだった。
「あの……本気で言ってます?」
「もちろん本気だよ」
「いや、でも――」
リオンはそっと振り返って、部屋の隅に控えているエルを見た。
エルの顔は無表情で動じた様子はない。ということは、エルは事前に話の内容を知っていたということだ。
目の前のオースティンも真剣そのものだし、どうやら冗談を言っているわけでもなさそうだ。
……とは言っても――。
「あ、もしかして……妾になれという意味ですか?」
村にいた頃に村長の息子ジルから『妾にしてやる』と言われたことをふと思い出し、リオンはつい口走ってしまった。オースティンは驚いたように「まさか!」と否定する。
「君を妾になどとするつもりはないよ! 君には僕の伴侶になって欲しいんだ。そして一緒にこの国を盛り立てて欲しい」
「ええっ?」
伴侶になる? 一緒にこの国を盛り立てる? さらに信じられない言葉が続き、リオンは完全にパニック状態だった。オースティンの言葉の意味をうまく呑み込めない。侍従にするならまだしも、伴侶にしたいだなんて……。
「訳がわかりません! なんで僕みたいな人間を伴侶に? 僕は確かにオメガ――ブルーメですが、男ですよ? 伴侶にするにはもっとふさわしい方がいらっしゃるはずだ!」
「リオン、落ち着いてくれ。突然こんなことを言って驚かせてすまないとは思っている。だけど僕は本気だ」
「無理です! 僕はあなたの番なんてなれない! だって僕は……僕は――」
『クレイドのことが好きなのだから』
そう言いかけてリオンは声を詰まらせた。ふいにおかしな感覚が身体を襲ったのだ。
(――あれ? ……身体が、熱い……?)
さっき飲んだ食前酒の影響なのだろうか、胃が燃えるよう熱い。そこから広がった熱が身体中に伝わっていって、ぞくぞくとした感覚を引き連れてくる。
くらりとめまいがして、リオンは椅子の上からずり落ちそうになった。
「……リオン!? どうしたんだ?」
「なんか……身体が、急に……」
話しているうちに呼吸まで上がってきた。胸を押さえて息を乱すリオンを見て、オースティンが慌てたように立ち上がりテーブルのこちら側に回ってくる。
「大丈夫? 顔が赤いよ。もしかしたら体調が悪い? 熱でもあるのかな」
オースティンが指を伸ばし、リオンの額に触れる。その瞬間、身体が燃え立つように熱くなった。あたりに甘い匂いが漂い始め、オースティンがはっと驚いたようにリオンの顔から手を離した。
「まさか……これは発情期か?」
「え……?」
オースティンに問われ、リオンは目を見開いた。言われてみれば、この感覚は発情期の症状にとても近い。
だけどそんなはずはない。つい先日に発情期は終わったばかりだし、次の発情期まで後二か月はあるはずだ。
(おかしいよ……。どうしてこんなにいきなり……?)
ぐらりと頭の芯が揺れ、耐え切れずにリオンはテーブルに身体を伏せた。どんどん下肢に熱が集まっていき、リオンの身体からは濃厚なオメガのフェロモンが立ち昇り始める。
オースティンが手のひらで鼻と口を覆ってリオンから距離を取った。
「とにかく抑制剤を飲もう。このままじゃまずい」
オースティンは振り返り、エルを呼んだ。
「エル、急いでドニを呼んできてくれ。ブルーメの抑制剤を持ってくるように伝えるんだ」
「嫌です」
はっきりとしたエルの拒絶の声が部屋に響き、オースティンが動きを止めた。
驚きのあまり手からフォークが滑り落ち、皿の上でがちゃんと大きな音を立てた。
「ちょ、ちょっと待ってください。番になるって……アルファがオメガのうなじを噛んで成立させる契りのことですよね?」
アルファとオメガの番の契りは、アルファがオメガのうなじを噛むことで成される。契りを交わすとお互いのフェロモンしか感じ取れないようになり、他の人にもフェロモンが作用しなくなる。
その点はオメガにとって大きな利点だ。番を持てば、誰彼かまわず性行為に誘うフェロモンを出さなくなるのだから。さらに、番を持ったオメガは発情期が軽くなるという利点もある。
だが一方でこの契りには、『一度結んだ番関係は解消すること出来ない』という致命的な欠点もある。要するに、一度結んだら何があっても離縁できない婚姻のようなものなのだ。
『だからね、リオン。もし将来アルファの人間を好きになったら、番関係を結ぶかどうかは慎重に考えないとだめよ』
と、母親には何度も言い聞かされてきたリオンにとって、オースティンの提案は信じられないものだった。
「あの……本気で言ってます?」
「もちろん本気だよ」
「いや、でも――」
リオンはそっと振り返って、部屋の隅に控えているエルを見た。
エルの顔は無表情で動じた様子はない。ということは、エルは事前に話の内容を知っていたということだ。
目の前のオースティンも真剣そのものだし、どうやら冗談を言っているわけでもなさそうだ。
……とは言っても――。
「あ、もしかして……妾になれという意味ですか?」
村にいた頃に村長の息子ジルから『妾にしてやる』と言われたことをふと思い出し、リオンはつい口走ってしまった。オースティンは驚いたように「まさか!」と否定する。
「君を妾になどとするつもりはないよ! 君には僕の伴侶になって欲しいんだ。そして一緒にこの国を盛り立てて欲しい」
「ええっ?」
伴侶になる? 一緒にこの国を盛り立てる? さらに信じられない言葉が続き、リオンは完全にパニック状態だった。オースティンの言葉の意味をうまく呑み込めない。侍従にするならまだしも、伴侶にしたいだなんて……。
「訳がわかりません! なんで僕みたいな人間を伴侶に? 僕は確かにオメガ――ブルーメですが、男ですよ? 伴侶にするにはもっとふさわしい方がいらっしゃるはずだ!」
「リオン、落ち着いてくれ。突然こんなことを言って驚かせてすまないとは思っている。だけど僕は本気だ」
「無理です! 僕はあなたの番なんてなれない! だって僕は……僕は――」
『クレイドのことが好きなのだから』
そう言いかけてリオンは声を詰まらせた。ふいにおかしな感覚が身体を襲ったのだ。
(――あれ? ……身体が、熱い……?)
さっき飲んだ食前酒の影響なのだろうか、胃が燃えるよう熱い。そこから広がった熱が身体中に伝わっていって、ぞくぞくとした感覚を引き連れてくる。
くらりとめまいがして、リオンは椅子の上からずり落ちそうになった。
「……リオン!? どうしたんだ?」
「なんか……身体が、急に……」
話しているうちに呼吸まで上がってきた。胸を押さえて息を乱すリオンを見て、オースティンが慌てたように立ち上がりテーブルのこちら側に回ってくる。
「大丈夫? 顔が赤いよ。もしかしたら体調が悪い? 熱でもあるのかな」
オースティンが指を伸ばし、リオンの額に触れる。その瞬間、身体が燃え立つように熱くなった。あたりに甘い匂いが漂い始め、オースティンがはっと驚いたようにリオンの顔から手を離した。
「まさか……これは発情期か?」
「え……?」
オースティンに問われ、リオンは目を見開いた。言われてみれば、この感覚は発情期の症状にとても近い。
だけどそんなはずはない。つい先日に発情期は終わったばかりだし、次の発情期まで後二か月はあるはずだ。
(おかしいよ……。どうしてこんなにいきなり……?)
ぐらりと頭の芯が揺れ、耐え切れずにリオンはテーブルに身体を伏せた。どんどん下肢に熱が集まっていき、リオンの身体からは濃厚なオメガのフェロモンが立ち昇り始める。
オースティンが手のひらで鼻と口を覆ってリオンから距離を取った。
「とにかく抑制剤を飲もう。このままじゃまずい」
オースティンは振り返り、エルを呼んだ。
「エル、急いでドニを呼んできてくれ。ブルーメの抑制剤を持ってくるように伝えるんだ」
「嫌です」
はっきりとしたエルの拒絶の声が部屋に響き、オースティンが動きを止めた。
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