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17.帰還
①
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王宮の前の石畳の広場では、帰還したらしい騎士が十人ほど、他の騎士たちに囲まれ無事を喜び合っている。その中心にクレイドの姿があった。クレイドは騎士団の立ち襟の正式な制服の上に、赤い外套を纏っている。怪我をしているような様子はなかった。
「クレイド!」
リオンの声に大勢の視線が集まる。クレイドがゆっくりと顔を上げた。
「リオン様……?」
クレイドの顔を見た瞬間、胸がじんと熱くなって全てのことが頭から吹き飛んでしまった。愛しさと恋しさが胸に溢れてきてどうしようもなくなり、リオンはクレイドに駆け寄ると大きな身体に抱き着いた。
「クレイド……良かった……無事で……」
しっかりとした太い腕がリオンの身体を受け止めてくれる。ノルツブルクの紋章が付いた彼の赤い外套からは埃と汗の匂いがした。でもその匂いさえも愛おしい。ただただ、クレイドが無事だったということが嬉しかった。
リオンは安堵の涙を浮かべながら、クレイドの顔を見上げた。
「おかえりクレイド」
「……ただいま帰りました……リオン様」
クレイドは少しやつれたような顔をしていた。強い疲労の色も見える。きっと大変な日々だったのだろう。
「本当に……本当に無事で良かった。ずっとこの十字架を握って祈ってたんだ。クレイドが無事に帰ってくるようにって……」
「……ありがとう、ございます」
(あれ……?)
ふとリオンは違和感を感じた。
リオンがじっと見つめているのにクレイドと視線が微妙に合わないのだ。それに、心なしかリオンの身体を抱き留めた腕が強張っている。帰還したばかりで疲れているのだろうけど、それにしても様子がおかしい。
戸惑っていると、クレイドにそっと身体を押し返された。
「リオン様、私はこれから陛下に報告を申し上げなくてはなりません。のちほど挨拶に伺いますので……ここで失礼いたします」
クレイドはリオンに向かって一礼した。そして乗っていた馬の手綱を引いて歩き出そうとする。
「え……?」
一瞬唖然として、慌ててクレイドの腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと待って! ねえクレイド……なんでこっちを見てくれないの?」
「……」
「僕がこの前変なことを言ったから?」
クレイドの表情が一瞬、痛みを堪えるように歪んだ。
「それは……」
クレイドはそう言ったきりで黙り込んだ。
周りで帰還を喜んでいた騎士たちも、リオンとクレイドのただならない雰囲気に気が付き、ちらちらと視線を投げかけてくる。それに気が付いたクレイドが固い顔のままで言った。
「リオン様、話はあちらでしましょう」
「……うん」
隣にいた出迎えの騎士に馬を預け、クレイドはリオンを伴って広場の外の方に歩いていく。
その少し後ろを歩きながら、さっきドニと話していて固めた決意が、だんだん揺らいでいくのをリオンは感じていた。
『クレイドへの気持ちを大切にしよう』
そう思っていたが、当のクレイドに固い態度を取られて、目の前で扉を閉ざされたような気持ちになる。
(だけど……僕は決めたんだ)
弱気になっていく己をしかりつけ、リオンは大きく息を吸い込んだ。
どんなに拒まれてもどんなに苦しくても、クレイドを好きだという自分の心を大切に守ると決めたのだ。自分のためにも、誠意を見せてくれたオースティンのためにも、今クレイドにきちんと伝えなくてはならない。
石畳の道を進み厩舎近くの水場まで来ると、完全に人気がなくなった。立ち止まったクレイドがくるりとこちらを向く。
ようやく視線が正面から合う。クレイドは何かを決意したような強い瞳をしていた。
「このような振る舞いはお控えください」
何を言われても怯まないと決めていたのに、実際にクレイドの冷たく固い言葉を聞くと一瞬息が詰まった。ぐっと奥歯を噛み締め、細く息を吐きだしてからしっかりとクレイドを見上げる。
「僕は……何かいけないことをしたの?」
「……そうではありませんが、適切な距離を取ったほうが良いということです」
「適切な距離?」
クレイドの言っていることがわからなかった。緊張と動揺で身体が細かく震え、頭が半分も動かないのだ。でも負けるわけにはいかない。リオンは拳を握り、懸命に言葉を探した。
「どういうこと? 言っている意味がわからないよ」
「……あなたは、オースティンの番になるのでしょう」
「え?」
低い声で呟くように言われ、リオンは目を見開いた。
「聞きました。あなたがオースティンの番になられると……おめでとうございます」
「な……」
その瞬間、リオンはまるで固い拳で心を真上から叩き潰されたような衝撃に襲われた。無残に潰された心から、怒りや悲しみの負の感情が外に噴き出す。その勢いに押され、気が付くとリオンは叫んでいた。
「番になんてならない! 僕が好きなのはクレイドだ! この前もそう言ったじゃないか!」
「……リオン様」
見開いた灰色の瞳に動揺のようなものが浮かんだ。だがそれも一瞬で、クレイドは首を振り、躊躇を断ち切るように言う。
「……駄目だ……いけない……リオン様のお気持ちを受け入れることは……できません」
はっきりとした拒絶の言葉に、いきり立っていた感情が一気にしぼんだ。どうしようもなく身体の力も一緒に抜けていく。
やはりこの気持ちはクレイドに届かないのか。この想いはクレイドにとって迷惑でしかないのか――。
胸の奥に鋭い痛みが走り、涙がじわりと滲みだしてくる。それでも泣きたくない一心で懸命に涙をこらえていると、クレイドがぽつりと言った。
「あなたは勘違いをしています」
「クレイド!」
リオンの声に大勢の視線が集まる。クレイドがゆっくりと顔を上げた。
「リオン様……?」
クレイドの顔を見た瞬間、胸がじんと熱くなって全てのことが頭から吹き飛んでしまった。愛しさと恋しさが胸に溢れてきてどうしようもなくなり、リオンはクレイドに駆け寄ると大きな身体に抱き着いた。
「クレイド……良かった……無事で……」
しっかりとした太い腕がリオンの身体を受け止めてくれる。ノルツブルクの紋章が付いた彼の赤い外套からは埃と汗の匂いがした。でもその匂いさえも愛おしい。ただただ、クレイドが無事だったということが嬉しかった。
リオンは安堵の涙を浮かべながら、クレイドの顔を見上げた。
「おかえりクレイド」
「……ただいま帰りました……リオン様」
クレイドは少しやつれたような顔をしていた。強い疲労の色も見える。きっと大変な日々だったのだろう。
「本当に……本当に無事で良かった。ずっとこの十字架を握って祈ってたんだ。クレイドが無事に帰ってくるようにって……」
「……ありがとう、ございます」
(あれ……?)
ふとリオンは違和感を感じた。
リオンがじっと見つめているのにクレイドと視線が微妙に合わないのだ。それに、心なしかリオンの身体を抱き留めた腕が強張っている。帰還したばかりで疲れているのだろうけど、それにしても様子がおかしい。
戸惑っていると、クレイドにそっと身体を押し返された。
「リオン様、私はこれから陛下に報告を申し上げなくてはなりません。のちほど挨拶に伺いますので……ここで失礼いたします」
クレイドはリオンに向かって一礼した。そして乗っていた馬の手綱を引いて歩き出そうとする。
「え……?」
一瞬唖然として、慌ててクレイドの腕を掴んで引き留めた。
「ちょっと待って! ねえクレイド……なんでこっちを見てくれないの?」
「……」
「僕がこの前変なことを言ったから?」
クレイドの表情が一瞬、痛みを堪えるように歪んだ。
「それは……」
クレイドはそう言ったきりで黙り込んだ。
周りで帰還を喜んでいた騎士たちも、リオンとクレイドのただならない雰囲気に気が付き、ちらちらと視線を投げかけてくる。それに気が付いたクレイドが固い顔のままで言った。
「リオン様、話はあちらでしましょう」
「……うん」
隣にいた出迎えの騎士に馬を預け、クレイドはリオンを伴って広場の外の方に歩いていく。
その少し後ろを歩きながら、さっきドニと話していて固めた決意が、だんだん揺らいでいくのをリオンは感じていた。
『クレイドへの気持ちを大切にしよう』
そう思っていたが、当のクレイドに固い態度を取られて、目の前で扉を閉ざされたような気持ちになる。
(だけど……僕は決めたんだ)
弱気になっていく己をしかりつけ、リオンは大きく息を吸い込んだ。
どんなに拒まれてもどんなに苦しくても、クレイドを好きだという自分の心を大切に守ると決めたのだ。自分のためにも、誠意を見せてくれたオースティンのためにも、今クレイドにきちんと伝えなくてはならない。
石畳の道を進み厩舎近くの水場まで来ると、完全に人気がなくなった。立ち止まったクレイドがくるりとこちらを向く。
ようやく視線が正面から合う。クレイドは何かを決意したような強い瞳をしていた。
「このような振る舞いはお控えください」
何を言われても怯まないと決めていたのに、実際にクレイドの冷たく固い言葉を聞くと一瞬息が詰まった。ぐっと奥歯を噛み締め、細く息を吐きだしてからしっかりとクレイドを見上げる。
「僕は……何かいけないことをしたの?」
「……そうではありませんが、適切な距離を取ったほうが良いということです」
「適切な距離?」
クレイドの言っていることがわからなかった。緊張と動揺で身体が細かく震え、頭が半分も動かないのだ。でも負けるわけにはいかない。リオンは拳を握り、懸命に言葉を探した。
「どういうこと? 言っている意味がわからないよ」
「……あなたは、オースティンの番になるのでしょう」
「え?」
低い声で呟くように言われ、リオンは目を見開いた。
「聞きました。あなたがオースティンの番になられると……おめでとうございます」
「な……」
その瞬間、リオンはまるで固い拳で心を真上から叩き潰されたような衝撃に襲われた。無残に潰された心から、怒りや悲しみの負の感情が外に噴き出す。その勢いに押され、気が付くとリオンは叫んでいた。
「番になんてならない! 僕が好きなのはクレイドだ! この前もそう言ったじゃないか!」
「……リオン様」
見開いた灰色の瞳に動揺のようなものが浮かんだ。だがそれも一瞬で、クレイドは首を振り、躊躇を断ち切るように言う。
「……駄目だ……いけない……リオン様のお気持ちを受け入れることは……できません」
はっきりとした拒絶の言葉に、いきり立っていた感情が一気にしぼんだ。どうしようもなく身体の力も一緒に抜けていく。
やはりこの気持ちはクレイドに届かないのか。この想いはクレイドにとって迷惑でしかないのか――。
胸の奥に鋭い痛みが走り、涙がじわりと滲みだしてくる。それでも泣きたくない一心で懸命に涙をこらえていると、クレイドがぽつりと言った。
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