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17.帰還
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「……え……?」
リオンはクレイドの顔を見た。
クレイドは俯いたままで、まるで地面に空いた暗い穴の底をじっと見つめるような顔つきで言葉を続ける。
「あなたが一番つらいときに、助けたのが私だったというだけのこと。あのときリオン様を迎えに行ったのがオースティンだったら、きっとリオン様はオースティンを好きになっていた」
「何……それ……。どっちに先に会ったかなんて関係ないよ。もし先にオースティンと会ったとしても、絶対にクレイドのことを好きになってた」
「いいえ、きっとそんなことはない。リオン様が私に感じている気持ちは、卵から孵ったヒナが、初めて見たものを親だと認識する刷り込みのようなものです。恋じゃない」
刷り込みのようなもの? 恋じゃない?
その言葉に、心と身体がまとめて捩じ切られたような気がした。
止めようと思っていた涙が決壊し、ぼろぼろと一気に溢れ出てくる。
「あなたが、否定、しないで……」
リオンの苦し気な涙声に、はっとクレイドが顔を上げた。
「リ……リオン様」
クレイドが目を見開き、動揺するように視線を揺らす。リオンは流れ出る涙を腕で拭いながら、それでもクレイドを睨みつけた。
「初めてだったんだ……こんな気持ち。ずっと僕、自分は人間だけど……人間じゃないような気がしてて……」
ずっと普通の人間に憧れてた。みんなと同じようになりたかった。でもオメガとして生まれた性を変えることは出来ず、一生このまま一人寂しいところで生きていくのだと思っていた。
「だけどクレイドと出会って……こんな僕でも生きてていいんだって、初めて思えたんだ。ようやく人並みの人間に……なれたような気がした」
しゃくりを抑えながら懸命に話すリオンのことを、クレイドは息を止めたように黙って見つめていた。
「クレイドに会えたことは……僕にとって奇跡だったんだよ。だけどあなたにとっては違った。あなたは最初から、僕をオースティンの番にしようとして……会いに来たんだもんね」
「リオン様、俺は」
クレイドがはっと口を開いた。何かを言いかける。でも聞きたくなかった。
「もういい」と言い捨て、リオンは踵を返すとその場から逃げ出した。
「リオン様! お待ち下さい!」
クレイドの声が後ろから追いかけてくる。
――追いつかれる。
リオンは咄嗟に背丈ほどの高さがある生け垣の中に飛び込んだ。迷路のように入り組んでいる通路を右に左に走っているうちに方向がわからなくなったが、それでも走り続けた。
後方からはまだクレイドの声と気配がする。リオンは隠れるようにして大きな木の茂みの後ろへとにしゃがみ込んだ。自分の口を手で塞ぎ、はあはあと弾む息と気配を殺す。
「リオン様――! どこですか!」
リオンを見失ったらしいクレイドは、慌てた様子でリオンの名前を呼びながらも遠ざかって行った。
完全にクレイドの気配が無くなり、あたりはしんと静まり返った。穏やかな風に木の葉が揺れる音と鳥の声だけが残る。ほっとした瞬間、またぽろぽろと涙がこぼれた。
(もうめちゃくちゃだ――)
ついさっきまでは、クレイドときちんと向き合って正直な気持ちを伝えようと決心していたのに。
それなのに、なぜあんな態度をとってしまったのだろう。自分の思い通りにならないから怒鳴って泣くだなんて、子供と同じだ。
情けなくてつらくて、リオンは茂みの中で小さく丸まりながら泣き続けた。
まるで小さな子供に戻ってしまったかのように心もとなくて、涙はいくらでも出た。
そしてふと思った。
(そうか……僕にはもう、誰もいないんだ……)
慈しんでくれた母親はいない。自分の心さえもあげたいと思っていたクレイドからも拒絶された。
自分には誰もいない。何も……何も残っていない。
上を見上げると青い空が広がっていた。すぐそこには美しい黄色の花も咲いている。穏やかな風が吹いている。
それなのに何も感じなかった。心が麻痺したかのように、悲しみまでもがどんどん遠ざかっていくようだ。
どれほどのあいだ茫然としていただろう。
随分長い間、リオンは茂みに背中をあずけ手足を地面に投げ出しながら、暮れていく午後の日差しを見ていた。
「誰かそこにいるのか?」
誰もいないはずの庭園の隅に、聞き覚えのある声が響いたのはそのときだった。
リオンはクレイドの顔を見た。
クレイドは俯いたままで、まるで地面に空いた暗い穴の底をじっと見つめるような顔つきで言葉を続ける。
「あなたが一番つらいときに、助けたのが私だったというだけのこと。あのときリオン様を迎えに行ったのがオースティンだったら、きっとリオン様はオースティンを好きになっていた」
「何……それ……。どっちに先に会ったかなんて関係ないよ。もし先にオースティンと会ったとしても、絶対にクレイドのことを好きになってた」
「いいえ、きっとそんなことはない。リオン様が私に感じている気持ちは、卵から孵ったヒナが、初めて見たものを親だと認識する刷り込みのようなものです。恋じゃない」
刷り込みのようなもの? 恋じゃない?
その言葉に、心と身体がまとめて捩じ切られたような気がした。
止めようと思っていた涙が決壊し、ぼろぼろと一気に溢れ出てくる。
「あなたが、否定、しないで……」
リオンの苦し気な涙声に、はっとクレイドが顔を上げた。
「リ……リオン様」
クレイドが目を見開き、動揺するように視線を揺らす。リオンは流れ出る涙を腕で拭いながら、それでもクレイドを睨みつけた。
「初めてだったんだ……こんな気持ち。ずっと僕、自分は人間だけど……人間じゃないような気がしてて……」
ずっと普通の人間に憧れてた。みんなと同じようになりたかった。でもオメガとして生まれた性を変えることは出来ず、一生このまま一人寂しいところで生きていくのだと思っていた。
「だけどクレイドと出会って……こんな僕でも生きてていいんだって、初めて思えたんだ。ようやく人並みの人間に……なれたような気がした」
しゃくりを抑えながら懸命に話すリオンのことを、クレイドは息を止めたように黙って見つめていた。
「クレイドに会えたことは……僕にとって奇跡だったんだよ。だけどあなたにとっては違った。あなたは最初から、僕をオースティンの番にしようとして……会いに来たんだもんね」
「リオン様、俺は」
クレイドがはっと口を開いた。何かを言いかける。でも聞きたくなかった。
「もういい」と言い捨て、リオンは踵を返すとその場から逃げ出した。
「リオン様! お待ち下さい!」
クレイドの声が後ろから追いかけてくる。
――追いつかれる。
リオンは咄嗟に背丈ほどの高さがある生け垣の中に飛び込んだ。迷路のように入り組んでいる通路を右に左に走っているうちに方向がわからなくなったが、それでも走り続けた。
後方からはまだクレイドの声と気配がする。リオンは隠れるようにして大きな木の茂みの後ろへとにしゃがみ込んだ。自分の口を手で塞ぎ、はあはあと弾む息と気配を殺す。
「リオン様――! どこですか!」
リオンを見失ったらしいクレイドは、慌てた様子でリオンの名前を呼びながらも遠ざかって行った。
完全にクレイドの気配が無くなり、あたりはしんと静まり返った。穏やかな風に木の葉が揺れる音と鳥の声だけが残る。ほっとした瞬間、またぽろぽろと涙がこぼれた。
(もうめちゃくちゃだ――)
ついさっきまでは、クレイドときちんと向き合って正直な気持ちを伝えようと決心していたのに。
それなのに、なぜあんな態度をとってしまったのだろう。自分の思い通りにならないから怒鳴って泣くだなんて、子供と同じだ。
情けなくてつらくて、リオンは茂みの中で小さく丸まりながら泣き続けた。
まるで小さな子供に戻ってしまったかのように心もとなくて、涙はいくらでも出た。
そしてふと思った。
(そうか……僕にはもう、誰もいないんだ……)
慈しんでくれた母親はいない。自分の心さえもあげたいと思っていたクレイドからも拒絶された。
自分には誰もいない。何も……何も残っていない。
上を見上げると青い空が広がっていた。すぐそこには美しい黄色の花も咲いている。穏やかな風が吹いている。
それなのに何も感じなかった。心が麻痺したかのように、悲しみまでもがどんどん遠ざかっていくようだ。
どれほどのあいだ茫然としていただろう。
随分長い間、リオンは茂みに背中をあずけ手足を地面に投げ出しながら、暮れていく午後の日差しを見ていた。
「誰かそこにいるのか?」
誰もいないはずの庭園の隅に、聞き覚えのある声が響いたのはそのときだった。
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