【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

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18.神様

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 誰かがガサゴソと茂みをかき分けて近づいてくる。
 姿を現したのは――下働きらしい服装に身を包み、手に箒を持ったエルだった。

「え? リオン様? なんでこんなところに?」
「エル……」

 茫然とお互いの顔をしばらく見つめ合っていると、突然エルが何かに気が付いたように顔を強張らせた。

「どうして泣いてるんですか? どうして泥だらけなんですか? ――ッもしかして誰かに襲われたんですか!?」

 しゃがみ込んだエルが、リオンの肩を掴み慌てて顔を覗き込んでくる。

「大丈夫ですか!? 服は……脱がされてないですね。怪我も……ないみたいですが。どんな奴に襲われたんですか? 顔は覚えてますか!?」

 捲し立てるようなエルの勢いに、リオンは驚いて茫然としてしまった。エルが「あれ?」と首を傾げる。

「もしかして違いましたか? 俺の勘違い?」
「あ……うん。……誰にも何にもされてないけど……」
「ほんとですか!?」
「う、うん」

 リオンが頷くと、エルは一気に脱力した。

「良かった。本気で焦りましたよ。紛らわしいな」
「……ごめんなさい」
「いえ、何もなかったのなら良かったですけど」

 エルは心底安堵したように息を吐く。リオンはその顔をじっと見つめた。

(もしかして心配……してくれたの……?)
 エルには嫌われてると思っていたが、どうやらリオンの身を真剣に案じてくれているようだ。

 それが信じられなくて、思わぬところで人の温かさに突然触れたことに驚いて、同時になんだかじわじわと嬉しくて――気が付くとリオンの目からは涙が溢れていた。
 ぽろぽろと涙を流し始めたリオンを見て、エルがぎょっとしたように目を見開く。

「なっ……なんで泣くんですか!? 辞めてくださいよ! 俺が虐めてるみたいじゃないですか!」
「ごめん……。まさかエルが僕のこと……心配してくれるだなんて思わなかったから……」

 あまりにも情緒不安定で、自分でもこれはないなぁと思う。だけど涙も嗚咽も止まらなかった。堰を切ったように次から次へと涙があふれ出してくる。

 エルはしばらく居心地が悪そうに身じろいでいたが、やがてそっとリオンの隣に腰を下ろした。

「あの……何かあったんですか」
 ぼそっと不愛想な声でエルが聞いてくる。

「話したくないのなら聞きませんけど。でも話したいのなら……聞いてあげなくもないです」
「え……?」

 リオンは顔を上げた。エルはぶすっとした顔で地面を見つめている。

「俺だって、あなたには悪いことしたなって一応思ってるんですよ。薬盛ってのはさすがにやりすぎたって反省してます。それにずっと態度も悪かったし、今まで結構酷いことも言ったし……。だから、その、罪滅ぼしっていうわけじゃないですけど……別に話、聞いてもいいですよ」
「エル……」

 リオンは驚いてエルの顔をまじまじと見てしまった。
 目の前の青年は本当にエルなのだろうか。こんなふうに優しい言葉を掛けてくれたり歩み寄ってくれるだなんて信じられない。
 リオンが驚愕の思いで横顔を見つめていると、エルが急に苛立ったように大声を出した。

「あ~もう! 話すのか話さないのか! どっちなんですか!」
「えっ、あっ、話します……」

 勢いに釣られてそう言ってしまい、すぐにどうしようかと悩んだ。
「ええと……」
 リオンは涙を拭い、言葉を探す。

 エルは出会ったときからリオンに敵対心を持っていた。冷たい言葉をぶつけられたのも一度や二度ではない。それがどうしてこんな成り行きになっているのだろう。

 自分でもわからなかったが、隣に座るエルからはリオンを気遣うような空気は確かに感じる。それに今までのことも謝ってもらったし……いや、謝られてないような気もするけど、とにかく誰かに話を聞いてもらえるのはありがたいことに思えた。

 それにこのまま一人で考え続けていたら、気が狂ってしまいそうで怖かったという気持ちもある。
 リオンは(どこまでどう話せばいいのかな……)と迷いながらも口を開いた。

「……あの……実は好きな人に振られたんだ」
「クレイド隊長に?」
 ぼかして言ったつもりが、図星を衝かれて驚いてしまった。

「な、なんでクレイドだってわかったの?」
「はあ? そんなのとっくに気が付いてましたよ」
「え……嘘でしょう……」

 リオンは少なからずショックを受けたが、そんなことは全く気にせずエルは話を進める。

「それで? 告白して振られたんですか?」
「えっ……ああ……うん。『リオン様の気持ちを受け入れることは出来ない』ってはっきり言われた……」
 エルはふうん、と鼻を鳴らした。

「きっぱり言って貰えて良かったじゃないですか。振られてしばらくは辛いかもしれませんが、次に行きましょう、次」
「次に……行くの?」
「ええ」
 エルは当然とばかりに頷く。

「だって振られたんでしょう? 諦めて次に行くしかないですよ。というか大人しく陛下の番になってくださいよ」
「え……っ?」
 未だにそんなことを言われるとは思っていなかったので、驚いてしまった。エルはまだ諦めていなかったのか。

「エルって……オースティンのこと恨んでないの?」

 あの晩餐の夜、エルはオースティンに強い口調で叱責されていた。それに今のエルの格好を見るに、王宮の仕事からは外されて下働きのような仕事をさせられているのだろう。それなのに、エルはオースティンに対して悪い感情を全く持っていないのだろうか。
 いくら慕っていると言っても、主にこんな扱いをされたら不満くらいは持つのが普通だろう。リオンはそう思ったが、エルはリオンの言葉に心底驚いた顔をしている。

「そんなわけないでしょう! なんで俺が陛下を恨むんです? 陛下は俺の恩人なのに」
「恩人?」

 リオンが聞き返すと、エルはそっと目を伏せた。少しのあいだ黙り込む。 

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