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20.愛
⑤
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「え……?」
言っていることが理解できなかった。それはオースティンもクレイドも同じようで、唖然としている。
「あの……ドニさん? 僕が王家の血を引くってどういうことですか?」
「リオン様、あなたはこの国の王族で、オースティン陛下の叔父にあたるカイラン様のお子です」
「カイラン様?」
その名前には聞き覚えがある。リオンは急いで記憶を手繰った。
あれは確か、薬草園でドニと話しているときのことだ。
「あっ……! もしかして母さんと一緒に薬草園を作ったっていう王族の人ですか?」
「ええ、そうです」
ドニが頷くと、オースティンがようやく我に返ったように声を上げた。
「カイラン叔父上のことか? 確かに僕たちが子供のころ、叔父上はまだ王宮にいらっしゃったが……」
「そうですね。カイラン様は王族の中で唯一、この国のブルーメ外交に異を唱えておられました。そのためにご立場が次第に危うくなられ、やがて辺境領の統治を命じられたのです。そしてそのままご病気でお亡くなりになってしまわれた」
「叔父上は身体が強い方ではなかったからな。慣れない辺境の地ではやり病にかかり、赴任して一年ほどで亡くなったと聞いていたが……。その叔父上がアナと恋仲だったのか?」
オースティンは信じられないようだ。
クレイドもカイランという王族の人のことは知っているようで、茫然と「まさかあのカイラン様が……?」と驚いている。
ドニは「ええ」と頷き、リオンに目を向けた。
「リオン様の母上のアナとカイラン様は愛し合っていましたよ。しかしカイラン様は辺境に旅立つことになってしまい、その時にはアナのお腹にあなたが宿っていた」
「で、でも母さんからそんなこと一言も聞いたことがないです。それに証拠だって……」
「カイラン様は念のため、『アナが生む子は間違いなく自分の子である』という証文を残しておりますよ。私がアナに頼まれてお預かりしております。証文の封蝋は王家の紋章で、偽造など到底不可能。正式な証拠となるものです」
ドニの言葉の真偽がわからず、リオンは助けを求めるようにオースティンの顔を見た。オースティンはゆっくりと頷く。
「証文の存在が本当であれば、十分に証拠となるものだ」
「だけど……とてもじゃないけど、そんなこと信じられないです」
突然知らされた重大な出生の秘密に、頭が真っ白になって考えがまとまらない。クレイドもオースティンも何かを考えるように黙り込んでいる。
(僕は本当にカイラン様の子なの? ノルツブルクの王家の血を引いてるの?)
だとしたら……。
「……それじゃ、僕が生む子供はすべてアルファになるということですか?」
「ええ、間違いなくそうでしょう」
ドニの答えに身体が震えた。
ノルツブルクの王家の血を引いたブルーメは皆、外交のために他国に嫁がされている。リオンもそうならないとは限らないのだ。
ふっと頭に恐ろしい考えが浮かんだ瞬間、クレイドに抱き込まれた。
「大丈夫です、私がお守りします」
「クレイド」
確かな温もりに包まれていると、だんだんと動揺が収まってきた。そんなリオンの様子を見ながら、ドニがまた口を開く。
「カイラン様もアナも亡くなっている今、このことを知るのはここにいる私たちのみです。この事実をどう使うのはリオン様と陛下次第。公表するもよし、公表しないもよし。もし公表をなさるのであれば、政治的に利用されないように手を打たなくてはなりませんが――」
「リオンとクレイドはすぐに契りを結べ」
ドニの言葉に被せるように、オースティンが言い出した。
「え?」
リオンは驚いてオースティンの顔を見た。クレイドも驚いたようにオースティンを見つめている。
「公表するかしないかは今の段階で決めなくてもいいが、すぐに契りを結んだほうがいい。それでしかリオンを守ることは出来ない。兄のように、また他国に奪われてしまう。理解できるよね、クレイド?」
「…………」
クレイドは黙り込んでいたが、リオンを抱きしめる腕に力を込めた。
『契りを結ぶ』ということの意味は分からないが、自分はオメガでクレイドは獣人だ。オメガとアルファのように、番の契りのような方法があるのだろうか。
「……わかりました」
クレイドはしばらく黙り込んでいたが、やがて頷いた。オースティンも頷き返し、それからリオンに微笑みを向ける。
「大丈夫だよ、リオン。心配することはない。君たちの気持ちは決まっているのだろう? それとも一生添い遂げる自信はない?」
「え? 一生添い遂げる……?」
そこまで考える余裕が今までなかったので、いきなり言われても戸惑ってしまった。
「ええと、それは――」
「自信はあります」
言葉に迷っていると、クレイドがすばやく言った。
「俺はリオン様と一生添い遂げる自信があります。俺は一生この人しか愛さない。リオン様しか欲しくない」
力強い言葉に、胸がわしづかみにされた。
胸の中に抑え込んでいた気持ちが堰を切って溢れ、心と身体のすべてに染み込んでいく。
自分はクレイドのことが好きだ。心の底から愛している。その気持ちに突き動かされるようにリオンは叫んだ。
「僕も……自信があります! 一生クレイドを愛します!」
リオンの言葉を聞いたクレイドが目を見開き、それからゆっくりと目を細める。灰色の瞳の中には喜びと深い愛情が見える。
自分の気持ちが目減りすることなく、すべてそのままクレイドに伝わったと感じた。
「それじゃあ決まりだな。書類上のことは明日から早急に対処することにしよう」
オースティンがそう締めくくろうとすると、急にドニが小さく手を上げた。
「あのー、そういうことでしたら、クレイド隊長、これを」
すすっと近づいてきたドニは懐から何かを取り出し、クレイドに手渡した。小さなガラス瓶に入った液体のようなものだ。
リオンにはそれが何かはわからなかったが、クレイドは瞬時に理解したようだ。クレイドの耳と尻尾がぴくんと震え、頬がかすかに赤らむ。
オースティンが呆れたようにため息をついた。
「まったく……ドニはどこまで準備がいいんだい?」
「いろんな展開を想定していたもので」
「敵わないなあ」
オースティンは苦笑いをしながらこちらに歩み寄ってくる。そしてクレイドとリオンの肩を叩いた。
「さあ、今日の話はここまでにしよう。君たちは積もる話があるだろうから、あとは二人でね」
オースティンの大きな手が、リオンとクレイドの背中をぐいぐいと力強く押す。そのまま寝室の外に押し出されてしまった。
扉の前でリオンはオースティンを振り返る。
「オースティン……」
「うん? どうした、リオン?」
優しい笑顔に、胸が罪悪感で一瞬だけ痛む。ごめんなさい、と言おうとして思いとどまった。きっとその言葉じゃない。もっと違う言葉。
「――ありがとう」
リオンがそう言うと、オースティンは一瞬だけ目を細め、それからひょいと眉毛を吊り上げておどけるように笑った。
「クレイドをよろしくね」
寝室の大扉は音を立てずにゆっくりと閉まった。
言っていることが理解できなかった。それはオースティンもクレイドも同じようで、唖然としている。
「あの……ドニさん? 僕が王家の血を引くってどういうことですか?」
「リオン様、あなたはこの国の王族で、オースティン陛下の叔父にあたるカイラン様のお子です」
「カイラン様?」
その名前には聞き覚えがある。リオンは急いで記憶を手繰った。
あれは確か、薬草園でドニと話しているときのことだ。
「あっ……! もしかして母さんと一緒に薬草園を作ったっていう王族の人ですか?」
「ええ、そうです」
ドニが頷くと、オースティンがようやく我に返ったように声を上げた。
「カイラン叔父上のことか? 確かに僕たちが子供のころ、叔父上はまだ王宮にいらっしゃったが……」
「そうですね。カイラン様は王族の中で唯一、この国のブルーメ外交に異を唱えておられました。そのためにご立場が次第に危うくなられ、やがて辺境領の統治を命じられたのです。そしてそのままご病気でお亡くなりになってしまわれた」
「叔父上は身体が強い方ではなかったからな。慣れない辺境の地ではやり病にかかり、赴任して一年ほどで亡くなったと聞いていたが……。その叔父上がアナと恋仲だったのか?」
オースティンは信じられないようだ。
クレイドもカイランという王族の人のことは知っているようで、茫然と「まさかあのカイラン様が……?」と驚いている。
ドニは「ええ」と頷き、リオンに目を向けた。
「リオン様の母上のアナとカイラン様は愛し合っていましたよ。しかしカイラン様は辺境に旅立つことになってしまい、その時にはアナのお腹にあなたが宿っていた」
「で、でも母さんからそんなこと一言も聞いたことがないです。それに証拠だって……」
「カイラン様は念のため、『アナが生む子は間違いなく自分の子である』という証文を残しておりますよ。私がアナに頼まれてお預かりしております。証文の封蝋は王家の紋章で、偽造など到底不可能。正式な証拠となるものです」
ドニの言葉の真偽がわからず、リオンは助けを求めるようにオースティンの顔を見た。オースティンはゆっくりと頷く。
「証文の存在が本当であれば、十分に証拠となるものだ」
「だけど……とてもじゃないけど、そんなこと信じられないです」
突然知らされた重大な出生の秘密に、頭が真っ白になって考えがまとまらない。クレイドもオースティンも何かを考えるように黙り込んでいる。
(僕は本当にカイラン様の子なの? ノルツブルクの王家の血を引いてるの?)
だとしたら……。
「……それじゃ、僕が生む子供はすべてアルファになるということですか?」
「ええ、間違いなくそうでしょう」
ドニの答えに身体が震えた。
ノルツブルクの王家の血を引いたブルーメは皆、外交のために他国に嫁がされている。リオンもそうならないとは限らないのだ。
ふっと頭に恐ろしい考えが浮かんだ瞬間、クレイドに抱き込まれた。
「大丈夫です、私がお守りします」
「クレイド」
確かな温もりに包まれていると、だんだんと動揺が収まってきた。そんなリオンの様子を見ながら、ドニがまた口を開く。
「カイラン様もアナも亡くなっている今、このことを知るのはここにいる私たちのみです。この事実をどう使うのはリオン様と陛下次第。公表するもよし、公表しないもよし。もし公表をなさるのであれば、政治的に利用されないように手を打たなくてはなりませんが――」
「リオンとクレイドはすぐに契りを結べ」
ドニの言葉に被せるように、オースティンが言い出した。
「え?」
リオンは驚いてオースティンの顔を見た。クレイドも驚いたようにオースティンを見つめている。
「公表するかしないかは今の段階で決めなくてもいいが、すぐに契りを結んだほうがいい。それでしかリオンを守ることは出来ない。兄のように、また他国に奪われてしまう。理解できるよね、クレイド?」
「…………」
クレイドは黙り込んでいたが、リオンを抱きしめる腕に力を込めた。
『契りを結ぶ』ということの意味は分からないが、自分はオメガでクレイドは獣人だ。オメガとアルファのように、番の契りのような方法があるのだろうか。
「……わかりました」
クレイドはしばらく黙り込んでいたが、やがて頷いた。オースティンも頷き返し、それからリオンに微笑みを向ける。
「大丈夫だよ、リオン。心配することはない。君たちの気持ちは決まっているのだろう? それとも一生添い遂げる自信はない?」
「え? 一生添い遂げる……?」
そこまで考える余裕が今までなかったので、いきなり言われても戸惑ってしまった。
「ええと、それは――」
「自信はあります」
言葉に迷っていると、クレイドがすばやく言った。
「俺はリオン様と一生添い遂げる自信があります。俺は一生この人しか愛さない。リオン様しか欲しくない」
力強い言葉に、胸がわしづかみにされた。
胸の中に抑え込んでいた気持ちが堰を切って溢れ、心と身体のすべてに染み込んでいく。
自分はクレイドのことが好きだ。心の底から愛している。その気持ちに突き動かされるようにリオンは叫んだ。
「僕も……自信があります! 一生クレイドを愛します!」
リオンの言葉を聞いたクレイドが目を見開き、それからゆっくりと目を細める。灰色の瞳の中には喜びと深い愛情が見える。
自分の気持ちが目減りすることなく、すべてそのままクレイドに伝わったと感じた。
「それじゃあ決まりだな。書類上のことは明日から早急に対処することにしよう」
オースティンがそう締めくくろうとすると、急にドニが小さく手を上げた。
「あのー、そういうことでしたら、クレイド隊長、これを」
すすっと近づいてきたドニは懐から何かを取り出し、クレイドに手渡した。小さなガラス瓶に入った液体のようなものだ。
リオンにはそれが何かはわからなかったが、クレイドは瞬時に理解したようだ。クレイドの耳と尻尾がぴくんと震え、頬がかすかに赤らむ。
オースティンが呆れたようにため息をついた。
「まったく……ドニはどこまで準備がいいんだい?」
「いろんな展開を想定していたもので」
「敵わないなあ」
オースティンは苦笑いをしながらこちらに歩み寄ってくる。そしてクレイドとリオンの肩を叩いた。
「さあ、今日の話はここまでにしよう。君たちは積もる話があるだろうから、あとは二人でね」
オースティンの大きな手が、リオンとクレイドの背中をぐいぐいと力強く押す。そのまま寝室の外に押し出されてしまった。
扉の前でリオンはオースティンを振り返る。
「オースティン……」
「うん? どうした、リオン?」
優しい笑顔に、胸が罪悪感で一瞬だけ痛む。ごめんなさい、と言おうとして思いとどまった。きっとその言葉じゃない。もっと違う言葉。
「――ありがとう」
リオンがそう言うと、オースティンは一瞬だけ目を細め、それからひょいと眉毛を吊り上げておどけるように笑った。
「クレイドをよろしくね」
寝室の大扉は音を立てずにゆっくりと閉まった。
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