婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam

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承:正妃と側妃

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「け、賢明な判断ですな……それでは正妃の王冠ティアラを返還して頂く。」

 フィアルの言葉に安堵したマギュガスは、段々と尊大な態度を取り戻しつつ、フィアルの紫紺の髪の上に戴かれた豪華なティアラに目を向けた。その名の通り、この国バーミンガムの王家正室である証。王太子の……今では国王となった者の正妃いちばんである証明。元より一番ではなかったけれど……





 ジェリドが結婚出来る年齢時には、既にジェリドの気持ちはアルマダにあり、アルマダが正妃になる予定だった……この二人だけの予定でしかなかったが。
 その様な事をバーミンガム王家が許すはずもなかった、婚約を申し出たのは王家側なのだから。
 約束は果たされねばならない。時に高貴なる者達の約束は、命よりも重いものとなる。フィアルとの婚約破棄など絵空事であった。

 それに婚約破棄への最終決定権は当人達ではなく、それを取り決めた者達……この場合はジェリドの父バーミンガム王と、フィアルの父ミリアルドにある。
 当人同士で何が起ころうとも、勝手に破談にするなど当人同士であっても不可能であるのだ。
 ジェリドが何と言おうとも、王家側から婚約破棄をしてしまっては信用を失う。王家の威信を失墜させる訳にはいかないので、ジェリドの言葉は全て王によって握り潰された。そしてフィアルの父ミリアルドは、既にこの世の人ではなかった……
 結果、愛情など存在しない結婚ではあったが、約束通り式は執り行われ、ジェリドとフィアルは夫婦となった。順番通りフィアルが正妃、アルマダが側妃となって……



 あれから5年……あの手この手でフィアルを正妃の座から降ろそうとする日々は続いた。
 それが今、ようやく大義名分の元に執行される時が来たのである。

 フィアルは自らの手で正妃のティアラを外し、マギュガスの手に持つ、純銀ミスリルの盆に載った台座へと安置した。少しは某かの感慨が湧くかと思ったが、何も感じない……やはり自分は壊れているのだとフィアルは自覚した。否、自覚はしていたのだ、父を失ったあの日から……

「続いて正妃の指輪も返還して戴く!指輪の台座を持てい!」

 そんなフィアルを気にもせず、マギュガスは己が背に控える従者へと手に持った盆を渡し、指輪の台座が載った物と交換した。
 しかし王冠なら兎も角、『正妃の指輪』など存在しない。在るのは一番最初・・・・に贈られた結婚指輪だけだ。それすらもどうやら、これから正妃となるアルマダには許せない様である。





 この嫉妬深い逆恨みの様な言い掛かりに、激怒する者が居た。

「自分が何を言っているのか、考えてから喋っているのか?ブチ殺すぞ人間……」

「ヒギィッ!?」

 再びフィアルの背に控えていた老執事が、凍てついた殺気でマギュガスを射抜く。先程の比ではない……最早殺気だけでマギュガスが死にそうに、豚の様な鳴き声を上げた。哀れマギュガスは『蛇に睨まれた蛙』。息すら出来なくなってしまっている。

「止めなさい、オロチ!」

 そこに初めて、壊れたフィアルが感情の色を見せて、自分の後ろに立つ老執事『オロチ』に声を荒げた。そうしなければマギュガスが死ぬのは時間の問題であったから。
 人が死ぬのは、もう沢山だ。例え己を軽視する礼儀知らずの者であろうとも……そう、壊れてはいる。が、フィアルは壊れていてもフィアルであった。

我が君の仰せのままにイエス・マイロード

 そう言って優雅に一礼するオロチの顔は、一瞬前まで強烈な殺気を放っていたとは思えない程穏やかで温和になっている。自らが仕えている人間・・の娘が、久しぶりに人らしい感情を見せたことが、人の身ならぬオロチには喜ばしいことであったから。






「失礼致しました、マギュガス候。ジェリド様より賜った正妃の指輪、確かにお返し致しました」

 いつの間にかフィアルの左手薬指にあった指輪が、硬直して動けなくなっていたマギュガスの持つ台座に置かれていた。それに気付いたマギュガスは、そそくさと正妃の部屋からの退散を始めた。今となっては元・正妃の部屋だが……その姿は滑稽で、感情を亡くしたフィアルであっても吹き出しそうになる程慌てている。あの殺気の中、腰を抜かさなかっただけでも大したものだと思いながら、慌てふためく背中をフィアルは見送った。そこに……

「よかったんかいのう、フィアル?あのままいかせて……」

 極寒の冷気が幻だったのかと思える温和な好々爺の声が掛けられた。老人は借りの姿、本来の姿は巨大な蛇。八つの頭を持ち、神龍と呼べるほどの力を持った『ヤマタノオロチ』が、その正体である。その頭が一つ、オロチの声が。
 果たして「あのままいかせて」が、行かせてか、生かせてだったのか……それはフィアルにも分からない。

「ええ、構いませんわ。オロチも盟約を破って、関係のない人間を手に掛ける訳にはいかないでしょう?」

「ワシは手を出しちゃおらんぞ?あやつが勝手に死にかけただけじゃ」

「まぁ、オロチったら。龍王がそんな言動をするなんて……」

「元・龍王じゃよ、元・正妃様。今は退任した只のジジイじゃ」

 丸で祖父と孫の様な口調での会話。そう、フィアルとオロチに主従関係はない。人前では姫と執事の間柄で通しているだけである。人の決めた権力なんぞで縛れる存在ではないのだから。
 彼等・彼女等を縛り付けられる物は只、一つ。それは対等な者同士の約束……『神々の盟約』とも呼ばれるものだけである。高貴なる者達の約束は何より重い、神格ともなるとその枷は如何程いかほどか……神ならざる人の身であるフィアルには想像もつかない。

 その只の人間でしかないフィアルに対等な約束で、「一緒に居よう」と盟約を持ちかけて来たのだから、巻き込まれたオロチもいい迷惑だったはずである……だが今もこうしてフィアルの傍に立ち、フィアルの事を思い、フィアルを守ってくれている。フィアルは神の加護とも呼べる力に護られているのである。
 しかし、元・龍王であるオロチの考えている事も、自分なんかと盟約を交わした現・龍王の考えている事もまた、フィアルには想像もつかなかった。

「そんな事より、どうするんじゃフィアル。このまま側妃の部屋へと移るんかのう?」

 逆に、恐らくフィアルの考えていた事など、見た目老人の姿をした者にはお見通しなのだろう。狡猾な蛇の王でもあった者には……

 今、フィアルの指に、結婚した者の証である指輪は無い。フィアルの頭上に、バーミンガム王国正妃の証である王冠は無い。
 一方的に求められ、一方的に幻滅され、一方的に送られて・・・・来て、一方的に返せと言われた王子との結婚を示す物は何も無い。側妃の指輪が、今この場には無いのだから。マギュガスは回収したら即、帰っていってしまった。
 だから再び指輪が送られて来たとき、再び左手薬指へと身に付けるのか?オロチはそう聞いているのだ。再び愛のない結婚をするのかと……そんなの決まっている。




「もう、結婚はコリゴリよ」

 側妃が正妃となり、正妃が側妃になったその日、正妃でも側妃でもなくなったフィアル……『フィアル・シェリオン』は、優雅なるも何の感慨も湧かない豪華な宮殿、バーミンガム城を後にした。
 
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