恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
13 / 74
第1章

その日2

しおりを挟む
 どこで何をしていたのか、記憶がない。
 
 「セディ!」

 気が付いたら、シルヴィに抱き着かれていた。いつの間にシルヴィの屋敷に来ていたのだろう、全く思い出せなかった。
 シルヴィの温かい魔力が微かに僕に染み込んでいた。恐らくこの癒しがなかったら、そのまま屋敷に着いたことにも気が付かなかっただろう。
 それでも、シルヴィの話に付き合っていたものの、久しぶりに世界と自分の間に膜が張られている感覚で、心が全く動かない。
 時折シルヴィが心配そうにこちらを見ていることに気が付いても、取り繕うことができなかった。

 全く眠れない夜が明け、気が付けばシルヴィとお茶を飲んで向き合っていた。
 無理かと思っていたけれど、お茶はすんなり喉を通った。味は全く分からなかったけれど。
 その瞬間、二人の倒れた姿が脳裏によみがえる。
 湧き上がる感情がどんなものか分かる前に、抑え込む。分かってしまえばとても抑え込めるものではないと体が勝手に全力で抑え込む。

 殿下は、今、どのような状態なのだろう。

 抑え込んだ端から、思考が戻っていく。

「セディは、ここには来たくなかったの?」

 震える小さな声が思考を貫き、僕をとらえた。

「どうしてそんなこと!」

 今、自分がかろうじて生活を送れているのは、シルヴィが横にいるからだ。それは間違いのないことだ。許されるなら、片時も離れず傍にいたい。
 どれだけシルヴィの傍にいることが、自分に大事なことかどう伝えようとシルヴィを見ていると、ハリーが来たことを告げられた。

 どういうことだ?ハリーが離れて大丈夫な状態になったのか?
 部屋から飛び出し、ハリーの下へ急いだ。勝手知ったる侯爵家だ、どの部屋に通されるのかも分かっていた。
 ドアをノックしようとして、手が固まった。

 「そこまで危ないのか…!」

 おじ様の叫ぶような硬い声が漏れてきた。その後は声の大きさは戻り漏れてこない。付いてきたシルヴィに合図をしながら、ドアに触れた途端、ドアがひとりでに少し開いた。
 かすかに銀の魔力がドアにまとわりついている。
 
 『静かにしていろ。』

 頭の中に深い声が響いた。
 一体、ハリーにできないことはあるのだろうかと普段なら驚いていただろうが、今は単に事実を受け止めていた。
 それよりもハリーとおじ様の会話の行先の方が衝撃が大きかったのだ。
 
 シルヴィに治癒にあたらせる?5歳のシルヴィに?

 「私も行く!」

 黙ってなどいられなかった。自分に何もできないことは昨日で身にしみてわかっていたが、それでもせめて傍にいたかった。
 おじ様も、そして絶対に反対しそうなハリーも同行を認めてくれたのが、ありがたかった。
 ハリーにとっては、子どものわがままをなだめている時間的余裕がなかっただけかもしれないが。

 登城する馬車の中で、正面に座るハリーの顔を見ていると、ふつふつと怒りが湧いてきた。魔力の暴走でシルヴィが死に至る危険性をどうしてハリーは許すのだろうか。
 職務のために身内への思いを抑える人柄では断じてない。シルヴィへの溺愛ぶりはそれを超えているはずだ。
 そもそもハリーにすら手に負えない状態で、シルヴィになにかできる余地が本当にあるんだろうか。
 普段のハリーなら、シルヴィに危ない橋を渡らせず、自分で抱え込む方をとるだろう。
 腑に落ちないものを感じ、怒りがさらに増してきた。シルヴィに何か大事なことを隠して決断させたのではないだろうか。

『キャンキャンと吠えるな。うるさいぞ。』

 吠えさせているのは誰のせいだ!
 ハリーを睨みつけた。ハリーは僕の視線をものともせず、窓から外の景色を眺め始めた。
 
『シルヴィに治癒にあたらせるのは、事実として定まった未来の強さで予知夢に現れた。』

 定まった未来?先のことがなぜ定まる!

『お前にはそうかも知れない。だが、私には変えられたことはない。』

 ほんの僅かではあったが、頭に響く声は陰りを帯びていた。いつも自信に満ち溢れたハリーに似合わないものだった。

『殿下の状態が私の守護石で治せないほどだったと知った王は、一つの決断を下した。』

 王命だったのか?

『そうではない。王は、私に治癒よりも犯人を見つけることに専念させることを命じた。』

 息を呑んでハリーを見つめた。ハリーは窓に顔を向けたまま、目を伏せた。

『私は今、持てる力の全てで城下の会話と魔力を探っている。』

 そんなことが可能なのか!可能だとしても体への負担は並大抵のものではないだろう。
 犯人はハリーの探れる範囲に留まっているのだろうか、意味のある探索なのか?

 『王もそれは分かっている。その上で、賭けに出たのだ。』

 殿下の、自分の息子の命を囮にしたその賭けに、寒気を感じた。

 『決断の際の王の感情が、冷酷なものだったとは思うな。それは、私が保証する。』

 何の感情も込められていない声だったが、自分の浅慮を悟らされ、恥ずかしさを覚えた。
 ゆっくりと目を開き、ハリーはこちらを向いた。エルフを思わせる美しさに思わず畏怖を抱く。託宣のようにそれは告げられた。

『シルヴィは暴走する。』

 腰を浮かせかけ、慌てて沈める。
 シルヴィがいなければハリーにつかみかかっていた。目を伏せ、拳を握り感情を抑える。
 こんな大事なことを黙って、シルヴィに承諾させたハリーに憤りを覚える。
 
 『暴走は見えたが、その先は定まっていなかった。』
 
 それで安心させるつもりかと睨みつけようとして目を開くと、ハリーの全てを見通す視線に貫かれた。
 
 『お前の存在が、鍵となる。』
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

処理中です...