恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
12 / 74
第1章

その日1

しおりを挟む
「セディも、王宮通いには慣れてきたようだね。」

 殿下と学ぶようになって半年も過ぎたころのお茶の時間、殿下がにやりと笑いながらおっしゃった。
 相変わらず、殿下は並々ならぬ集中をしてまず自分からお茶を飲む。

「うん、今日も美味しい。」

「そうですか、よいことです。」

 僕は上の空で相槌を打った。視線がお茶の横のお皿から外せられない。
 
 なぜ、あるんだ?あれから一度も出ていなかったのに!

 お皿にはフルーツケーキが乗せられていた。フルーツが前回よりもたっぷり入っていて、見ているだけで甘さが伝わってくる。「これ」にも慣れろという意図なのだろうか。
 思わず殿下を見ると、やはり既にケーキを味わっている。
 この後、いつも通り、僕にもようやく勧めてくるのだろう。それまでに覚悟を決めなくては。
 ライザ殿は僕を見て笑っていないか、さりげなく彼女へ視線をやった。
 彼女は笑ってはいなかった。
 彼女の顔は普通ではなかった。いつもの温かい笑顔があるような、泣きそうな叫びそうな強張ったものだった。
 
 瞬間、僕は立ちあがりながら殿下を振り返った

 ガシャン!

 何もかもが一瞬で起こり、そしてとてもゆっくりに感じた。


 殿下は飲んでいたカップを落とし、血を吐き出した。
 ライザ殿は握りしめた手を口に当て、何かを飲み、その途端、目からも口からも血を流し倒れこんだ。
 殿下の衣服の下から、銀色の光があふれ、何かが割れる音がし光は止んだ。
 あの色はハリーの魔力だ。
 あの波動はシルヴィがけがを治してくれる時に出るものだ。
 ハリーの治癒魔法が発動したんだ…!
 それでも、殿下はまだ血を吐いて、床に倒れこんだ。
 僕は震えながらドアに飛びつき、護衛に医師を呼ぶように叫んだ。

 ようやく殿下に駆け寄ると、
「触るな…、毒が、つく…」

新たな血を吐きながら、殿下が言う。


「バカっ!」

 思わず怒鳴った。
 頭の中に浮かんだ応急処置は二つ。毒を吐き出させること、水を飲ませて薄めること。
 殿下は吐けるものは既に吐き出している。水は、毒が含まれているかもしれない。
 背中をさするぐらいしか、思いつかなかった。さする手が震えていた。
 殿下の喘鳴が部屋に響く。
 医師はいつ来るんだ!
 あまりにも自分のできることがなく、歯噛みしたい思いだった。

 部屋の空気が急に重くなり、銀色の光の玉が浮かんだと思ったら、ハリーが現れた。

「殿下が!」

「分かっている。」

 ハリーは殿下に触れ、眉を顰め両手をかざし、殿下に光をまとわらせた。
 殿下の喘鳴が少し和らいだ。
 治ったのか?

「一時的に感覚を遮断しただけだ。苦痛を感じていないだけだ。」

 ハリーは殿下を抱きかかえ、誰の目にも絶命が明らかなライザ殿に近寄り、彼女の手から小さな瓶を浮かび上がらせた。中に少し液体が残っている。
 ようやく到着した医師の前まで瓶を移動させ、医師はあわてて受け取った。

「その薬が使われた。調べよ。」

 医師はうなずき、また部屋から飛び出していった。
 ハリーは殿下を寝室へと運んで行った。
 僕は根が生えたようにそこから動けず、ハリーの背中を見送っていた。
 やがて戻ってきたハリーが、驚くほど優しい手つきで僕の涙をぬぐい、すべてを貫き通す澄んだ瞳で僕をのぞき込んだ。

「お前にとてもつらいことがあったのは、わかっている。」
 身体に染み込むような深い声に、また涙があふれる。
 ハリーは、再び涙をぬぐってくれながら続けた。

「だが、詳しいことを知ることが必要だ。話してくれ。」

 頷いた途端、部屋の空気がまた重くなり、陛下と、宰相、―父上、が現れた。
 二人は青ざめ硬い表情だったが、驚きは見せていなかった。
 僕は、3人にお茶の話をした。

 そして、話しながらようやく気が付いたのだ。
 どうして、殿下はいつも並々ならぬ集中をして味わってから、僕に勧めたのか。
 殿下はあろうことか毒見をしていたのだ。
 悔しくて泣きそうだ。
 昔、毒見役が死んだことがあったらしい。そのことを殿下は思い詰め、断固として毒見役を拒否していたと、今更、聞かされた。
 どうして、今日はフルーツケーキが出たのか。
 殿下がケーキを食べた直後は反応が出なかったことから、恐らく、毒は水分を含むと作用するものだった。
 ライザ殿は殿下が先にケーキを食べることを知っていた。
 僕がフルーツケーキを食べるまでには時間がかかるのも予想していた。先に食べた殿下が反応を示し、僕が食べない可能性が高いことも分かっていた。
 ライザ殿は僕を巻き込まないために、フルーツケーキを出させたのだ。
 
 あまりの不甲斐なさに吐きそうだった。
 
 結局、3人に伝えられたことは、ライザ殿が実行犯だという分かり切ったことだけだった。
 
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

十八歳で必ず死ぬ令嬢ですが、今日もまた目を覚ましました【完結】

藤原遊
恋愛
十八歳で、私はいつも死ぬ。 そしてなぜか、また目を覚ましてしまう。 記憶を抱えたまま、幼い頃に――。 どれほど愛されても、どれほど誰かを愛しても、 結末は変わらない。 何度生きても、十八歳のその日が、私の最後になる。 それでも私は今日も微笑む。 過去を知るのは、私だけ。 もう一度、大切な人たちと過ごすために。 もう一度、恋をするために。 「どうせ死ぬのなら、あなたにまた、恋をしたいの」 十一度目の人生。 これは、記憶を繰り返す令嬢が紡ぐ、優しくて、少しだけ残酷な物語。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...