恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第2章

学園1

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目の前にそびえたつ建物に私は目を奪われていました。
古びてはいるものの堅固さを感じさせる大きな棟が4つ、ロの字型に並べられ、その端に小さめな棟が2つ配置されています。ですが敷地で目を引くものは、一つの大きな円形劇場でした。そして劇場と同じぐらいの広さで木々が広がっています。

「お嬢様、入りましょう。」
 シャーリーにそっと声をかけられ、ようやく門に意識を戻しました。
 高く一面に文様が刻まれた門は威圧感があり、何か微細な魔力がまとわりついています。
 シャーリーが右手を掲げると、門はかすかに光り、音もなく滑らかに開きました。
 建物の中にも様々な種類の微かな魔力を感じ、あちこちに視線を向けずにいられませんでした。
「魔力の強い人間が集まっていますので、徐々にそこかしこに溜まっていくのですよ」
「まぁ、叔父様の魔力もあるのかもしれないのね?」
「ふふ、ハリー様が使っていらっしゃるお部屋は、すぐに分かると思いますよ」
 ひときわ重厚で精緻な模様が刻まれた戸の前でシャーリーは歩みを止め、私に振り返りました。
「こちらが、長の執務室です」
 その声を合図にしたかのように戸がひとりでに開き、森を思わせる深い緑の穏やかな魔力が溢れだしました。
 その魔力をそのまま体現したかのような人物が部屋の中にいました。腰まで届く白髪に、顔には笑いがしわとなって刻み込まれ歳を感じさせるものの、背筋はすっと伸び、出迎えるためにこちらに歩いてくる動作に歳は感じさせず、年齢が分かりにくい印象があります。
 瞳は暗い緑色で、あらゆるものを見守るような眼差しをしています。
 森の賢者、そんな言葉が頭によぎりました。
 
「ようこそ、シルヴィア。そして、お帰り、シャーリー」
 温かみのある心地よい声が響きます。
「今日より、よろしくお願いいたします。長」
「戻ってまいりました。またお世話になります」
 長はなぜこのしわができたのか分かる笑顔をみせました。
「わたしのことは、パトリックと呼びなさい。長と呼ぶのは、頑固なそなたの叔父だけなのだ」
 驚いてシャーリーを見ると、苦笑して頷いています。
「私はパトリック先生と呼んでいます」
 まだ驚きが覚めないものの、小さく呟いてみます。
「パトリック先生」
 パトリック様は茶目っ気溢れる眼差しを向けてきました。
「うむ、叔父よりも素直で素晴らしい。さて、シルヴィア、そなたの叔父は心配性でね、そなたのためと、色々私に送り付けてきているのだよ」
 パトリック様は、右手を掲げ、緑の光の玉を浮かび上がらせました。
 玉の中から、小さな箱が現れます。
 転移させたのでしょう。私にはまだできない技です。
 「これだけは、必ず即座に渡せ、とうるさくてね」
 パトリック様は箱を私に渡されました。香りの高い白い木でつくられた箱の中に、花の模様が刻まれた銀のブレスレットが入っています。一つの大きな銀の守護石が埋め込まれています。守護石は強烈なまでの魔力が込められています。
 私と一緒に箱をのぞき込んだシャーリーがポツリとこぼしました。
「イヤリングに対抗したんですね。大人気ない…」

 セディを思い出した途端、耳につけたイヤリングから温かさを感じる気がして、頬が緩むのを感じました。パトリック様が少し目を見開いています。
「ほう、魔力はまだ強くはないが、実に丁寧に守護が組み立てられているね」
 セディが褒められたことがうれしくて、叔父様の封印石が銀の光を放ちだしてしまいました。
 パトリック様はゆっくりと封印石の前に手をかざし、光を収め、しわを深めながら私の瞳をのぞき込みました。

「そなたの思いは分かった。大事な人からの贈り物なのだね。」
 パトリック様の言葉と声で体が温められていくようです。魔力も流れ込んだ気がします。
「まあ、こちらのブレスレットは普段は叔父の部屋に置いておくとよい。これほどの守護は学園では不要だからね」
 シャーリーの咳払いが聞こえます。
 パトリック様は緑の光で箱を包み、転移させました。
「休みの日に、街へ出かける時に使うのがよいだろう」
 
 深い緑の瞳に再び、いたずらめいた光が走りました。
「せっかく歳の近い子どもたちがたくさんいる場所で暮らすのだ。勉強以外もたまには楽しみなさい」
 眼差しから幾分茶目っ気が薄れ、奥深い知が表に現れました。
「焦らず、じっくり目標に向き合いなさい。適度に力を抜くことは、生きていく上ですべてのことに通ずる大切なことだ」
 長としての、賢者としての言葉は、不思議とすっと胸の中に入りました。
 息を少し吸い込み、目を伏せ、答えました。
「お言葉、確かに受け取りました。心に刻んで、適度に力を抜くことを頑張ります」
 部屋にパトリック様の心から楽し気な笑い声が響き、いつの間にかシャーリーと私も笑っていました。


 その後、学園の建物を一通り案内され、最後に寮の自室にたどり着きました。
 小さな浴室と広くはないけれど狭さも感じない大きさの部屋が一人に与えられるのです。部屋にはベッド、机、棚などが置かれ、カーテンや絨毯も侯爵家から既に運ばれていました。馴染みのある家具のお陰で、この新しい部屋にも少し馴染みを覚えることができました。

「今日はお疲れでしょう。ゆっくり休んでくださいね」
 シャーリーが優しく挨拶をして部屋から出ていこうとしたので、私は慌てて引き留めました。
「シャーリー、今日まで侍女として護衛として傍にいてくれて、ありがとう」
 学園にはシャーリーの後輩がまだ残っていますので、明日からシャーリーは先生の補助を務める形になるのです。明日からはシャーリー先生です。
「こちらこそ、ありがとうございました。お嬢様のお傍にいる毎日は楽しい生活でした。明日からは少し離れてしまうのが寂しいです」
 にっこりと微笑んで優しい言葉をくれたシャーリーは、私の手を取りました。
「お嬢様、困ったときはいつでも仰ってください。困っていない時もいつでもお呼びください。それから二人の時は今まで通り、シャーリーと呼んでくださると嬉しいです」
「二人の時でも先生に対してその呼び方は、示しがつかない気がして難しいと思―」
 私の言葉はくっきりとした微笑みとともに遮られました。
「シャーリーです、お嬢様。」
 いろいろな話の末、気が付けば、二人の時は今まで通りシャーリーと呼び、二日に一度はシャーリーの部屋でお茶を飲むことを頷かされていました。
 いいのでしょうか……。
 私の疑問を置き去りにして、シャーリーは今度こそ柔らかく微笑んで部屋から出ていき、私は一人になりました。

 一人になってゆっくりと部屋を見まわしました。
 部屋には淡く守護の魔法が全体に張り巡らされています。ドアと窓にははっきりと分かる強さの守護の魔法がかけられていました。
 この部屋にたどり着くまでのドアにはそういったものは感じなかったので、私を狙う人たちへの魔法なのでしょう。
 ここに来ることは我儘だったのでしょうか…
 もう来てしまったのに、今更なことを思ってしまいます。
 誰にも被害が出ないよう、やはり最短で卒業します!
 気持ちを切り替えて、ベッドに入りました。

 いつもと違う暗い場所に一人いるためでしょうか、ベッドで横になっても静けさが気になってしまいます。
 起き上がってベッドの脇に置いたイヤリングをそっと握りしめました。
 セディの温かい魔力を感じます。パトリック様の言う通り、強い魔力ではないけれど、ほれぼれする程の丁寧な魔法が組み立てられています。
 淡い緑の瞳の見惚れてしまうほどの綺麗な笑顔が思い出されます。
 
 私も、卒業したらセディに…
 
 ゆっくりと上ってきた眠気の中でぼんやりそんなことを考えながら、私の学園一日目が終わりました。
 
 
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