恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
17 / 74
第1章

別離

 殿下に毒が盛られてからシルヴィが魔法使いの学園に入るまでの4年間、週に2回の魔法学はシルヴィも加わって学ぶ日々となった。
 シルヴィは、殿下の婚約者候補というだけでなく、殿下の毒殺を妨げるものとして、命を狙われやすい立場になったためだった。
 あからさまな護衛をつけてその立場を明確にするわけにもいかず、城で学ぶことにすれば殿下のお傍にいることで殿下の護衛が結果的に彼女も護衛することになる。
 理由は全く喜ぶことができないものだったけれど、シルヴィと一緒に学べることは嬉しかった。
 シルヴィが難しく思うところで眉を寄せて本を見ている顔が可愛くて、「どこが難しいの?」と尋ねた瞬間、ハリーに本を氷漬けにされたけれど。

 学園も警護を整える時間が欲しい事情もあり、シルヴィの入学は当初の予定より1年延びることになった。
 警護の一環としてシルヴィには新しい侍女が付いた。
 12歳年上の彼女はシャーリーという名の、実は学園が誇る優秀な魔法使いで、ハリー自らが侍女としてシルヴィを護衛してくれるように依頼したらしい。
 淡い青色の魔力をまとった一見物静かな物腰に、意思の強そうな少し細めな目の彼女が、シルヴィを溺愛し猫可愛がりするのに時間はかからなかった。
 ハリーの人選はそこも見越していたのだろうか。
 いや、シルヴィを可愛く思うのは当然のことだから、僕の考えすぎかもしれない。
 
 城での魔法学の授業は、4年の間に基礎的なものから実践的なものへ移っていった。
 毒薬の知識、解毒の知識、守護の魔法、治癒の魔法、と身を守ることを主眼とした内容になった。
 僕は今まで気が付かなかったけれど、殿下は成長で魔力が増したようで、淡い青色の魔力が僕にも見えるまでになっていた。
 授業は殿下を対象としていることで、殿下より2歳、僕に比べても1歳ほど幼いシルヴィにはかなり難度が高いはずだったが、シルヴィは必死に吸収していた。
 何か思うところがあるようで、心配になるほどハリーの話に聞き入っていた。さらに屋敷に戻って、他の勉強の合間にシャーリーに分からないところを教えてもらっていたらしい。
 
 殿下と僕には、剣術の授業も加わった。
 殿下を狙う方法が毒だとは限らない。殿下の一番身近にいる僕には必須の技術だ。
 学ぶ意欲は高かったけれど、練習用の剣を持ち、型に沿って振るだけでよろめく有様だった。
 殿下は悔しいぐらいに淡々と練習をこなし、僕の型の悪い部分を指摘するほどだった。
 これでは、殿下を守るなど夢の夢だ。あまりに情けないので、父上にお願いして公爵家の護衛のものから屋敷で学ぶことになった。
 父上の人選は素晴らしく、チャーリーという二十歳を少し過ぎた彼は、嫡男という僕の立場に手加減することなく訓練してくれているのが初日で伝わるものだった。
 そう、初日から一つの型を付きっ切りで200回見てもらったのだ。翌日は、全身の筋肉が痛み、震え、「筋肉痛」という言葉を初めて体感することになった。

 毎日が忙しいものとなったけれど、楽しみもあった。
 魔法学の日には、3人でお茶を楽しんだ。
 初めのころ、殿下はシルヴィを何かにつけて褒めていたのだが、やがて褒めることはなくなっていった。
 3人でお菓子の味を喜んだり、ハリーの厳しさに文句を言ったり、とても楽しんでいたけれど、僕は、不意にライザ殿の温かい笑顔を思い出すときがあった。
 そんなときは、抑えきれない強い想いが体に走って、2人に気づかれないようにすることで精一杯だった。その想いが何なのかよく分からなかったけれど、殿下との約束を思い出してやり過ごしていた。
 殿下もお茶の時間に時折目を伏せて黙りこんでしまうことがあった。僕と同じだったのかもしれない。


 そして、とうとうこの日がやってきた。
 シルヴィが学園に明日入学する。

 僕はその日シルヴィの屋敷へ見送りに行った。
 これから何年もシルヴィに会えないことが頭から離れず、引き留めたくなるのを必死に堪えていた。
 庭を二人で歩きながら出発までの時間を過ごしていた。
 僕が座ってなどいられなかったのだ。
 「私、叔父様のように最短で卒業する。」
 それでも、5年はかかる。僕は溜息をつきそうだった。
 「4年間、叔父様に教えてもらっていたから、きっとできると思うの。」
 「学園に入らないと学べないの?」
 ああ、とうとう口に出してしまった。
 「叔父様とも相談したのだけど、攻撃の魔法は、経験がものをいうらしいの。学園での練習でそれが身につけられるみたい。」
 「攻撃?」
 シルヴィに似合わない魔法の種類に驚きを隠せなかった。
 「初めは自分の魔力を抑制することだけを考えていたけれど……、今はどんな魔法も私の限界まで高めたいと思っているの。魔力を強くしたいの。そうすれば」
 シルヴィがしっかりと僕の眼を見つめてきた。
「暴走してセディを倒れさせることはなくなるはず。」
 殴られたような衝撃だった。
 さらにシルヴィは続ける。
「自分の命は自分で守れるようにしないといけない、と思うの。」
 そして小さく呟いた
「そうでないと、私はセディの傍にいていいのか、いつも恐くなってしまうの。」

 殿下が毒見をしていたことを知ったときを思い出す衝撃だった。
 シルヴィのことは何でも知っているつもりだった。
 いつも柔らかな空気をまとっている彼女にこれほどの固い決意が秘められていたことを微塵も感じていなかった。
 僕はまた何も見ていなかった。
 自分はこの4年間、何をしていたのだろう。
 僕は何度こんなことを繰り返してしまうのだろう。
 とてつもない焦りが全身から沸き上がり、体が震えそうだった。
 このままではいけない。
 僕には足りないものがある。多すぎる。
 このままでは、誰も護れない。

 目を閉じて深く息を吸った。
「渡したいものがあるんだ。」
 シルヴィが首を傾げこちらを見た。
 上着の内ポケットから用意していたものを取り出し、彼女の手を取って掌に載せた。
 シルヴィは息を呑んだ。
 小指の爪の先ほどの小さな淡い緑のイヤリングだ。
 「今の僕にはこれぐらいの守護石しか作れない」
 頬を染めて目には涙をためたシルヴィが首を振った。
 「僕も、これから5年間、シルヴィに置いて行かれないように頑張るよ」
 そう、限界まで、いや限界を超えるほどに、何に対しても。
 「5年後、卒業のお祝いにまた守護石を贈らせてくれる?」
 シルヴィが頷いた拍子に流れ落ちた涙を、僕は指でそっと拭いながら胸の内に誓いを立てていた。
 そのときは、大きさも強さも増した守護石を贈ってみせる。今度こそ君のことを何でも分かる、君に何でも打ち明けてもらえる度量をもっていてみせる。
 
 シルヴィは俯いて僕の上着をぎゅっと掴んだ。小さな震えた声が聞こえた。
 「卒業したら、また、セディの傍にいさせてもらえる?」
 封印石が光を放ち、それでも白金の魔力が僕にまで届いた。
 『馬鹿なことを』
 シルヴィの肩がびくりと揺れた。僕は手でシルヴィの頬を包んで彼女の瞳をこちらに向かせた。涙が静かにこぼれ続けている。
 
 「シルヴィ。 君は、僕の陽だまりなんだよ」
 そう、初めて会った日に、僕の世界は温かく驚きに満ちたものになった。
 
 そして、この瞬間、気が付いたことがあった。
 ――シルヴィの気持ちと僕の気持ちは、種類が違うものだということに
「僕はいつでも君に隣にいてほしい。君の隣にいたいんだ」
 とっくに分かっていた気もする。もう、認めるしかないのだろう。
 僕は10歳を過ぎたこの歳で、自分のただ一人の相手を見つけてしまったんだ。シルヴィ以外の誰かが、自分の隣にいることはあり得ないことだった。例えシルヴィが僕を選んでくれなくても。
 「覚えておいて。どんな時でも僕の隣は君のための場所だよ」 
 銀の光が強まり、シルヴィは花がほころぶような笑顔を浮かべてくれた。僕の一番好きな彼女の笑顔だった。


 そうして、僕はシルヴィを見送った。



第1章 完 

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました! レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語