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第1章
別離
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殿下に毒が盛られてからシルヴィが魔法使いの学園に入るまでの4年間、週に2回の魔法学はシルヴィも加わって学ぶ日々となった。
シルヴィは、殿下の婚約者候補というだけでなく、殿下の毒殺を妨げるものとして、命を狙われやすい立場になったためだった。
あからさまな護衛をつけてその立場を明確にするわけにもいかず、城で学ぶことにすれば殿下のお傍にいることで殿下の護衛が結果的に彼女も護衛することになる。
理由は全く喜ぶことができないものだったけれど、シルヴィと一緒に学べることは嬉しかった。
シルヴィが難しく思うところで眉を寄せて本を見ている顔が可愛くて、「どこが難しいの?」と尋ねた瞬間、ハリーに本を氷漬けにされたけれど。
学園も警護を整える時間が欲しい事情もあり、シルヴィの入学は当初の予定より1年延びることになった。
警護の一環としてシルヴィには新しい侍女が付いた。
12歳年上の彼女はシャーリーという名の、実は学園が誇る優秀な魔法使いで、ハリー自らが侍女としてシルヴィを護衛してくれるように依頼したらしい。
淡い青色の魔力をまとった一見物静かな物腰に、意思の強そうな少し細めな目の彼女が、シルヴィを溺愛し猫可愛がりするのに時間はかからなかった。
ハリーの人選はそこも見越していたのだろうか。
いや、シルヴィを可愛く思うのは当然のことだから、僕の考えすぎかもしれない。
城での魔法学の授業は、4年の間に基礎的なものから実践的なものへ移っていった。
毒薬の知識、解毒の知識、守護の魔法、治癒の魔法、と身を守ることを主眼とした内容になった。
僕は今まで気が付かなかったけれど、殿下は成長で魔力が増したようで、淡い青色の魔力が僕にも見えるまでになっていた。
授業は殿下を対象としていることで、殿下より2歳、僕に比べても1歳ほど幼いシルヴィにはかなり難度が高いはずだったが、シルヴィは必死に吸収していた。
何か思うところがあるようで、心配になるほどハリーの話に聞き入っていた。さらに屋敷に戻って、他の勉強の合間にシャーリーに分からないところを教えてもらっていたらしい。
殿下と僕には、剣術の授業も加わった。
殿下を狙う方法が毒だとは限らない。殿下の一番身近にいる僕には必須の技術だ。
学ぶ意欲は高かったけれど、練習用の剣を持ち、型に沿って振るだけでよろめく有様だった。
殿下は悔しいぐらいに淡々と練習をこなし、僕の型の悪い部分を指摘するほどだった。
これでは、殿下を守るなど夢の夢だ。あまりに情けないので、父上にお願いして公爵家の護衛のものから屋敷で学ぶことになった。
父上の人選は素晴らしく、チャーリーという二十歳を少し過ぎた彼は、嫡男という僕の立場に手加減することなく訓練してくれているのが初日で伝わるものだった。
そう、初日から一つの型を付きっ切りで200回見てもらったのだ。翌日は、全身の筋肉が痛み、震え、「筋肉痛」という言葉を初めて体感することになった。
毎日が忙しいものとなったけれど、楽しみもあった。
魔法学の日には、3人でお茶を楽しんだ。
初めのころ、殿下はシルヴィを何かにつけて褒めていたのだが、やがて褒めることはなくなっていった。
3人でお菓子の味を喜んだり、ハリーの厳しさに文句を言ったり、とても楽しんでいたけれど、僕は、不意にライザ殿の温かい笑顔を思い出すときがあった。
そんなときは、抑えきれない強い想いが体に走って、2人に気づかれないようにすることで精一杯だった。その想いが何なのかよく分からなかったけれど、殿下との約束を思い出してやり過ごしていた。
殿下もお茶の時間に時折目を伏せて黙りこんでしまうことがあった。僕と同じだったのかもしれない。
そして、とうとうこの日がやってきた。
シルヴィが学園に明日入学する。
僕はその日シルヴィの屋敷へ見送りに行った。
これから何年もシルヴィに会えないことが頭から離れず、引き留めたくなるのを必死に堪えていた。
庭を二人で歩きながら出発までの時間を過ごしていた。
僕が座ってなどいられなかったのだ。
「私、叔父様のように最短で卒業する。」
それでも、5年はかかる。僕は溜息をつきそうだった。
「4年間、叔父様に教えてもらっていたから、きっとできると思うの。」
「学園に入らないと学べないの?」
ああ、とうとう口に出してしまった。
「叔父様とも相談したのだけど、攻撃の魔法は、経験がものをいうらしいの。学園での練習でそれが身につけられるみたい。」
「攻撃?」
シルヴィに似合わない魔法の種類に驚きを隠せなかった。
「初めは自分の魔力を抑制することだけを考えていたけれど……、今はどんな魔法も私の限界まで高めたいと思っているの。魔力を強くしたいの。そうすれば」
シルヴィがしっかりと僕の眼を見つめてきた。
「暴走してセディを倒れさせることはなくなるはず。」
殴られたような衝撃だった。
さらにシルヴィは続ける。
「自分の命は自分で守れるようにしないといけない、と思うの。」
そして小さく呟いた
「そうでないと、私はセディの傍にいていいのか、いつも恐くなってしまうの。」
殿下が毒見をしていたことを知ったときを思い出す衝撃だった。
シルヴィのことは何でも知っているつもりだった。
いつも柔らかな空気をまとっている彼女にこれほどの固い決意が秘められていたことを微塵も感じていなかった。
僕はまた何も見ていなかった。
自分はこの4年間、何をしていたのだろう。
僕は何度こんなことを繰り返してしまうのだろう。
とてつもない焦りが全身から沸き上がり、体が震えそうだった。
このままではいけない。
僕には足りないものがある。多すぎる。
このままでは、誰も護れない。
目を閉じて深く息を吸った。
「渡したいものがあるんだ。」
シルヴィが首を傾げこちらを見た。
上着の内ポケットから用意していたものを取り出し、彼女の手を取って掌に載せた。
シルヴィは息を呑んだ。
小指の爪の先ほどの小さな淡い緑のイヤリングだ。
「今の僕にはこれぐらいの守護石しか作れない」
頬を染めて目には涙をためたシルヴィが首を振った。
「僕も、これから5年間、シルヴィに置いて行かれないように頑張るよ」
そう、限界まで、いや限界を超えるほどに、何に対しても。
「5年後、卒業のお祝いにまた守護石を贈らせてくれる?」
シルヴィが頷いた拍子に流れ落ちた涙を、僕は指でそっと拭いながら胸の内に誓いを立てていた。
そのときは、大きさも強さも増した守護石を贈ってみせる。今度こそ君のことを何でも分かる、君に何でも打ち明けてもらえる度量をもっていてみせる。
シルヴィは俯いて僕の上着をぎゅっと掴んだ。小さな震えた声が聞こえた。
「卒業したら、また、セディの傍にいさせてもらえる?」
封印石が光を放ち、それでも白金の魔力が僕にまで届いた。
『馬鹿なことを』
シルヴィの肩がびくりと揺れた。僕は手でシルヴィの頬を包んで彼女の瞳をこちらに向かせた。涙が静かにこぼれ続けている。
「シルヴィ。 君は、僕の陽だまりなんだよ」
そう、初めて会った日に、僕の世界は温かく驚きに満ちたものになった。
そして、この瞬間、気が付いたことがあった。
――シルヴィの気持ちと僕の気持ちは、種類が違うものだということに
「僕はいつでも君に隣にいてほしい。君の隣にいたいんだ」
とっくに分かっていた気もする。もう、認めるしかないのだろう。
僕は10歳を過ぎたこの歳で、自分のただ一人の相手を見つけてしまったんだ。シルヴィ以外の誰かが、自分の隣にいることはあり得ないことだった。例えシルヴィが僕を選んでくれなくても。
「覚えておいて。どんな時でも僕の隣は君のための場所だよ」
銀の光が強まり、シルヴィは花がほころぶような笑顔を浮かべてくれた。僕の一番好きな彼女の笑顔だった。
そうして、僕はシルヴィを見送った。
第1章 完
シルヴィは、殿下の婚約者候補というだけでなく、殿下の毒殺を妨げるものとして、命を狙われやすい立場になったためだった。
あからさまな護衛をつけてその立場を明確にするわけにもいかず、城で学ぶことにすれば殿下のお傍にいることで殿下の護衛が結果的に彼女も護衛することになる。
理由は全く喜ぶことができないものだったけれど、シルヴィと一緒に学べることは嬉しかった。
シルヴィが難しく思うところで眉を寄せて本を見ている顔が可愛くて、「どこが難しいの?」と尋ねた瞬間、ハリーに本を氷漬けにされたけれど。
学園も警護を整える時間が欲しい事情もあり、シルヴィの入学は当初の予定より1年延びることになった。
警護の一環としてシルヴィには新しい侍女が付いた。
12歳年上の彼女はシャーリーという名の、実は学園が誇る優秀な魔法使いで、ハリー自らが侍女としてシルヴィを護衛してくれるように依頼したらしい。
淡い青色の魔力をまとった一見物静かな物腰に、意思の強そうな少し細めな目の彼女が、シルヴィを溺愛し猫可愛がりするのに時間はかからなかった。
ハリーの人選はそこも見越していたのだろうか。
いや、シルヴィを可愛く思うのは当然のことだから、僕の考えすぎかもしれない。
城での魔法学の授業は、4年の間に基礎的なものから実践的なものへ移っていった。
毒薬の知識、解毒の知識、守護の魔法、治癒の魔法、と身を守ることを主眼とした内容になった。
僕は今まで気が付かなかったけれど、殿下は成長で魔力が増したようで、淡い青色の魔力が僕にも見えるまでになっていた。
授業は殿下を対象としていることで、殿下より2歳、僕に比べても1歳ほど幼いシルヴィにはかなり難度が高いはずだったが、シルヴィは必死に吸収していた。
何か思うところがあるようで、心配になるほどハリーの話に聞き入っていた。さらに屋敷に戻って、他の勉強の合間にシャーリーに分からないところを教えてもらっていたらしい。
殿下と僕には、剣術の授業も加わった。
殿下を狙う方法が毒だとは限らない。殿下の一番身近にいる僕には必須の技術だ。
学ぶ意欲は高かったけれど、練習用の剣を持ち、型に沿って振るだけでよろめく有様だった。
殿下は悔しいぐらいに淡々と練習をこなし、僕の型の悪い部分を指摘するほどだった。
これでは、殿下を守るなど夢の夢だ。あまりに情けないので、父上にお願いして公爵家の護衛のものから屋敷で学ぶことになった。
父上の人選は素晴らしく、チャーリーという二十歳を少し過ぎた彼は、嫡男という僕の立場に手加減することなく訓練してくれているのが初日で伝わるものだった。
そう、初日から一つの型を付きっ切りで200回見てもらったのだ。翌日は、全身の筋肉が痛み、震え、「筋肉痛」という言葉を初めて体感することになった。
毎日が忙しいものとなったけれど、楽しみもあった。
魔法学の日には、3人でお茶を楽しんだ。
初めのころ、殿下はシルヴィを何かにつけて褒めていたのだが、やがて褒めることはなくなっていった。
3人でお菓子の味を喜んだり、ハリーの厳しさに文句を言ったり、とても楽しんでいたけれど、僕は、不意にライザ殿の温かい笑顔を思い出すときがあった。
そんなときは、抑えきれない強い想いが体に走って、2人に気づかれないようにすることで精一杯だった。その想いが何なのかよく分からなかったけれど、殿下との約束を思い出してやり過ごしていた。
殿下もお茶の時間に時折目を伏せて黙りこんでしまうことがあった。僕と同じだったのかもしれない。
そして、とうとうこの日がやってきた。
シルヴィが学園に明日入学する。
僕はその日シルヴィの屋敷へ見送りに行った。
これから何年もシルヴィに会えないことが頭から離れず、引き留めたくなるのを必死に堪えていた。
庭を二人で歩きながら出発までの時間を過ごしていた。
僕が座ってなどいられなかったのだ。
「私、叔父様のように最短で卒業する。」
それでも、5年はかかる。僕は溜息をつきそうだった。
「4年間、叔父様に教えてもらっていたから、きっとできると思うの。」
「学園に入らないと学べないの?」
ああ、とうとう口に出してしまった。
「叔父様とも相談したのだけど、攻撃の魔法は、経験がものをいうらしいの。学園での練習でそれが身につけられるみたい。」
「攻撃?」
シルヴィに似合わない魔法の種類に驚きを隠せなかった。
「初めは自分の魔力を抑制することだけを考えていたけれど……、今はどんな魔法も私の限界まで高めたいと思っているの。魔力を強くしたいの。そうすれば」
シルヴィがしっかりと僕の眼を見つめてきた。
「暴走してセディを倒れさせることはなくなるはず。」
殴られたような衝撃だった。
さらにシルヴィは続ける。
「自分の命は自分で守れるようにしないといけない、と思うの。」
そして小さく呟いた
「そうでないと、私はセディの傍にいていいのか、いつも恐くなってしまうの。」
殿下が毒見をしていたことを知ったときを思い出す衝撃だった。
シルヴィのことは何でも知っているつもりだった。
いつも柔らかな空気をまとっている彼女にこれほどの固い決意が秘められていたことを微塵も感じていなかった。
僕はまた何も見ていなかった。
自分はこの4年間、何をしていたのだろう。
僕は何度こんなことを繰り返してしまうのだろう。
とてつもない焦りが全身から沸き上がり、体が震えそうだった。
このままではいけない。
僕には足りないものがある。多すぎる。
このままでは、誰も護れない。
目を閉じて深く息を吸った。
「渡したいものがあるんだ。」
シルヴィが首を傾げこちらを見た。
上着の内ポケットから用意していたものを取り出し、彼女の手を取って掌に載せた。
シルヴィは息を呑んだ。
小指の爪の先ほどの小さな淡い緑のイヤリングだ。
「今の僕にはこれぐらいの守護石しか作れない」
頬を染めて目には涙をためたシルヴィが首を振った。
「僕も、これから5年間、シルヴィに置いて行かれないように頑張るよ」
そう、限界まで、いや限界を超えるほどに、何に対しても。
「5年後、卒業のお祝いにまた守護石を贈らせてくれる?」
シルヴィが頷いた拍子に流れ落ちた涙を、僕は指でそっと拭いながら胸の内に誓いを立てていた。
そのときは、大きさも強さも増した守護石を贈ってみせる。今度こそ君のことを何でも分かる、君に何でも打ち明けてもらえる度量をもっていてみせる。
シルヴィは俯いて僕の上着をぎゅっと掴んだ。小さな震えた声が聞こえた。
「卒業したら、また、セディの傍にいさせてもらえる?」
封印石が光を放ち、それでも白金の魔力が僕にまで届いた。
『馬鹿なことを』
シルヴィの肩がびくりと揺れた。僕は手でシルヴィの頬を包んで彼女の瞳をこちらに向かせた。涙が静かにこぼれ続けている。
「シルヴィ。 君は、僕の陽だまりなんだよ」
そう、初めて会った日に、僕の世界は温かく驚きに満ちたものになった。
そして、この瞬間、気が付いたことがあった。
――シルヴィの気持ちと僕の気持ちは、種類が違うものだということに
「僕はいつでも君に隣にいてほしい。君の隣にいたいんだ」
とっくに分かっていた気もする。もう、認めるしかないのだろう。
僕は10歳を過ぎたこの歳で、自分のただ一人の相手を見つけてしまったんだ。シルヴィ以外の誰かが、自分の隣にいることはあり得ないことだった。例えシルヴィが僕を選んでくれなくても。
「覚えておいて。どんな時でも僕の隣は君のための場所だよ」
銀の光が強まり、シルヴィは花がほころぶような笑顔を浮かべてくれた。僕の一番好きな彼女の笑顔だった。
そうして、僕はシルヴィを見送った。
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