19 / 74
第2章
若様と私たち
当家の若様は、ここしばらくお元気がありません。
原因は、恐れながら屋敷の全ての者が分かっております。シルヴィア嬢が一週間前に魔法学園に入られたことでございます。
若様は、表面上はいつも通りお過ごしなさっています。ですが、ふとした折り――お茶を味わっていらっしゃるときが多いでしょうか――、一瞬、物思わし気に目を伏せられ溜息を微かにつかれていらっしゃるのです。
そんな若様はたいそう見ごたえが、――いえ、ともかく、屋敷の者は皆、若様のことを心配しておりました。
私も、シルヴィア嬢と会われる前の若様に戻られるのではないかと、密かに胸を痛めていたのでございます。
今日も若様は何事もない風を装って、登城なさいました。
そして、それはお昼のことでございました。
執事見習のアダムが、何ということでしょう、走って私の部屋にやってきたのです。将来の執事の行動として許されるものではございません。どのように注意するべきか思案を巡らせ、アダムの手にしているものを見ました。
私は、今回だけは、軽い注意で済ませることにいたしました。執事たるもの、主の気持ち、屋敷の使用人の仲間の気持ちに、敏感であることが必要でございます。
アダムからそれを受け取って、私は思うところを声に出すことにいたしました。
「こちらのものは、若様が戻られたときに、玄関の間でお渡しすることにしましょう」
アダムは目を輝かせお辞儀をしてから、やや速足で部屋から下がりました。
まだ、歩みを抑制できないところに、私の指導の至らなさを感じましたが、指導は明日に致しましょう。
それから、屋敷の中は、皆が普段の2倍の速さで仕事を片付けていきます。
私の仕事は、皆の仕事が速さにとらわれ、疎かな仕上がりになっていないか目を配ることになったのでございます。
常日頃の皆の心がけの賜物でございましょう、皆の仕事の出来栄えはいつもの水準が保たれています。私は皆を誇らしく思いました。
そうして、ついに若様がお戻りになられたのでございます。
我々、使用人一同、勢ぞろいで若様をお出迎え致しました。
「お帰りなさいませ、若様」
心なしか、皆の声が明るく高めになっている気がいたします。
若様は出迎えの多さに目を瞬かれましたが、澄んだ声であいさつを返されました。
「ただいま」
私に外套と手袋を渡されながら、小さく呟かれました。
「一週間か…、もう届いただろうか…」
若様は、シルヴィア嬢が学園に向かわれてすぐに、手紙を送っておられたのです。
手紙は人の移動より、時間がかかります。
学園まで、おおよそ一週間ほどでございましょう。
普段でございましたら、若様のこのような独り言に私が言葉を挟む失礼は致しません。
それでも、
「きっと届いているはずでございます」
はっきりとお答え申し上げたのでございます。
若様は再び目を瞬かれ、私をご覧になりました。
私はアダムを見遣り、通常お部屋でお渡しするトレーを差し出させます。銀のトレーの真ん中には一つの淡いピンクの封筒が載せられています。
若様の目は見開かれ、頬はほんのりと上気しました。
後ろで控える女性の使用人たちから「きゃっ」と声が漏れております。
気持ちは分かりますが、声まで上げるのはよろしくありません。見逃すのは今日だけでございます。今日は、この瞬間を見るために、皆、作業を頑張っていましたから。
若様はそっとシルヴィア嬢からの手紙を取り上げ、目を輝かせて仰いました。
「セバスチャン、父上と母上に先に夕食を始めてくださいと伝えておくれ」
小走りにならないぎりぎりの速さでお部屋に向かわれる若様の背中に向かって、お辞儀を致しました。
「承りました」
若様、よろしゅうございましたね。
我々、使用人一同の想いでございました。
原因は、恐れながら屋敷の全ての者が分かっております。シルヴィア嬢が一週間前に魔法学園に入られたことでございます。
若様は、表面上はいつも通りお過ごしなさっています。ですが、ふとした折り――お茶を味わっていらっしゃるときが多いでしょうか――、一瞬、物思わし気に目を伏せられ溜息を微かにつかれていらっしゃるのです。
そんな若様はたいそう見ごたえが、――いえ、ともかく、屋敷の者は皆、若様のことを心配しておりました。
私も、シルヴィア嬢と会われる前の若様に戻られるのではないかと、密かに胸を痛めていたのでございます。
今日も若様は何事もない風を装って、登城なさいました。
そして、それはお昼のことでございました。
執事見習のアダムが、何ということでしょう、走って私の部屋にやってきたのです。将来の執事の行動として許されるものではございません。どのように注意するべきか思案を巡らせ、アダムの手にしているものを見ました。
私は、今回だけは、軽い注意で済ませることにいたしました。執事たるもの、主の気持ち、屋敷の使用人の仲間の気持ちに、敏感であることが必要でございます。
アダムからそれを受け取って、私は思うところを声に出すことにいたしました。
「こちらのものは、若様が戻られたときに、玄関の間でお渡しすることにしましょう」
アダムは目を輝かせお辞儀をしてから、やや速足で部屋から下がりました。
まだ、歩みを抑制できないところに、私の指導の至らなさを感じましたが、指導は明日に致しましょう。
それから、屋敷の中は、皆が普段の2倍の速さで仕事を片付けていきます。
私の仕事は、皆の仕事が速さにとらわれ、疎かな仕上がりになっていないか目を配ることになったのでございます。
常日頃の皆の心がけの賜物でございましょう、皆の仕事の出来栄えはいつもの水準が保たれています。私は皆を誇らしく思いました。
そうして、ついに若様がお戻りになられたのでございます。
我々、使用人一同、勢ぞろいで若様をお出迎え致しました。
「お帰りなさいませ、若様」
心なしか、皆の声が明るく高めになっている気がいたします。
若様は出迎えの多さに目を瞬かれましたが、澄んだ声であいさつを返されました。
「ただいま」
私に外套と手袋を渡されながら、小さく呟かれました。
「一週間か…、もう届いただろうか…」
若様は、シルヴィア嬢が学園に向かわれてすぐに、手紙を送っておられたのです。
手紙は人の移動より、時間がかかります。
学園まで、おおよそ一週間ほどでございましょう。
普段でございましたら、若様のこのような独り言に私が言葉を挟む失礼は致しません。
それでも、
「きっと届いているはずでございます」
はっきりとお答え申し上げたのでございます。
若様は再び目を瞬かれ、私をご覧になりました。
私はアダムを見遣り、通常お部屋でお渡しするトレーを差し出させます。銀のトレーの真ん中には一つの淡いピンクの封筒が載せられています。
若様の目は見開かれ、頬はほんのりと上気しました。
後ろで控える女性の使用人たちから「きゃっ」と声が漏れております。
気持ちは分かりますが、声まで上げるのはよろしくありません。見逃すのは今日だけでございます。今日は、この瞬間を見るために、皆、作業を頑張っていましたから。
若様はそっとシルヴィア嬢からの手紙を取り上げ、目を輝かせて仰いました。
「セバスチャン、父上と母上に先に夕食を始めてくださいと伝えておくれ」
小走りにならないぎりぎりの速さでお部屋に向かわれる若様の背中に向かって、お辞儀を致しました。
「承りました」
若様、よろしゅうございましたね。
我々、使用人一同の想いでございました。
あなたにおすすめの小説
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語