恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
35 / 74
第2章

凍りついたあなたへの誓い

しおりを挟む
『シルヴィッ!』

セディの悲鳴が私を貫きます。
ハッと目が覚めました。
この5年間慣れ親しんだ、私の部屋です。私の目を覚まさないようにとのことでしょうか、ほんのりとした明るさに調整されています。
私の右手は冷たいものに握られていました。
手の先を見ると、セディが両手で握りしめ額に当てています。

「セディ…」

かすれた声しか出てきません。
それでも、セディは息を呑み、顔を上げました。覆面は外され、白いまでに青ざめた顔が私に向けられました。
「お茶の準備を致します」
シャーリーが小さく声をかけ、部屋から出ていきました。
その間、セディはピクリとも動かず、ただ私を見ています。
そして再び私の右手を額に当てました。額は驚くほど冷えています。

「君が…、目の前で…、死んでしまったと…っ!」

声を絞り出すようにして囁いた後、痛いほどに手を握りしめます。触れた部分からセディの震えが伝わります。

―――「もうあんな無茶はしないで。僕にとって…、一番大切なことは君が生きていてくれることなんだ」
以前、中庭で言われた言葉が蘇ります。

「ごめんなさいっ」

私は起き上がり、自由な左手でセディにしがみつきました。
セディの肩が揺れ、そして、私を抱きしめてきます。震えながら、私の頭をかき抱き、しがみつくように背中を抱きすくめ、私を確かめていきます。
私は精一杯の力で抱き返します。私から意図せず治癒の力がセディに向けられましたが、セディの震えは止まりません。

「ごめんなさい」

私はセディの胸を涙で濡らしながら声をかけます。頭の上から掠れた声が降ってきました。
「僕の名前を呼んでおくれ」
私は厚い胸を力の限り抱きしめながら答えました。
「セディ…」
セディはさらに抱きしめます。息が苦しいぐらいです。
私は治癒の力を送り続けます。それでも、セディの身体は震えたままです。
私の髪に頬を押し当て、かすれた声が絞り出されます。
「もう一度…」
私は何度もセディの名前を声にします。心でも呼びかけます。
その度にセディは強く私を抱きすくめていました。

ようやくセディの震えが収まり、セディは私を離しました。
細くくっきりした美しい眉が困ったように下げられ、ドアに視線が向けられました。
「シャーリー、悪かったね。入っておくれ」

シャーリーの答えを聞きながら、セディはドアを開けて招き入れました。
林檎の香りが漂ってきます。セディはまだ青ざめたままシャーリーに話しかけ、紅茶を受け取っています。
少しでもセディに元の顔色に戻ってほしいと、私は用意していたものを転移させました。
セディが目を見開きました。
「セディ、受け取ってほしいの」
白い木で作られた箱をセディに差し出しました。私より軽く一回りは大きい手が箱を受け取ったとき、重なった手はまだ冷えていました。
「腕輪なの」
祈るような思いでセディがそれを着けてくれるのを待ちます。
親指の先ほどの大きさの魔法石が白金のリングに取り付けられているシンプルなデザインです。
セディはその場で着けてくれました。瞬間、リングがうっすらと光ります。
胸の痛みに思わず私は目を閉じてしまいました。
「ありがとう」
柔らかくよく透る声が響きました。声は元に戻ってくれたようです。
私はゆっくりと目を開きました。
淡い緑の瞳は光がないものの、私を映してくれています。
「見送ったときの僕の願いを覚えている?」
私は、かすかに頷きました。

――「5年後、卒業のお祝いにまた守護石を贈らせてくれる?」

セディはあの時のように、ポケットから箱を取り出し、私の掌に載せてくれました。
セディの手と再び重なります。私は必死に思いを抑えました。

息を吸い込み気持ちを整え、箱を開けると、一瞬、胸の痛みは消え去りました。
約束通り、イヤリングが入っています。
私が贈った石と同じぐらいの大きさの淡い緑の石には、5年前よりも強く、そしてやはり丁寧に守護の魔法が組み込まれています。
セディの想いを感じて、一層強い胸の痛みが戻ってきました。
「ありがとう」
早速、耳につけてセディを見つめます。耳元に温かな魔力が流れてきました。
セディの魔力も発動したようです。
私はセディに気づかれないよう、セディに抱き着きました。
驚いたように一瞬セディの身体は強張りましたが、私をしっかりと受け止めてくれました。

これだけ密着して、私の治癒の力がセディに届いているはずなのに、背中に添えられた手は、やはりまだ冷えたままです。
心の声が溢れることも一度もありません。まるで、心に結界が張られているようです。

―――「お願いだ。自分を大切にしておくれ。君が生きていてくれないと、僕は……」

私は治癒の力を再びリングに注ぎながら、想いを声に出しました。
「セディの傍に戻ります。セディが嫌がっても、離れません」

同時に胸の中で誓いました。

私は私の一番大事なあなたを傷つけてしまいました。
あなたが子どものころ、王太子殿下の暗殺の場にいて、どれだけ死というものに衝撃を受け、恐れていたのか、知っていたのに。
私があなたにもう一度恐怖を与えてしまいました。
あなたの手が、あなたの心が温まるよう、あなたがリングを光らせなくなるよう、
私はしがみついてでもあなたの傍にいます。

柔らかな声が、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「僕の隣は…いつでも…君のための……君だけの場所だよ」
冷たい唇が頭に触れます。冷えたままの手が私の頬を包み、見上げさせます。
青ざめたそして氷のような美しい顔が、近づいてきます。
目を閉じると、額に冷たい口づけが落とされました。
「お帰り、シルヴィ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

好きでした、婚約破棄を受け入れます

たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……? ※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

処理中です...