46 / 74
第3章
セディの選択
しおりを挟む
僕は、君がいないと生きていられないだろう。
だから、僕は――、
腕輪を握りしめて、僕は気持ちを抑えていた。
◇
シルヴィが学園を卒業してから一月余り。
僕と世界との間にできた膜を辛うじて突き破って、殿下の一言がはっきりと頭に入ってきた。
「ダニエルという者が、シルヴィの護衛を務めることになったそうだ」
あの竜巻の魔法使いか
瞬間、シルヴィを危ない目に遭わせたことへの憎悪に似た感情がこみ上げた。
どんな感情であれ、ここまで高ぶるのは久しぶりのことだ。
殿下はそれを感じたのだろう、ニヤリと口角を引き上げていた。
「ハリーが認めた魔法使い、ということだな」
僕の動揺を誘おうとした発言だろうが、残念ながら「今の」僕が動揺するはずもない。
昔の自分なら椅子から立ち上がっていただろう、と頭の片隅で考える始末だった。
殿下は溜息を吐き、書面に目を移しながら続けた。
「なかなか骨のある人物だ。ハリーは魔法以外でも認めたようだな」
ハリーがシルヴィの傍にいることを認めた人物なら、それは当然だろう。
僕は自分の受け持ちの書類に目を通していた。
「ダニエルが私の天使に向ける視線には、熱いものがあった」
驚いたことに僕は書類に皴を作ってしまっていた。
今の自分でも動揺できるのだろうか…?
作ってしまった皺を見つめた時、腕輪が震えた気がした。
…?
袖の裾をまくって腕輪を見ると、実際に震えている。
心臓を氷漬けにされたような衝撃が走った。
間髪入れず、厳しいまでの清らかな声が貫かんばかりに頭に響き渡る。
『無事だ!私が転移している。お前は殿下を守れ!』
反射的に部屋に球形結界を張っていた。
殿下はそれに気づき、表情を消してゆっくりと立ち上がる。
「ハリーが指示を…」
殿下への説明は深く染みとおる声に遮られた。
『もう、大丈夫だ。今回は思念だけで終わったようだ』
意味が不明な部分があるものの、結界は解いた。
物言いたげな殿下にハリーの言葉を伝えながら、ふと頭をかすめた思いがあったが、それが何かわかる前に消えてしまった。
会議に呼び出され殿下と赴くと、既に面々がそろっていた。
シルヴィが笑顔を向けてくれる。気持ちが和らいだ気がしたが、シルヴィの顔を見る限り、表には現れなかったらしい。
見る間にシルヴィの顔は陰ってしまい、目も伏せられてしまった。
会議の場でなければ、近寄って何とか心の中から言葉を取り出し、淡い青の瞳を開かせられるのに。 いや、今の自分にそれができるだろうか。
片隅でそんなことを思いながら、会議の発言に耳を傾けていた。
お披露目の会が決行されるとなると、もし暗殺がそれに合わせてなされると――かなりの確率でそうなるだろうが――招待客への警護は一切の漏れが許されないものになる。
殿下と同等、もしくはそれ以上の人員を割かなければいけない。
会議の後に、早速、大将と侍従を交えて打ち合わせを始める必要がある。
あれこれと今後の課題を考えているとき、シルヴィの発言があった。
赤い光から純粋な殺意と悪意が放たれる。
部屋の皆が呻いている中、僕は一人平然としていた。
膜にもいいことがあったのかと、歪な自分を笑うしかない状況だった。
腕輪が光を増した気がする。これがなければ、正気を保てていないだろう。
そんな狂気の淵での思考を、震える声が引き戻した。
「私にはまだあの魔力が体に残っている気がします」
…魔力?どういうことだ?
それは予知の範囲を超えている。
―――『今回は思念だけで終わったようだ』
背筋に寒いものが駆け上った。
シルヴィの予知に、あの敵が「現実に」入り込んだのか…!
『落ち着くのだ。あの敵はシルヴィを特定するまでには至っていない』
接点はできてしまったのだろう。いつでも特定できて―
『私が断ち切った。あの敵は、今、私を探っている』
ようやくハリーが会議の部屋とは別に、城全体に微弱な結界を張っていることに気が付いた。所々に反応がある。あの敵は遠方から確実に場所を特定しているようだ。
それだけの強さを持つ相手なら、いつシルヴィに気づいてしまうか不安を覚える。
『ダニエルはシルヴィの次に魔力の強い、意志の強さも持った魔法使いだ』
自分もシルヴィを護って――
『お前には殿下を護る責務がある』
その言葉は膜を貫き通して、僕を揺さぶった。
確かに、その通りだ。傍近くにいる自分が殿下を護らなければ、この国は乱れてしまう。
だけど、刹那、分かったことがあった。
シルヴィが生きていなければ、自分は生きていられない。
だから、
自分は、きっと、殿下とシルヴィのどちらかを選ぶなら、躊躇わずシルヴィを選ぶのだろう。
殿下の夢を支える約束をして、それは自分自身の夢でもあるのに、僕は迷わず殿下を捨てシルヴィを選ぶ。
皆が殿下を護る策を検討する中、僕は殿下への裏切りを抱えながら、淡々と殿下のための意見を述べていた。
だから、僕は――、
腕輪を握りしめて、僕は気持ちを抑えていた。
◇
シルヴィが学園を卒業してから一月余り。
僕と世界との間にできた膜を辛うじて突き破って、殿下の一言がはっきりと頭に入ってきた。
「ダニエルという者が、シルヴィの護衛を務めることになったそうだ」
あの竜巻の魔法使いか
瞬間、シルヴィを危ない目に遭わせたことへの憎悪に似た感情がこみ上げた。
どんな感情であれ、ここまで高ぶるのは久しぶりのことだ。
殿下はそれを感じたのだろう、ニヤリと口角を引き上げていた。
「ハリーが認めた魔法使い、ということだな」
僕の動揺を誘おうとした発言だろうが、残念ながら「今の」僕が動揺するはずもない。
昔の自分なら椅子から立ち上がっていただろう、と頭の片隅で考える始末だった。
殿下は溜息を吐き、書面に目を移しながら続けた。
「なかなか骨のある人物だ。ハリーは魔法以外でも認めたようだな」
ハリーがシルヴィの傍にいることを認めた人物なら、それは当然だろう。
僕は自分の受け持ちの書類に目を通していた。
「ダニエルが私の天使に向ける視線には、熱いものがあった」
驚いたことに僕は書類に皴を作ってしまっていた。
今の自分でも動揺できるのだろうか…?
作ってしまった皺を見つめた時、腕輪が震えた気がした。
…?
袖の裾をまくって腕輪を見ると、実際に震えている。
心臓を氷漬けにされたような衝撃が走った。
間髪入れず、厳しいまでの清らかな声が貫かんばかりに頭に響き渡る。
『無事だ!私が転移している。お前は殿下を守れ!』
反射的に部屋に球形結界を張っていた。
殿下はそれに気づき、表情を消してゆっくりと立ち上がる。
「ハリーが指示を…」
殿下への説明は深く染みとおる声に遮られた。
『もう、大丈夫だ。今回は思念だけで終わったようだ』
意味が不明な部分があるものの、結界は解いた。
物言いたげな殿下にハリーの言葉を伝えながら、ふと頭をかすめた思いがあったが、それが何かわかる前に消えてしまった。
会議に呼び出され殿下と赴くと、既に面々がそろっていた。
シルヴィが笑顔を向けてくれる。気持ちが和らいだ気がしたが、シルヴィの顔を見る限り、表には現れなかったらしい。
見る間にシルヴィの顔は陰ってしまい、目も伏せられてしまった。
会議の場でなければ、近寄って何とか心の中から言葉を取り出し、淡い青の瞳を開かせられるのに。 いや、今の自分にそれができるだろうか。
片隅でそんなことを思いながら、会議の発言に耳を傾けていた。
お披露目の会が決行されるとなると、もし暗殺がそれに合わせてなされると――かなりの確率でそうなるだろうが――招待客への警護は一切の漏れが許されないものになる。
殿下と同等、もしくはそれ以上の人員を割かなければいけない。
会議の後に、早速、大将と侍従を交えて打ち合わせを始める必要がある。
あれこれと今後の課題を考えているとき、シルヴィの発言があった。
赤い光から純粋な殺意と悪意が放たれる。
部屋の皆が呻いている中、僕は一人平然としていた。
膜にもいいことがあったのかと、歪な自分を笑うしかない状況だった。
腕輪が光を増した気がする。これがなければ、正気を保てていないだろう。
そんな狂気の淵での思考を、震える声が引き戻した。
「私にはまだあの魔力が体に残っている気がします」
…魔力?どういうことだ?
それは予知の範囲を超えている。
―――『今回は思念だけで終わったようだ』
背筋に寒いものが駆け上った。
シルヴィの予知に、あの敵が「現実に」入り込んだのか…!
『落ち着くのだ。あの敵はシルヴィを特定するまでには至っていない』
接点はできてしまったのだろう。いつでも特定できて―
『私が断ち切った。あの敵は、今、私を探っている』
ようやくハリーが会議の部屋とは別に、城全体に微弱な結界を張っていることに気が付いた。所々に反応がある。あの敵は遠方から確実に場所を特定しているようだ。
それだけの強さを持つ相手なら、いつシルヴィに気づいてしまうか不安を覚える。
『ダニエルはシルヴィの次に魔力の強い、意志の強さも持った魔法使いだ』
自分もシルヴィを護って――
『お前には殿下を護る責務がある』
その言葉は膜を貫き通して、僕を揺さぶった。
確かに、その通りだ。傍近くにいる自分が殿下を護らなければ、この国は乱れてしまう。
だけど、刹那、分かったことがあった。
シルヴィが生きていなければ、自分は生きていられない。
だから、
自分は、きっと、殿下とシルヴィのどちらかを選ぶなら、躊躇わずシルヴィを選ぶのだろう。
殿下の夢を支える約束をして、それは自分自身の夢でもあるのに、僕は迷わず殿下を捨てシルヴィを選ぶ。
皆が殿下を護る策を検討する中、僕は殿下への裏切りを抱えながら、淡々と殿下のための意見を述べていた。
1
あなたにおすすめの小説
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる