恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

最後の手段

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もう、駄目かもしれません。

私は今日の日付を見て、愕然としていました。
殿下のお披露目の会まで、後、4か月しかなくなっていたのです。
締め切りを言い渡されてから二月も経ってしまいました。この間、セディと「話せた」回数は片手で足りる回数です。
お茶も夜会も夢の夢です。
どうしましょう、全く、距離が詰められていません。いえ、むしろ遠ざかってしまっているかもしれません。

この二月、王都を回りながら小さな結界を各所に作り、増えた予知の当番もこなし、作った結界の点検に回る日々です。
王都は歩いて2日かかる距離まで広がっていいます。結界の場所以外にも街に異常がないかを確認するため、転移は使っていません。なかなかの時間を要する作業です。
学園にいたころは手紙のやり取りができていましたが、
今の私は、家に帰れば、寝ている天使のように可愛い弟のライアンをそっと抱きしめてから自分の部屋へ戻り、寝支度が終われば文字通り即座に寝ている毎日でした。何度か、自分の部屋に戻るまでもたずに、ライアンのベッドで寝ていることもありました。

どう考えてもこの状況はいけません。
まだ締め切りの件をシャーリーとブリジットに相談もできていません。
私ははしたなくも瞼を指で引き上げながら、二人に話を聞いてもらうことから始めました。
もちろん、殿下のこと、お披露目の会のことはぼかしています。
ですが、シャーリーは分かったようです。剣の柄に手をかけながら怒気をはらんだ声で

「お嬢様、当日にその人物が立てなくなるように、シャーリーが切って差し上げます」

いきなり想定外の策を考えてくれました。
私は指の支えなしで瞼が持ち上がるようになりました。

「それは…、ごめんなさい、最後の手段で、いえ、あの…、問題があると思うの」

予知の当番の人に、朝一番で誤解だと伝えなくてはいけないと、私は焦りながらシャーリーになんとか思いとどまってもらいました。

「そうですとも!」
ブリジットも怒ったように声を張り上げます。

「最後の手段は、駆け落ちと相場が決まっているではありませんか!」

あの…、最後の手段から考えるしかないのでしょうか…
私は自分の力不足を実感しました。

「なるほど。確かに、セディ殿の腕ならどこの国でも騎士として勤めることができるだろうし、お嬢様の力なら魔法使いとして市井で生活していくことが可能だな」

シャーリーが頷きながら最後の手段を保証してくれています。
最後の手段しかないのですねと泣けてきそうになるのは、私が疲れて弱っているからなのでしょうか…
シャーリーははたと我に返り、私を見ました。

「お嬢様、その際はシャーリーもお連れ下さい」
「まぁ、何を言っているのです!連れて行くとしたら、家事全般をこなせる私でしょう?」
「何を言うのだ、ブリジット。こんな可愛らしいお嬢様が市井でお暮しになれば、どれだけ危険にさらされると思うのだ」
「それこそ、何を言うのです。まず、食事の支度が出来なければ、生活できないではありませんか」

私は笑い出してしまいました。
二人は私を見て嬉しそうに顔を緩めています。
思わず二人を同時に抱きしめました。どれだけ二人に心配をかけていたのでしょう。

「心配をかけてごめんなさい。二人のお陰で、とても気持ちが楽になったわ。体まで軽くなったみたい」

本当にふわりと体が軽くなりました。今まで重石が乗っていたかのようです。
二人の温かい気持ちだけでなく、最後の手段がある、そう思えたことも私の重しを外してくれたのでしょう。
現実には「駆け落ち」でなく私一人の「夜逃げ」すら、限りなく取れない手段でしょう。
お父様、お母様を始め、様々な方に迷惑をかけることになります。
けれども、正面からの方法だけでない、新しい選択肢を示してもらったことで、目の前が開けた思いがしました。

今までは焦りのあまり視野が狭まり、セディの気持ちすら考える余裕がなくなっていた気がします。

気が大きくなった私は方針を変えて、単にセディと会う時間を増やす方法を二人に相談しました。
二人の熱い議論の末に導き出された案は、一緒に登城する日を作るというものでした。
セディは最近お城に泊まり込んで働き続けています。一緒に登城する日を作れば、少なくともその前日は帰宅して休息することになります。一石二鳥のこの案には大賛成です。
早速、セディに交渉しましょう。
瞼を指で上げていれば、手紙も書けるかもしれません。
私が文面を考えていると、シャーリーが別の案を出してくれました。

「お嬢様。転移を使って夜に密かに会われてはいかがでしょう」

え…?

「まぁ…!」
固まる私を他所に、ブリジットは薄っすら頬を染め、目を輝かせて手を組み合わせています。

夜にセディの部屋に忍び込む――、確実に会える策ですが、見つかった場合はとんでもない醜聞となります。
あら…、醜聞のたった令嬢を殿下の妃とするわけにはいかないでしょう。なかなか妙案では――、
いけません、私は慌てて良心を取り戻しました。そもそもセディを醜聞に巻き込んでしまいます。
「シャーリー、素敵な案だけど、セディに迷惑をかけるのは最後の手段だけにしたいの。ごめんなさい」

シャーリーは複雑な眼差しを、少しの間、私に向け渋々頷いてくれました。
「ですが、お嬢様。この手段もあるということを、頭の片隅に入れておいてください」
「もちろん、魅力的な案だもの、忘れたくても忘れられないわ」

二人が笑顔で部屋から下がるのを見送り、私は久々に笑顔を浮かべて眠りにつきました。

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