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第3章
初めて向き合った日(ダニエル)
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俺は自分を抑えることができなかった。
いや、抑える気などなかったのかもしれない。
こいつにどうしても言わずにはいられなかった。
◇
俺はこの日を待ちわびていた。
俺が勤め始めてから、初めての試合が行われるのだ。
これまでは、月に一度は試合が行われていたそうだが、残念ながら俺が勤め始めてすぐに、非常事態になってしまったため、試合が延びていたのだ。
仕方のないことだと分かってはいたが、俺がこの職場を選んだ理由の一つでもある試合が減ってしまったのはやはり残念だった。
それに、この激務といつ敵が来るか分からない緊張感の連続で、憂さが溜まっていた。
魔法使いの棟では、皆、疲労を隠せず、あいつは密かに治癒の魔力をよく放っていた。
まぁ、城の魔法使いは優秀で、皆気づいていたが。
エレンさん曰く
「シルヴィアちゃんの治癒の魔力は、本当に気持ちよくて癒されるんだよ」
全くその通りだと俺も思う。誰もが有難く治癒を受け取っていた。
とにかく、憂さを晴らす機会を皆が求めていた。
そして、今日、守護師とあいつが、皆の仕事を肩代わりすることで、試合が決行されることになった。
今日は、転移を使って見回るらしい。あの二人の技の使い方をこの目で見たい思いもあったが、やはり試合の魅力は格別だ。
俺は試合を取ることにした。
試合を取った理由はもう一つある。
もしかするとセドリックと対戦できるかもしれないのだ。
俺は何が何でもセドリックと対戦したかった。
セドリックが強いということももちろん理由にはなっていたが、俺はセドリックのやつにどうしても納得できない感情を抱えていた。
俺はそれを拳でぶつけたかったのだ。
あいつが予知をした日の会議の後、俺はもう一度、セドリックの事情を聞き出そうと守護師に詰め寄った。
守護師はしばらくの間、あの何もかも貫き通す眼差しで俺を見つめた後、溜息を吐きながら、俺の頭に手をかざした。
セドリックの幼いころの記憶が俺の頭に送り込まれた。
たった一人で侍女と殿下の服毒に向き合い、シルヴィを暴走から引き戻した鮮烈な記憶。そして次には、俺とあいつの試合で、再びあいつが暴走する恐怖、死んでしまう恐怖、昔の記憶自体の恐怖がないまぜになった、体を千切られるような強烈な感情のあと、一切が閉じられた無の感情。
守護師は手加減なく、俺にそれらを全て見せた。
衝撃に息が乱れた俺は、セドリックへの苛立ちは和らいでいた。
確かに何かを壊さなければやり過ごせない衝撃だった。
あいつへの想いの強さも、はからずも分かった。
想っていなければこうはならなかっただろう。
それでも、どうしてもある一点に関して、憤りを覚えずにはいられなかった。
だから、俺はセドリックと拳で語り合いたかった。
だが、セドリックは試合に顔を出せなかった。
皆が慌てて引き揚げる中、俺はまだ未練がましく闘技場に残っていた。
まぁ、殿下付きのセドリックが、試合に時間を割けなかったのは仕方ないだろう。
次の機会を待とうと、俺も棟に戻ろうとしたとき、淡い緑の魔力が集まり、セドリックが転移で現れた。
セドリックの顔にはやや疲れが見えるものの、俺でも見過ごせない程の端正な顔立ちと姿勢の美しさは今日も健在だ。
「君がダニエル君かい?」
大きくはないのに、不思議とよく透る声で尋ねられた。
俺は頷き、即座に試合の開始位置に立った。
セドリックも位置に着いた。
やつが剣を抜いた瞬間、俺は炎を仕掛けた。
難なく躱しながら、セドリックは間合いを詰めながら氷の攻撃を剣とともに繰り出す。
感情が閉ざされているため、魔力の強さは模範演技の時より弱いものになっている。
だが、その分、迷いのない隙の一切ない剣と魔力が一体となった攻撃が、次々に襲い掛かってくる。
長年の訓練で身体が覚えていることでなせる技なのだろう。
俺は、攻撃を躱しながら、憤りを覚えた。
これだけ努力を積み重ねた人間が、なぜ――!
俺が氷の柱でセドリックの剣を包み込むと、やつは剣を捨て、炎をしかけながら俺の結界を崩し、同時に転移で俺の間合いに入っていた。
憤りを抱えたままの俺でも感嘆させられる試合運びだった。
そして試合後の握手となった。薄っすらと光を放っているセドリックの腕輪に目が行った。
憂いを帯びたあいつの顔が頭を過った。
瞬間、俺は自分を抑えることができなかった。
背を向けて歩き出したセドリックに向かって、言葉をぶつけた。
「あいつを見くびるのも、いい加減にしろよ」
セドリックはピタリと歩みを止め、ゆっくりとこちらに向き直った。
何も映していないかのような無機質な淡い緑の瞳が、俺に向けられる。
俺はもう目の前の男を睨むことを抑えなかった。
「お前はあいつのことを何も分かっていない」
セドリックからほんのわずかに魔力が立ち上った。
分かっているとでも言いたいのか? 冗談じゃない。
俺は自分からも魔力が立ち上ったのを感じた。
「あいつはもう子どもじゃない。
立派な、一流の、…恐らく国で2番目の魔法使いなんだよ!」
そうだ、あいつは俺が尊敬する程の魔法使いだ。
だけど、それは単に人外の魔力の持ち主だからじゃない。
「学園であいつは5年もの間、必死に、全力で、鍛錬していたんだ…!」
俺が漫然と学園で生活を送っている間に、一人で練習場に行くあいつを何度見たことか。
あいつは試合で他のやつの戦い方を食い入るように見つめ、研究して、対策を練り上げていた。
ひたすら自分の魔力に向き合っていた。
そんなあいつが――
「そんなあいつが、自分の限界を見極めずに術を使うはずがない!!」
セドリックの目が微かに見開かれた。
やつが驚いたことが俺の怒りをさらに煽った。
俺は足を踏み出して、距離を詰めた。
「あいつが暴走するだと?」
俺はセドリックの胸倉をつかんだ。
鍛えた胸板を服越しにすら感じることができた。
これだけ努力というものを知っている人間のくせに――
「あいつを、あいつの努力を、馬鹿にするなっ!!」
やつの目がはっきりと分かるほどに見開かれた。
俺は手を離し、自分の魔力を抑えた。
「俺だけ言いたいことを言い放って、逃げるのは卑怯だと思う。
だが、今の俺にはお前の言葉を聞く余裕がない」
これ以上口を開くと、あいつへの想いをこいつにぶつけそうだった。
あいつを分かってやらないなら、――俺があいつを幸せにしてやる、と。
だけど、それはあいつが望んでいる幸せじゃない。
俺は深く息を吸って、気持ちを整えた。
「明日からなら、いくらでも聞いてやる。言いたいだけ言いに来い」
俺が通り過ぎた時、小さなつぶやきが聞こえた。
「『真っ直ぐな性格』か」
俺が振り返ったとき、既にやつは転移で立ち去っていた。
いや、抑える気などなかったのかもしれない。
こいつにどうしても言わずにはいられなかった。
◇
俺はこの日を待ちわびていた。
俺が勤め始めてから、初めての試合が行われるのだ。
これまでは、月に一度は試合が行われていたそうだが、残念ながら俺が勤め始めてすぐに、非常事態になってしまったため、試合が延びていたのだ。
仕方のないことだと分かってはいたが、俺がこの職場を選んだ理由の一つでもある試合が減ってしまったのはやはり残念だった。
それに、この激務といつ敵が来るか分からない緊張感の連続で、憂さが溜まっていた。
魔法使いの棟では、皆、疲労を隠せず、あいつは密かに治癒の魔力をよく放っていた。
まぁ、城の魔法使いは優秀で、皆気づいていたが。
エレンさん曰く
「シルヴィアちゃんの治癒の魔力は、本当に気持ちよくて癒されるんだよ」
全くその通りだと俺も思う。誰もが有難く治癒を受け取っていた。
とにかく、憂さを晴らす機会を皆が求めていた。
そして、今日、守護師とあいつが、皆の仕事を肩代わりすることで、試合が決行されることになった。
今日は、転移を使って見回るらしい。あの二人の技の使い方をこの目で見たい思いもあったが、やはり試合の魅力は格別だ。
俺は試合を取ることにした。
試合を取った理由はもう一つある。
もしかするとセドリックと対戦できるかもしれないのだ。
俺は何が何でもセドリックと対戦したかった。
セドリックが強いということももちろん理由にはなっていたが、俺はセドリックのやつにどうしても納得できない感情を抱えていた。
俺はそれを拳でぶつけたかったのだ。
あいつが予知をした日の会議の後、俺はもう一度、セドリックの事情を聞き出そうと守護師に詰め寄った。
守護師はしばらくの間、あの何もかも貫き通す眼差しで俺を見つめた後、溜息を吐きながら、俺の頭に手をかざした。
セドリックの幼いころの記憶が俺の頭に送り込まれた。
たった一人で侍女と殿下の服毒に向き合い、シルヴィを暴走から引き戻した鮮烈な記憶。そして次には、俺とあいつの試合で、再びあいつが暴走する恐怖、死んでしまう恐怖、昔の記憶自体の恐怖がないまぜになった、体を千切られるような強烈な感情のあと、一切が閉じられた無の感情。
守護師は手加減なく、俺にそれらを全て見せた。
衝撃に息が乱れた俺は、セドリックへの苛立ちは和らいでいた。
確かに何かを壊さなければやり過ごせない衝撃だった。
あいつへの想いの強さも、はからずも分かった。
想っていなければこうはならなかっただろう。
それでも、どうしてもある一点に関して、憤りを覚えずにはいられなかった。
だから、俺はセドリックと拳で語り合いたかった。
だが、セドリックは試合に顔を出せなかった。
皆が慌てて引き揚げる中、俺はまだ未練がましく闘技場に残っていた。
まぁ、殿下付きのセドリックが、試合に時間を割けなかったのは仕方ないだろう。
次の機会を待とうと、俺も棟に戻ろうとしたとき、淡い緑の魔力が集まり、セドリックが転移で現れた。
セドリックの顔にはやや疲れが見えるものの、俺でも見過ごせない程の端正な顔立ちと姿勢の美しさは今日も健在だ。
「君がダニエル君かい?」
大きくはないのに、不思議とよく透る声で尋ねられた。
俺は頷き、即座に試合の開始位置に立った。
セドリックも位置に着いた。
やつが剣を抜いた瞬間、俺は炎を仕掛けた。
難なく躱しながら、セドリックは間合いを詰めながら氷の攻撃を剣とともに繰り出す。
感情が閉ざされているため、魔力の強さは模範演技の時より弱いものになっている。
だが、その分、迷いのない隙の一切ない剣と魔力が一体となった攻撃が、次々に襲い掛かってくる。
長年の訓練で身体が覚えていることでなせる技なのだろう。
俺は、攻撃を躱しながら、憤りを覚えた。
これだけ努力を積み重ねた人間が、なぜ――!
俺が氷の柱でセドリックの剣を包み込むと、やつは剣を捨て、炎をしかけながら俺の結界を崩し、同時に転移で俺の間合いに入っていた。
憤りを抱えたままの俺でも感嘆させられる試合運びだった。
そして試合後の握手となった。薄っすらと光を放っているセドリックの腕輪に目が行った。
憂いを帯びたあいつの顔が頭を過った。
瞬間、俺は自分を抑えることができなかった。
背を向けて歩き出したセドリックに向かって、言葉をぶつけた。
「あいつを見くびるのも、いい加減にしろよ」
セドリックはピタリと歩みを止め、ゆっくりとこちらに向き直った。
何も映していないかのような無機質な淡い緑の瞳が、俺に向けられる。
俺はもう目の前の男を睨むことを抑えなかった。
「お前はあいつのことを何も分かっていない」
セドリックからほんのわずかに魔力が立ち上った。
分かっているとでも言いたいのか? 冗談じゃない。
俺は自分からも魔力が立ち上ったのを感じた。
「あいつはもう子どもじゃない。
立派な、一流の、…恐らく国で2番目の魔法使いなんだよ!」
そうだ、あいつは俺が尊敬する程の魔法使いだ。
だけど、それは単に人外の魔力の持ち主だからじゃない。
「学園であいつは5年もの間、必死に、全力で、鍛錬していたんだ…!」
俺が漫然と学園で生活を送っている間に、一人で練習場に行くあいつを何度見たことか。
あいつは試合で他のやつの戦い方を食い入るように見つめ、研究して、対策を練り上げていた。
ひたすら自分の魔力に向き合っていた。
そんなあいつが――
「そんなあいつが、自分の限界を見極めずに術を使うはずがない!!」
セドリックの目が微かに見開かれた。
やつが驚いたことが俺の怒りをさらに煽った。
俺は足を踏み出して、距離を詰めた。
「あいつが暴走するだと?」
俺はセドリックの胸倉をつかんだ。
鍛えた胸板を服越しにすら感じることができた。
これだけ努力というものを知っている人間のくせに――
「あいつを、あいつの努力を、馬鹿にするなっ!!」
やつの目がはっきりと分かるほどに見開かれた。
俺は手を離し、自分の魔力を抑えた。
「俺だけ言いたいことを言い放って、逃げるのは卑怯だと思う。
だが、今の俺にはお前の言葉を聞く余裕がない」
これ以上口を開くと、あいつへの想いをこいつにぶつけそうだった。
あいつを分かってやらないなら、――俺があいつを幸せにしてやる、と。
だけど、それはあいつが望んでいる幸せじゃない。
俺は深く息を吸って、気持ちを整えた。
「明日からなら、いくらでも聞いてやる。言いたいだけ言いに来い」
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