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第3章
殿下1
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「お前は選ばなければいけない。最高の宰相を得るか、愛する女性を王妃とするかを」
人とは思えぬ美貌をもった魔法使いは、私が8歳の時にそう告げた。
8歳になると王族は、魔法使いに将来を占われるしきたりがある。
いかに立場が弱かろうと、私もその慣習に則り王国史上最強の魔法使いに占われた。
占いが行われた広間では、彼は「殿下が王となられた治世で、王国は益々の繁栄を迎えるだろう」と当り障りのないことを告げ、儀式は終わった。
私が部屋に戻ると、ハリーは既に私の部屋で当たり前に寛いでいた。
そして私に眼差しを向けたかと思うと、選択の未来を告げたのだ。
「まだ、時間はある。存分に考えるがいい」
――愛する女性?あり得ない。
その時の私は確かにそう思っていた。
諸外国の王族には、毒に体を慣らす訓練を課すところもあるらしい。
私にはそのような訓練は必要なかった。
常に実地で毒に慣らされていたからだ。
私の一番古い記憶は、たっぷりと林檎が敷き詰められたパイだ。
林檎の香りが漂い、私は切り分けられるのを喜んでいた。
そして、一口食べて倒れたのだ。
香りのよいもの、味の濃いものは全て危ない食べ物だった。
2度目に毒を盛られた後、父は私に毒見を置いた。
それでも、毒見をかいくぐって毒は盛られ続けた。城内に協力者は事欠かなかったようだ。
何度目の時だっただろう。
私は、自分をこの世に送り出した父と母をはっきりと恨んだ。
王族たるものが、力量もないままに世論の反対を押し切って思いを遂げ、あまつさえ子どもまで作ったのだ。
全ては王族の自覚にかける二人のせいだと私は毒に侵され喘ぎながら、二人を呪っていた。
私がこのまま死ねば、あの二人も自らの愚かさを悔いるのではないだろうか。
そんな思いを抱えていた私は、その時の毒も切り抜けてしまった。
そして、毒見が亡くなったと耳にしたのだ。
遅効性の毒だったらしい。私の食事の時間までは全く普通だったそうだ。
――これで、私は自分からは死ねなくなった。
死者を悼む気持ちよりも、呪いをかけられた気持ちの方がはるかに大きかった。
私に命を懸けて守ってもらう価値などない。
それなのに、私の存在が彼を死に至らしめたのだ。
毒はとうに抜けきっていたのに、私は吐き気が収まらなかった。
ライザが父に報告したらしい。
夜に私の居室まで父は足を運んだ。
私は、二度と毒見を置くなと父に迫った。
毒見を置く限り私は食事を摂らない、
毒見がなく私が死んだとしても、それは世論の反対を無視した貴方の責任だ
心からの怨嗟の叫びを投げつけた。
父は目を閉じ無言のまま立ち尽くした後、部屋から立ち去った。
そして毒見は置かれなくなった。
それから間もなくして、私には「学友」が付くことになった。
私が生まれる前には後継として名の挙がった宰相の一人息子。
瞬時に私は思い至った。
私が死んだとき、父はその子どもを養子に迎え世継ぎとするだろう。
どんな子どもだろう。
興味が湧いた。
ライザが苦も無く噂を仕入れてきた。
歳はさして私と変わらない。神童と評される頭の良さ――学ぶことなどもうないだろうに、気の毒なとは思った。 そして母譲りの際立った美貌。
素晴らしい噂ばかりだったが、面白いものが一つあった。幼馴染の侯爵家の令嬢に隠すことなく好意を抱いているということだった。侯爵家ならば、彼が王太子となっても伴侶に選ぶことを許されるだろう、安心だ。
私は彼に会う日を心待ちにしていた。
そして、とうとうその日が訪れた。
噂通りの美貌と理知的な眼差しを浮かべたセドリックに、私は訳もなく心が躍った。
歳が近いためだろうか?
彼の毒見をしながら、この高揚感を探っていた。
理由はすぐに分かった。
彼がケーキに顔色を変えて体を強張らせたとき、私とライザは毒を疑った。
彼は毒という言葉に目を見開き、首を振った。
毒など無縁な「通常」の生活を営んで来たことが伝わった。
その瞬間、私は激しい感情に包まれた。
――彼は穢れていない
羨望、嫉妬、渇望、どれも当てはまるような強烈な思いだった。彼は、私が普通の王太子ならば歩んでいただろう人生を歩いている気がした。
私の中で、セディを理想の王太子として捉えていたことに気が付き、自分の高揚に腑に落ちた。
――もっとも、ケーキが、いやフルーツケーキだけだとセディは主張しているが、苦手だということは愉快なことだったが。
私は自分の理想の後継者を護るため、毒見を続けていたが、その日がやってきた。
ライザはその日のお茶の時間にフルーツケーキを出したのだ。
ついにライザに毒を盛られるのかと、頭の片隅で嗤いをこらえる自分がいた。
誰かに脅されたのだろう。
人質でも取られたのかもしれない。
それぐらいは私にも分かった。
ライザが私にケーキは食べるなと伝えていることも分かった。
だが、魔が差した。
――もう楽になりたい
そんな思いが過った。
どの道、ライザは私に毒を盛った時点で処刑は免れない。それならばせめてライザに脅しの条件を満たしてやるべきだ。
私の後継者に毒の恐ろしさを分からせるいい機会だ。
つらつらと浮かぶ体のいい言い訳に縋りたかった。
自分のために死んだ者の存在を私はその瞬間忘れ去っていた。
いつものように、慎重に毒を見極めるふりをしながら、紅茶を飲みケーキに手を出した。
ライザの身体が微かに揺れるのを感じた。
――すまない、今まで仕えてくれたのに
私はケーキを口に運んだ。予想に反して、反応が出ない。
遅効性の毒では、気づかずセディが食べてしまう。私は紅茶を飲みながらそう考えた時、
これまでの毒が子どものいたずらに思えるほどの反応が起きた。
瞬時に、これは死ねると確信した。ハリーの守護石が発動したが、長年の勘が無意味だと、長引かせるだけだということを伝えていた。
朧げな意識の中、自分の後継者は護れた、そのことだけは鮮明に浮かび、やがてそれも消え去っていた。
命を疎かにした罰が下ったのだろう。
苦しみは長かった。城の魔法使いたちが治癒の魔力を注ぎ込む。
無意味だと分かっていても、息絶えるのを長引かせるだけだと分かっていても、拒否することはできなかった。
こんな私のために死んだ者、その中にはライザも加わってしまったが、その者たちの存在を今更だが思い出していた。
魔が差した上に、この苦しみから逃れるために死を願うことなど許されるものではなかった。
私は残された意思をかき集めて、拒否の言葉を抑えつけ、死に抗っていた。
どれだけの時間が経ったのか分からない。
身体に沁みこむ声が私の意識を明確にした。
「一生、報われぬ思いを抱くことになっても、生きることを選んでみるか」
紫の混じった濃い青の瞳が、何もかも見通す力をもって私を見つめていた。
魔法使いの言葉の全てを理解することはできなかったが、私に選択の余地はなかった。
死ぬことは許されない。
私は頷いた。
深いため息をついて、ハリーは部屋から立ち去った。
再び私の意識は遠のいていった。
何だろう、部屋の空気が清らかなものになったような、温もりを感じるような、心地よいものを感じ、意識がまた浮かび上がった。
可愛らしい、しかし透き通った声が耳を打った。
「殿下、私も頑張ります」
目を見開けば、そこには天使が立っていた。
人とは思えぬ美貌をもった魔法使いは、私が8歳の時にそう告げた。
8歳になると王族は、魔法使いに将来を占われるしきたりがある。
いかに立場が弱かろうと、私もその慣習に則り王国史上最強の魔法使いに占われた。
占いが行われた広間では、彼は「殿下が王となられた治世で、王国は益々の繁栄を迎えるだろう」と当り障りのないことを告げ、儀式は終わった。
私が部屋に戻ると、ハリーは既に私の部屋で当たり前に寛いでいた。
そして私に眼差しを向けたかと思うと、選択の未来を告げたのだ。
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その時の私は確かにそう思っていた。
諸外国の王族には、毒に体を慣らす訓練を課すところもあるらしい。
私にはそのような訓練は必要なかった。
常に実地で毒に慣らされていたからだ。
私の一番古い記憶は、たっぷりと林檎が敷き詰められたパイだ。
林檎の香りが漂い、私は切り分けられるのを喜んでいた。
そして、一口食べて倒れたのだ。
香りのよいもの、味の濃いものは全て危ない食べ物だった。
2度目に毒を盛られた後、父は私に毒見を置いた。
それでも、毒見をかいくぐって毒は盛られ続けた。城内に協力者は事欠かなかったようだ。
何度目の時だっただろう。
私は、自分をこの世に送り出した父と母をはっきりと恨んだ。
王族たるものが、力量もないままに世論の反対を押し切って思いを遂げ、あまつさえ子どもまで作ったのだ。
全ては王族の自覚にかける二人のせいだと私は毒に侵され喘ぎながら、二人を呪っていた。
私がこのまま死ねば、あの二人も自らの愚かさを悔いるのではないだろうか。
そんな思いを抱えていた私は、その時の毒も切り抜けてしまった。
そして、毒見が亡くなったと耳にしたのだ。
遅効性の毒だったらしい。私の食事の時間までは全く普通だったそうだ。
――これで、私は自分からは死ねなくなった。
死者を悼む気持ちよりも、呪いをかけられた気持ちの方がはるかに大きかった。
私に命を懸けて守ってもらう価値などない。
それなのに、私の存在が彼を死に至らしめたのだ。
毒はとうに抜けきっていたのに、私は吐き気が収まらなかった。
ライザが父に報告したらしい。
夜に私の居室まで父は足を運んだ。
私は、二度と毒見を置くなと父に迫った。
毒見を置く限り私は食事を摂らない、
毒見がなく私が死んだとしても、それは世論の反対を無視した貴方の責任だ
心からの怨嗟の叫びを投げつけた。
父は目を閉じ無言のまま立ち尽くした後、部屋から立ち去った。
そして毒見は置かれなくなった。
それから間もなくして、私には「学友」が付くことになった。
私が生まれる前には後継として名の挙がった宰相の一人息子。
瞬時に私は思い至った。
私が死んだとき、父はその子どもを養子に迎え世継ぎとするだろう。
どんな子どもだろう。
興味が湧いた。
ライザが苦も無く噂を仕入れてきた。
歳はさして私と変わらない。神童と評される頭の良さ――学ぶことなどもうないだろうに、気の毒なとは思った。 そして母譲りの際立った美貌。
素晴らしい噂ばかりだったが、面白いものが一つあった。幼馴染の侯爵家の令嬢に隠すことなく好意を抱いているということだった。侯爵家ならば、彼が王太子となっても伴侶に選ぶことを許されるだろう、安心だ。
私は彼に会う日を心待ちにしていた。
そして、とうとうその日が訪れた。
噂通りの美貌と理知的な眼差しを浮かべたセドリックに、私は訳もなく心が躍った。
歳が近いためだろうか?
彼の毒見をしながら、この高揚感を探っていた。
理由はすぐに分かった。
彼がケーキに顔色を変えて体を強張らせたとき、私とライザは毒を疑った。
彼は毒という言葉に目を見開き、首を振った。
毒など無縁な「通常」の生活を営んで来たことが伝わった。
その瞬間、私は激しい感情に包まれた。
――彼は穢れていない
羨望、嫉妬、渇望、どれも当てはまるような強烈な思いだった。彼は、私が普通の王太子ならば歩んでいただろう人生を歩いている気がした。
私の中で、セディを理想の王太子として捉えていたことに気が付き、自分の高揚に腑に落ちた。
――もっとも、ケーキが、いやフルーツケーキだけだとセディは主張しているが、苦手だということは愉快なことだったが。
私は自分の理想の後継者を護るため、毒見を続けていたが、その日がやってきた。
ライザはその日のお茶の時間にフルーツケーキを出したのだ。
ついにライザに毒を盛られるのかと、頭の片隅で嗤いをこらえる自分がいた。
誰かに脅されたのだろう。
人質でも取られたのかもしれない。
それぐらいは私にも分かった。
ライザが私にケーキは食べるなと伝えていることも分かった。
だが、魔が差した。
――もう楽になりたい
そんな思いが過った。
どの道、ライザは私に毒を盛った時点で処刑は免れない。それならばせめてライザに脅しの条件を満たしてやるべきだ。
私の後継者に毒の恐ろしさを分からせるいい機会だ。
つらつらと浮かぶ体のいい言い訳に縋りたかった。
自分のために死んだ者の存在を私はその瞬間忘れ去っていた。
いつものように、慎重に毒を見極めるふりをしながら、紅茶を飲みケーキに手を出した。
ライザの身体が微かに揺れるのを感じた。
――すまない、今まで仕えてくれたのに
私はケーキを口に運んだ。予想に反して、反応が出ない。
遅効性の毒では、気づかずセディが食べてしまう。私は紅茶を飲みながらそう考えた時、
これまでの毒が子どものいたずらに思えるほどの反応が起きた。
瞬時に、これは死ねると確信した。ハリーの守護石が発動したが、長年の勘が無意味だと、長引かせるだけだということを伝えていた。
朧げな意識の中、自分の後継者は護れた、そのことだけは鮮明に浮かび、やがてそれも消え去っていた。
命を疎かにした罰が下ったのだろう。
苦しみは長かった。城の魔法使いたちが治癒の魔力を注ぎ込む。
無意味だと分かっていても、息絶えるのを長引かせるだけだと分かっていても、拒否することはできなかった。
こんな私のために死んだ者、その中にはライザも加わってしまったが、その者たちの存在を今更だが思い出していた。
魔が差した上に、この苦しみから逃れるために死を願うことなど許されるものではなかった。
私は残された意思をかき集めて、拒否の言葉を抑えつけ、死に抗っていた。
どれだけの時間が経ったのか分からない。
身体に沁みこむ声が私の意識を明確にした。
「一生、報われぬ思いを抱くことになっても、生きることを選んでみるか」
紫の混じった濃い青の瞳が、何もかも見通す力をもって私を見つめていた。
魔法使いの言葉の全てを理解することはできなかったが、私に選択の余地はなかった。
死ぬことは許されない。
私は頷いた。
深いため息をついて、ハリーは部屋から立ち去った。
再び私の意識は遠のいていった。
何だろう、部屋の空気が清らかなものになったような、温もりを感じるような、心地よいものを感じ、意識がまた浮かび上がった。
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