恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

文字の大きさ
59 / 74
第3章

殿下2

波打つ白金の髪、透き通るような白い肌。可愛らしさを際立たせる大き目な薄い青の瞳、思わず目が行ってしまう鮮やかな赤い唇。
ハリーを思い起こさせる人とは思えない美しさにも驚かされたが、何より立ち上る白金の魔力に目を奪われた。
温かく包み込まれるような魔力だった。
死の淵にいながら、一瞬、何もかもが消え去った。
神の存在など欠片も信じていなかったが、天使が現れたと感じた。
私の全ては天使に奪われた。
最期が天使に見送られての旅立ちとは、思いがけない僥倖だ。
天使は隣のセディと強い想いを込めて見交わした。彼女が誰なのか分かった。
シルヴィア・ルシル・ハルベリー、セディが思いを寄せる侯爵令嬢だ。

彼女の治癒は体を作り変えられるような感覚を引き起こし、私の苦しみを終わらせてくれた。
身体だけが癒されたのではなかった。彼女の魔力が私の身体に駆け巡ったとき、私を生まれ変わらせるような浄福な心地がした。

浄福に満ち足りた私は、改めて自分の穢れを感じずにはいられなかった。
心の底から父と母を恨み、自分が生き延びるために他者を死なせた存在。
国に対して何も夢を抱かず、自分の周りで自分のために死ぬものが出ないことのみを乞い願う卑小な存在。
満ち足りて、その分、次代の王として空っぽな自分を突き付けられた。

気が付けばセディにそんな自分を見せていた。
自分の後継者に、理想の自分に責めてほしかったのかもしれない。理想の夢を見せてほしかったのかもしれない。
だが、セディは予想を裏切った。
私の小さな夢を高みへと導いてくれた。
国の平穏、それは私に初めて芽生えた誇れる夢となった。

そう、だから、8歳の占いの日、私は迷いとは無縁だった。
最高の宰相、共に私の夢を叶える存在を選び取らないはずがなかった。

だが、動揺が私に走ったことは確かだった。
私が意識から締め出した思いを見透かされ、掘り起こされた気がしたのだ。
それは、決して表に出してはならない思いだった。

そもそも私に愛する女性を王妃に迎える幸せなど、いや、どんな幸せも許されるものではなかった。

ライザの毒から生還した後の4年間、私は初めて生きていることを感じる日々だった。
セディと天使に囲まれ、勉学に励み、知ること、できることが増えていくのが楽しかった。
だが、ふとライザのことを思い出す。
彼女を救う方法がなかったのかと。
諦めず彼女に向き合えば、脅しに屈さず穏便に対処できなかったのかと、湧き上がる思いに胸を掴まれる心地がした。
あのお茶のときにハリーに縋り、動き出せば、少なくともライザの子どもはまだ生きていたのではなかったのかと、ライザの墓の前で何度も涙した。

――いや、墓さえ私は作れていないのだ。

白いチューリップのあの静かな場所は、幼かったセディが必死に城内外の温情に縋り、法の目をかいくぐり、宰相を動かし手に入れた場所だった。
私は何一つ知らずに、何も動かなかった。

こんな私は幸せになる資格などなかった。
まして、セディの大切な者に思いを寄せるなどあってはならなかった。

いつもそのことを思い出していた。
天使がセディと微笑みを交わした後、私にもそのまま微笑みを向けてくれた時、
新しい魔法の技に成功して目を輝かせ、天使が私とセディに抱き着いたとき
そして学園にいる彼女から手紙の返事をもらえたとき
いつも湧き上がる思いを締め出していた。

このまま、締め出した思いは消え去るはずだった。
天使と私の後継者は結ばれ、私の思いは消え去るはずだった。
実際、セディはシルヴィアが卒業したら求婚するつもりだった。頬を真っ赤に染めながら、侍従長に求婚のときに相応しい贈り物の助言を求めていた。
それなのに、シルヴィアがいよいよ学園を卒業する目前、セディが壊れたのだ。
天使が学園に行ってから、憑りつかれたように努力を重ね、一層理想の後継者へ近づいていたセディは、抜け殻になった。

私はハリーに詰め寄り、事の次第を直接頭に送り込まれた。
そして、初めて、ライザの毒の瞬間、セディにどれほどの衝撃を与えたのかを知った。

私は過去の自分の過ちの報いを受けることになったのだ。
あのとき諦めず向き合えば、セディが何の心の準備もなくライザの死を見ることにはならなかった。
こんなはずではなかった、どちらも手に入らないはずはなかった。
ハリーは静かに囁いた。

「選択の時は訪れた。結論は出せたのか」

結論はもちろん出ていた。
セディを、私の肩腕を、理想を取り戻さなければならない。
シルヴィアの命の危険がきっかけなら、シルヴィアが生きていることを叩きこまなければいけない。
どうやって…?
侍従長に頬を染めて相談していたセディを思い出した。
そうだ、あの思いを実らせればいい。
シルヴィア、今度は君から動いてもらおう。
君に全力で動いてもらうにはどうしたらいい?
不意に過ったその方法に、私は拳を握りしめた。
締め出した思いがひたひたと忍び寄ってくる。
8.歳のときの占いの意味を知った。
できるのだろうか?
私は自分を見失わず、甘い誘惑を退け、理想を取り戻せるのだろうか?
いや、やるしかない。
私は危険を承知で賭けに出た。

だが、想定外の事態が起きた。
敵は毒に頼るのをやめたらしい。
セディとシルヴィアは個人的なことを考える余裕はなくなってしまった。
特に、セディは各所の調整役となり、シルヴィアの腕輪がなければとうに倒れている状態だった。
加えて、賭けが賭けでなくなる気配が起きた。
私が参加していない会議で、世継ぎのために婚姻を求める声が出たのだ。

あなたにおすすめの小説

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました! レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語