恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

一生の一瞬の夢

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会議の報告に来た宰相に私はかみついた。
「反対はでなかったのか」
「ハルベリー侯爵以外は」
「反フィアス国派はなぜ反対しなかったのだ…!」
「親王妃派、中立派がこの件ではまとまったことと、貴方の暗殺に賭ける思いがあったのでしょう」
淡々と表情一つ変えずに宰相が報告する。
自分の息子の幸せはいいのか…!
拳を握りしめ堪えようとしたが、顔に出ることは防げなかったようだ。
「息子は幼いころから、シルヴィア嬢の立場は知っていました。時間は十分にあったはずです。シルヴィア嬢を得られないとすれば、それは息子の怠慢でしょう」
「貴方がもっと早くに二人の婚約を認めていれば…!」
「殿下の最適な婚約者候補を得るには、それなりの周りの納得が必要です」
尤もらしいことを口にしながら、私の婚約者候補を減らしたくなかったことをその口調で匂わせていた。
――私が、婚約者を決めていなければいけなかったのだ。
それを突き付けられた気がした。私の怠慢だったのだ。
誰でも選んで、反対派を一人一人懐柔し「最適な」婚約者候補を育て上げればよかったのだ。

私は打ちのめされた。
私が二人を追い込んだのだ。
「セディは、この件を知っているのか」
声が掠れるのを抑えられなかった。
「いいえ、まずは殿下にご報告をと思いましたので」
「そうか。セディに報告は不要だ。私があの二人を結ばせてみせる」
宰相は、眉を微かに動かしたものの無言で頷き、退出した。
一人になれた私は、机に拳を叩きこんだ。
婚約など冗談じゃない。セディをこれ以上壊してなるものか。
必ず、私はセディを取り戻す。

だが、打つ手が限られていた。
頼りとするセディに相談はできない。
せいぜいシルヴィアを煽ることしか手段がなかったが、私とシルヴィアの仕事上の接点は少なかった。
私は日々セディの腕輪を眺め、その光に舌打ちをする思いだった。
焦りは募るばかりだった。
明確に反対を表明したハルベリー侯爵にハリーを通じて密書を送り、貴族の動きを知らせてもらうことにした。親王妃派は侯爵に説得をかけ始めたという。
あの侯爵がシルヴィアのことに関して折れるとは思はないが、生き馬の目を抜く貴族の闘争だ。策に嵌められる可能性はある。

何も打開策が見いだせないまま、披露目の会は近づいてくる。
敵も王都へと迫っている。
民に被害が出ていないことが奇跡のようだ。しかしいつまでこの奇跡が続くのだろう。
いっそ、暗殺者どもがさっさと仕事を成してくれないかと思い始めた。
ライザのことがなければ、幼いころ堕ちた甘い誘惑に確実に堕ちていただろう。

親王妃派の攻勢も敵の近づきに呼応して強いものになってきた。
父、陛下へ進言する手はずを整えているらしい。
もはや、穏やかな解決は望めなかった。
私がもし暗殺を生き延び、披露目の会を迎えたとして、会で、根回しなく貴族たちを出し抜くしかなかった。
親王妃派は一体どれだけ残るだろう。
彼らにとっては、私のために国のために良かれと思っての行動を裏切る形になる。
軽率な王太子を見限って、反フィアス国派に雪崩を打って転身するだろうか。
笑いたかった。
見た目によらず豪胆なセディに「そんな軽い気持ちの者は捨ておきましょう」と笑い飛ばしてほしかった。


そして、ついに、シルヴィアが敵の王都への侵入を伝えに訪れた。
自分の立場を思わず言葉にしてしまった。
弱音を吐いてしまったようだ。

「セディがいます。私も微弱ではありますが、殿下を支えたいと思っています」

その言葉は私を揺さぶった。
名状しがたい感情がこみ上げた。
常識の範囲内でしかセディに働き掛けない彼女への苛立ちももちろんあった。
しかし、抗いがたい感情の高ぶりはそれだけでは決してなかった。
幼いころ芽生えた瞬間に締め出した想いが私に攻め寄せた。

「この唇にセディはもう触れたのかい?」
わななく唇に私の指を溶け込ませたい衝動が走る。

「君にそんな余裕はないのだよ」
そう、全くないのだ。
私がこの沸き立つ思いに流され選択を誤れば、君は――。
――!
ここまでぐらついた自分に慄然とした。
一体、私は何を考えている。
ライザを、セディを思い出すのだ!
凍りつきそうな心地で、建前を述べ続けた。

「このままでは、君は私の婚約者となり、私が死ぬ前に子をなすため、異例の早さで婚姻の儀の日を迎えるだろう」

それは単に現状を述べただけのはずだった。
起こりつつある状態を述べただけのはずだった。
しかし、耐え難い甘美な誘惑が頭に過った。
私はこの甘美な誘惑に抗えなかった。
いや、喜んで自ら誘惑に落ちた。

――今なら、一生に一度、この瞬間だけ、愛する女性を選んだ自分を夢見ることができる。
この一瞬だけは捨て去った選択を夢見ることが許される。

私は、締め出していた思いを全て自分に許した。
沸き立つような歓喜が全身を駆け巡った。

――そう、私の愛は、一生、君だけにしか誓えない。
一目見た時から、報われることがないと分かっていても、この想いは消えなかった。
どれだけ締め出しても、尽きることなく想いは湧き続けた。

――今だけだ。今だけ、この想いに日の目を見せてやろう。想いを許してやろう。
私は溢れる想いを全て誓いに込めた。

「私、リチャード・アレクサンダー・ウィンドは、生涯の愛をここに誓います」

そのとき、魔力が発動した。

シルヴィアの甲に、はっきりと印が刻まれていた。
猛禽類の瞳を持つ魔法使いの言葉が、私を打った。

「『魔力は誰にも嘘をつかない』か」

私の一瞬の想いを、夢を、自分にすら偽ることを魔力は許さなかった。
溢れだした想いを現実に突き付けたのだ。
私は印から目が逸らせなかった。

彼女の手に取りすがりそうになる自分を必死に抑えて、彼女から目を逸らした。
私は、最早、自分を一切信じられなかった。
彼女を見て、同じことを言える自信など欠片もなかった。

「シルヴィア、もう下がるがいい。私がこの手を放していられるうちに」

震え慄く彼女が転移したとき、私の手は彼女の魔力の名残に伸ばされていた。








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