恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯

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第3章

侯爵家の攻勢

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殿下の印を隠すことは諦めました。
屋内で手袋をし続けるわけにもいかないからです。
包帯で隠すことは、私の治癒の魔力ではさらに無理です。
ですから、手の甲はそのままで朝を迎えました。
そして当然ですが、印があることを周りに知られてしまいました。

シャーリーは、部屋の空気が冷えるような魔力を立ち上らせ、
「お嬢様、このシャーリーが不届き者を始末して差し上げます」
王都に敵の侵入があったこの状況では冗談にならないことを真剣に呟きました。
ブリジットは常にブリジットでした。
「お嬢様、セドリック様の胸に口づけて、どうしてそこで終わってしまうのです!」

何だか、あれだけ取り乱したことが愚かに思えてきました。
笑いながら二人をぎゅっと抱きしめます。
「いつもごめんなさい。次こそは頑張るわ」
二人は抱き返してくれました。


朝食の席では、真っ先にお父様が印に気が付きました。
「それは、セディの魔力とは違うようだが」
「はい、違います」
セディからのものだったら私はお父様に抱き着いて報告していたでしょう。
お父様の眉間にしわが刻まれます。
「誰からのものなのだい?」
私は息を吸い込んで答えました。俯てしまいましたが。
「殿下です」

お父様とお母様の空気が変わったことを感じました。
慌てて顔を上げるとお父様の眉間の皺が深まっています。
「殿下を想っていたとは思わなかった」
「私にはセディだけです…!これは殿下が弾みで…!」

お母様から魔力が立ち上りました。
お母様の魔力は生まれてから数えるほどしか見たことがありません。
「それは、シルヴィに合意を取らずに印をつけたということかしら?」
「あの、…そもそも印をつけるつもりは殿下になかったの」
空気に呑まれて私は思わず唾を飲み込みました。
地を這うような声が食堂に響きました。
「シルヴィ、詳しく説明しなさい」
居たたまれず、私は口走ってしまいました。
「あの、ですが、私も殿下を責める資格はないの!」
お父様とお母様は同じ角度で首をかしげます。
「私も、セディに印をつけたの!!」

再び、お父様たちの空気が変わりました。
「ほう」
「まぁ」
お父様たちはお揃いで目じりを下げています。
咳払いをしてお父様はもう一度繰り返しました。

「シルヴィ、詳しく説明しなさい」
今度は穏やかないつものお父様の声でした。
私は安心して昨夜の一部始終を告白したのです。
セディに印をつけた説明は、顔から火が出る思いをしました。
とてもお父様たちの顔を見て告白できず、下を向いて話していました。
「まぁっ」
お母様の楽しそうな小さなつぶやきが聞こえました。気のせいだと思いたいです。
話し終え、意を決して顔を上げると、今度はお父様とお母様の顔は違っていました。
お母様は薄っすら頬を上気させて嬉しそうです。
お父様は眉間の皺が復活していました。

「シルヴィ、話しておかなければならないことがある」

そして、お父様から、貴族の一部の方が私を殿下の婚約者にしようと動いていることを教えられました。
私は血の気が引く思いでした。
そんな方たちが、この殿下の印のことを知ったら、動きはもっと激しさを増すことになるのではないでしょうか。

「シルヴィ、落ち着いて」
いつの間にかお母様が席を立って、私の手を握りしめてくれていました。
お父様が頷きます。
「殿下は素晴らしい方だ。しかし、幼いころともに時間を過ごしてもセディにしか目が向かなかったのだ。シルヴィの幸せはセディの隣しかないのだろう」
私の気持ちを察してくれるお父様に、感謝の思いを込めて頷きました。

「シルヴィが殿下を選ばない限り、「貴族の務め」の一言で、娘の幸せを捨てさせようとする動きに私は同調しない。
我が侯爵家は、その他の道で務めを果たす」

確固とした意志をのぞかせたお父様は、表情を緩めました。

「シルヴィがセディに印をつけたことは実に助かった」

私はもう恥ずかしさも感じず、頷き返しました。殿下の印だけなら、私は追い詰められていたところでした。
方法はクリス先輩を責められない腹黒さでしたが、セディはあれだけ喜んでくれたのです。我ながらよくやったと褒めたい気分でした。

お父様は渋い顔で続けます。
「だが、もっと見えやすいところに印をつけてほしかった。それこそ手の甲とか」
恥ずかしさが再び戻ってきました。
一夜明けると、本当になんて大胆なことをしたのかと思うだけの冷静さがあって辛いです。
セディの服のボタンを…
私は手で顔を覆いました。
お母様のクスリと笑う空気を感じて、耳まで熱が広がりました。

「シルヴィア、殿下の印を利用されないために、私はお前がセディに印をつけたことを盛大に広めようと思う」

お父様の穏やかな声が、ゆっくりと響き渡りました。
「お前の醜聞になることでもある。覚悟しなさい」

私は顔を上げ、お父様を見つめました。
「ぜひともお願いします。お父様」
隣から明るく温かな声がしました。
「アメリア様に協力をお願いしてみましょう。殿方と違って縛りは少ないはずです」
私はお母様にしがみつきました。
「迷惑をかけて、ごめんなさい」
「まぁ、何を言うの」
お母様は優しい声で怒ったふりをしました。
私の頬を優しく包み込んでくれました。 温かな手です。
「少しも迷惑じゃないわ。せっかく好きな人に出会えたのですもの。諦めてはいけないわ。
そもそもシルヴィがセディを好きなことは、幼いころから広まっていることだから、今更な気もするわね」
さらりとものすごいことを言われた気もするのですが、私は頷きました。
きっと一部の方から反感を買うことになるでしょう。簡単なことではありません。
有難さと申し訳なさから涙が零れました。
いつの間にか隣に来ていたお父様が、涙を拭ってくれます。

「ちょうど領地の空気が恋しくなっていたのだ。いいころ合いだ」
「そうですね、私も広い景色が懐かしく思っていました」
二人はのんびりと話し続けます。
私は胸が熱くなりました。
二人の話は流れていきます。
「しかし、セディがシルヴィに印を返さなかったとは…」
「本当に、いくら心の調子が良くないとはいえ…」

一瞬の間の後、ぴったりと息が合っていました。
「「ヘタレ」」

「だな」
「ですね」

二人は軽やかに笑いました。
何となく、「へたれ」の意味が分かってきた気がします。

「案外、殿下の方が熱くシルヴィを想ってくれているのではないか?」
「あら、そうとも言えるかもしれませんね」

私は聞こえないふりをすることにしました。


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