たとえ番でないとしても

豆狸

文字の大きさ
40 / 60

31・たとえ生まれて初めての求婚でも

しおりを挟む
「ディアナ!」

 人混みの中から声がします。
 やはりディアナという名前は珍しくないようです。
 ソティリオス様と歩いていた私の背中に、小さく温かいものが飛びついてきました。

「ディアナ!」
「まあ……」
「やめなさい、アンドレウ」
「申し訳ございません!」

 私に抱き着いてきたのは、夏に会った農家の幼い兄でした。
 振り向けば、彼の両親も駆け寄って来ます。
 弟を抱く母親は相変わらず長袖でした。まだ傷痕が治りきっていないのでしょう。もう秋なので違和感はありませんが、竜人族の回復力でいつか消え去ると良いのですけれど。

「久しぶりですね。フードを被って髪も顔も隠していたのに、よく後ろから私だとわかりましたね」
「騎士隊長様と一緒にいたからわかった!」

 エッヘンと胸を張る幼い少年アンドレウに言われて、ソティリオス様は困った顔をしてご自分の銀髪を指に絡めました。

「俺もフードを被って髪を隠していたほうが良かったですかね」
「銀髪の方はたくさんいらっしゃいますわ」
「本当に申し訳ございません」
「お忍び中に声をかけたら、ご迷惑になるだろう?」

 母親は真っ青な顔をして頭を下げ、父親はコツンとアンドレウの頭に拳骨を落としています。幼い弟は母の腕の中から私に手を差し伸べてきます。
 小さな手に指を差し伸べて、私は微笑みました。
 幼い弟が私の指を握り返してくれたことに、胸が温かくなるのを感じました。

「気にしないでください。私には友達が少ないので、声をかけていただいて嬉しかったですわ」

 真実の言葉です。
 いえ、少ないどころか祖国リナルディ王国で八年間投獄されていたときも、このカサヴェテス竜王国へ嫁いで来てからも、私には友達がいません。
 ミネルヴァ様は従姉ですし、ソティリオス様とオレステス様は護衛ですものね。

「あれから畑に問題はありませんか?」

 夏の間は何日か通って様子を見ていたのですけれど、秋の収穫期になってからは邪魔になると思って訪問していません。
 私の質問を聞いて、家族四人が笑顔になりました。

「はい。おかげ様でカボチャが大豊作でした」
「こんなに収穫出来たのは、義父母の畑を受け継いでから初めてです。これもディアナ様がカボチャの魔物化を抑えてくださったおかげです」

 お忍びだと気づいているからでしょう、私のことをお妃様と呼ぶことはありません。
 それは気を遣ってくれているからだとわかっているのですが、竜王ニコラオス陛下の妃だと認められていないからだと悲しく思う気持ちが湧いてしまいます。
 私の背中に抱き着いて来て、今は体を離して見上げているアンドレウが口を開きました。

「……でもな、本当は騎士隊長様だけで分かったんじゃないぞ」
「そうなの?」
「うん。ディアナ、いつも寂しそうだから後姿でも分かった」
「こら、アンドレウ! 失礼なことを言うな!」
「まずお名前を呼び捨てにするのをやめなさい。様をつけなさい!」
「しゃまー」

 澄んだ瞳に私を映して、農家の少年アンドレウは言いました。

「寂しそうな理由も知ってる。『シロイケッコン』で、来年の春には『リエン』するからだろ?」
「アンドレウ!」

 父親が真っ青になって、彼に二度目の拳骨を落としました。
 母親がぺこぺこと頭を下げてきます。
 彼女の腕の中の弟が揺れて、私の指を握っていた小さな手が離れてしまいました。

「申し訳ありません、ディアナ様。言い訳になりますが、私どもが教えたわけではないのです。今年はかなり余裕が出来たので、収穫祭の前に市場へ買い物に行ったら……」

 私のことが噂になっていたようです。
 無理もありません。べつに緘口令など敷かれていません。
 婚礼の夜会で竜王国の貴族の前で宣言したのです。その貴族達に治められている平民の耳にも入るでしょう。

「気にしなくてもかまいませんよ。本当のことです」

 そもそも国中の人間が知っているのです。
 竜王ニコラオス陛下のつがいはサギニ様だと──
 暗い気持ちに沈みかけた私の耳朶をアンドレウの明るい声が打ちました。

「だから俺、決めたんだ!」

 なにをでしょう。彼は満面の笑みで言葉を続けました。

「ディアナが竜王様と『リエン』したら、俺のお嫁にするって!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

そして、彼女は微笑んだ。

豆狸
恋愛
だけど、ええ、だけど! もう一度彼に会えると思うだけで、私の唇は緩むのです。 心臓が早鐘を打つのです。この身を駆け巡る血潮が燃え上がるのです。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

処理中です...