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第11話: 夜の語らい
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第11話: 夜の語らい
討伐作戦の当日、未明に出発した一行は、夕刻近くに遺跡の中心部を制圧した。
ガイアの剣と騎士団の連携、アプリリアの浄化と治癒の力が完璧に噛み合い、
魔物の巣窟は壊滅。
魔力を増幅していた黒い水晶の装置も、アプリリアの光で完全に砕かれた。
死者はゼロ。
負傷者もアプリリアがその場で癒し、全員が無事に生還した。
帰路は、森の外れに野営を張って一泊することになった。
遺跡の残滓魔力がまだ漂っているため、すぐに領地に戻るのは危険だとガイアが判断したのだ。
焚き火がいくつも灯され、騎士たちは疲れを癒やしながら酒と食事を囲む。
カイルが歌を歌い始め、皆の笑い声が夜の森に響く。
アプリリアは少し離れた焚き火のそばで、一人静かに空を見上げていた。
今日の戦いで、予想以上に力を使った。
体は疲れているのに、心は不思議と落ち着いていた。
足音が近づいてきた。
「――まだ起きていたか」
ガイアだった。
銀髪が焚き火の光に赤く染まり、いつもより柔らかい印象に見える。
手には二つの木の杯を持っていた。
「ガイア様……お疲れのところ、ありがとうございました。
今日、皆を無事に帰せたのはガイア様のおかげです」
ガイアはアプリリアの隣に腰を下ろし、一つの杯を差し出した。
「ハーブ酒だ。
疲れを癒す」
アプリリアは微笑んで受け取る。
「ありがとうございます」
二人はしばらく、無言で酒を飲んだ。
焚き火のパチパチという音と、遠くの騎士たちの笑い声だけが聞こえる。
ガイアが、ぽつりと口を開いた。
「今日……君の力がなければ、俺たちも危なかった」
アプリリアは首を振った。
「そんなことありません。
ガイア様の剣がなければ、近づけなかったんです」
ガイアは小さく息を吐き、焚き火を見つめた。
「俺は、いつも一人で戦ってきた。
家族を失ってから、誰かを近くに置くのが怖かった。
失う痛みを、二度と味わいたくなかった」
その声は、静かで、でも確かに痛みを帯びていた。
アプリリアは杯を置き、ガイアの方を向いた。
「ガイア様……」
「だが、今日――
君が近くにいて、傷を癒してくれるのを感じて……
少し、変わった気がする」
ガイアが、ゆっくりとアプリリアを見た。
青い瞳に、焚き火の炎が揺れている。
「アプリリア。
お前は、俺の心を癒す光だ」
突然の言葉に、アプリリアの息が止まった。
ガイアは、わずかに視線を逸らしながら、続けた。
「不器用で、言葉も下手だ。
だが……お前がいると、安心する。
戦場でも、生きている実感がする」
アプリリアの胸が、熱くなった。
「ガイア様……私もです」
彼女は、そっとガイアの手を取った。
「王宮で、すべてを失ったと思った時、
ここに来て、皆を守れることが嬉しくて……
でも、どこか寂しかった」
ガイアの手が、アプリリアの手を優しく握り返す。
「ガイア様が来てくださって、
一緒に戦ってくださって……
私も、安心できました。
心が、温かくなりました」
二人の手が、重ねられたまま。
ガイアが、ゆっくりと顔を近づけた。
「アプリリア……いいか?」
アプリリアは、頷いた。
「はい……」
ガイアの指が、アプリリアの頰にそっと触れる。
温かい。
そして、ゆっくりと――
唇が、重なった。
優しく、慎重に。
まるで壊れ物を扱うように。
焚き火の光が、二人の影を長く伸ばす。
短い、でも深いキス。
離れた時、アプリリアの頰は真っ赤だった。
ガイアも、耳まで赤く染め、視線を逸らした。
「……すまない。
急に……」
アプリリアは小さく首を振って、微笑んだ。
「嬉しいです……
ガイア様」
二人は、再び手を繋いだまま、焚き火を見つめた。
遠くで、カイルが気づいたように小さく口笛を吹いている。
騎士たちが、ひやかす声が聞こえたが、二人は気にしない。
アプリリアが、ふと空を見上げた。
予知の力が、ぼんやりと王宮の様子を映す。
――ルキノとエテルナ。
二人の生活が、乱れ始めている。
エテルナの偽りの力が、少しずつ露呈しつつある。
王宮に、波紋が広がっている。
アプリリアは静かに目を閉じた。
――もうすぐ、動きがある。
だが、今は――
この温かさを、大切にしたい。
ガイアが、小声で言った。
「明日、領地に戻ったら……
ゆっくり、話そう。
俺の過去も、お前のことも」
アプリリアは頷いた。
「ええ。
約束です」
二人は肩を寄せ合い、星空を見上げた。
夜風が優しく吹き、焚き火が温かく燃える。
戦いの後の、静かな夜。
心が通じ合った、甘い時間。
アプリリアの心に、確かな恋が芽生えていた。
ガイアの寂しさも、少しずつ溶けていく。
遠く、王宮では――
暗い陰謀が動き始めていた。
だが、今はこの瞬間だけ。
二人の世界だけ。
夜の語らいは、静かに、甘く、続いた。
討伐作戦の当日、未明に出発した一行は、夕刻近くに遺跡の中心部を制圧した。
ガイアの剣と騎士団の連携、アプリリアの浄化と治癒の力が完璧に噛み合い、
魔物の巣窟は壊滅。
魔力を増幅していた黒い水晶の装置も、アプリリアの光で完全に砕かれた。
死者はゼロ。
負傷者もアプリリアがその場で癒し、全員が無事に生還した。
帰路は、森の外れに野営を張って一泊することになった。
遺跡の残滓魔力がまだ漂っているため、すぐに領地に戻るのは危険だとガイアが判断したのだ。
焚き火がいくつも灯され、騎士たちは疲れを癒やしながら酒と食事を囲む。
カイルが歌を歌い始め、皆の笑い声が夜の森に響く。
アプリリアは少し離れた焚き火のそばで、一人静かに空を見上げていた。
今日の戦いで、予想以上に力を使った。
体は疲れているのに、心は不思議と落ち着いていた。
足音が近づいてきた。
「――まだ起きていたか」
ガイアだった。
銀髪が焚き火の光に赤く染まり、いつもより柔らかい印象に見える。
手には二つの木の杯を持っていた。
「ガイア様……お疲れのところ、ありがとうございました。
今日、皆を無事に帰せたのはガイア様のおかげです」
ガイアはアプリリアの隣に腰を下ろし、一つの杯を差し出した。
「ハーブ酒だ。
疲れを癒す」
アプリリアは微笑んで受け取る。
「ありがとうございます」
二人はしばらく、無言で酒を飲んだ。
焚き火のパチパチという音と、遠くの騎士たちの笑い声だけが聞こえる。
ガイアが、ぽつりと口を開いた。
「今日……君の力がなければ、俺たちも危なかった」
アプリリアは首を振った。
「そんなことありません。
ガイア様の剣がなければ、近づけなかったんです」
ガイアは小さく息を吐き、焚き火を見つめた。
「俺は、いつも一人で戦ってきた。
家族を失ってから、誰かを近くに置くのが怖かった。
失う痛みを、二度と味わいたくなかった」
その声は、静かで、でも確かに痛みを帯びていた。
アプリリアは杯を置き、ガイアの方を向いた。
「ガイア様……」
「だが、今日――
君が近くにいて、傷を癒してくれるのを感じて……
少し、変わった気がする」
ガイアが、ゆっくりとアプリリアを見た。
青い瞳に、焚き火の炎が揺れている。
「アプリリア。
お前は、俺の心を癒す光だ」
突然の言葉に、アプリリアの息が止まった。
ガイアは、わずかに視線を逸らしながら、続けた。
「不器用で、言葉も下手だ。
だが……お前がいると、安心する。
戦場でも、生きている実感がする」
アプリリアの胸が、熱くなった。
「ガイア様……私もです」
彼女は、そっとガイアの手を取った。
「王宮で、すべてを失ったと思った時、
ここに来て、皆を守れることが嬉しくて……
でも、どこか寂しかった」
ガイアの手が、アプリリアの手を優しく握り返す。
「ガイア様が来てくださって、
一緒に戦ってくださって……
私も、安心できました。
心が、温かくなりました」
二人の手が、重ねられたまま。
ガイアが、ゆっくりと顔を近づけた。
「アプリリア……いいか?」
アプリリアは、頷いた。
「はい……」
ガイアの指が、アプリリアの頰にそっと触れる。
温かい。
そして、ゆっくりと――
唇が、重なった。
優しく、慎重に。
まるで壊れ物を扱うように。
焚き火の光が、二人の影を長く伸ばす。
短い、でも深いキス。
離れた時、アプリリアの頰は真っ赤だった。
ガイアも、耳まで赤く染め、視線を逸らした。
「……すまない。
急に……」
アプリリアは小さく首を振って、微笑んだ。
「嬉しいです……
ガイア様」
二人は、再び手を繋いだまま、焚き火を見つめた。
遠くで、カイルが気づいたように小さく口笛を吹いている。
騎士たちが、ひやかす声が聞こえたが、二人は気にしない。
アプリリアが、ふと空を見上げた。
予知の力が、ぼんやりと王宮の様子を映す。
――ルキノとエテルナ。
二人の生活が、乱れ始めている。
エテルナの偽りの力が、少しずつ露呈しつつある。
王宮に、波紋が広がっている。
アプリリアは静かに目を閉じた。
――もうすぐ、動きがある。
だが、今は――
この温かさを、大切にしたい。
ガイアが、小声で言った。
「明日、領地に戻ったら……
ゆっくり、話そう。
俺の過去も、お前のことも」
アプリリアは頷いた。
「ええ。
約束です」
二人は肩を寄せ合い、星空を見上げた。
夜風が優しく吹き、焚き火が温かく燃える。
戦いの後の、静かな夜。
心が通じ合った、甘い時間。
アプリリアの心に、確かな恋が芽生えていた。
ガイアの寂しさも、少しずつ溶けていく。
遠く、王宮では――
暗い陰謀が動き始めていた。
だが、今はこの瞬間だけ。
二人の世界だけ。
夜の語らいは、静かに、甘く、続いた。
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