婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます

ふわふわ

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第7話 万能薬という前提

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第7話 万能薬という前提

 国営薬局の調剤室では、その日も変わらぬ光景が続いていた。

 処方箋を受け取り、瓶を手渡す。
 誰がやっても同じ結果になる――それが、この薬局の誇りであり、前提だった。

 だが、その前提が、少しずつ揺らぎ始めている。

「……最近、戻ってくる患者が減った気がしないか?」

 午後の小休憩中、若い薬師がぽつりと呟いた。

「気のせいだろ。
 たまたまだ」

 別の薬師が即座に否定する。
 誰も深入りしようとはしない。

 国営薬局では、
 結果よりも“安定”が重視される。

 効きすぎない。
 悪化させない。
 全員に同じものを渡す。

 万能薬ポーションとは、
 そういう思想の結晶だ。

 ギ・メイは、その会話を聞きながら、黙々と手を動かしていた。

(万能薬は、便利だ)

 誰にでも使える。
 判断を挟まなくていい。
 大量処理に向いている。

 だが――。

(“最適”ではない)

 それだけの話だった。

 彼女は処方箋を受け取り、内容を確認する。

 ――腹部の痛み。

 効能指定のみ。
 調剤方法の指定は、やはりない。

 ギ・メイは、基礎配合用の薬草を迷いなく取り分けた。
 万能薬と同じ効能を持たせながら、
 効き目だけを引き上げる。

 それは特別な技術ではない。
 薬師として、教本に載っている範囲の知識だ。

 ただし――
 やられていなかった。

「次」

 患者は、何事もなかったように薬を受け取る。
 見た目は、他の瓶と変わらない。

 違うのは、中身だけ。

 夕方、局長が調剤室を一巡していた。

 ギ・メイの調剤台の前で、足を止める。

「……お前は、万能薬を使っていないな」

 確認するような声。

「使っています」

「いや、
 “万能薬そのもの”ではない」

 ギ・メイは、淡々と答えた。

「万能薬と同じ効能を持つ調剤です」

「言い換えだろう」

「違います」

 即答だった。

「万能薬は、
 “誰にでもそこそこ効く”ように作られています」

 瓶を指さす。

「私は、
 “この処方の範囲で、最も効く形”にしています」

 局長は、しばらく黙った。

「……それは、前提を壊す行為だ」

「前提、とは?」

「国営薬局は、
 万能薬を前提に運営されている」

 在庫管理。
 人員配置。
 時間配分。

 すべてが、
 「考えない調剤」を前提に組まれている。

「そこを崩せば、
 制度が追いつかなくなる」

 局長の言葉は、警告だった。

 だが、ギ・メイは首を傾げる。

「制度のために、
 万能薬を出しているのですか?」

「……そうだ」

 即答だった。

「患者のためではなく?」

 一瞬、空気が止まった。

 局長は、深く息を吐いた。

「国営とは、そういうものだ」

 全員を対象にする以上、
 一人に最適化する余裕はない。

 それが、理屈だ。

「私は、
 患者に出す薬を作っています」

 ギ・メイの声は、変わらない。

「制度のために作る薬なら、
 最初から万能薬で十分です」

 局長は、彼女を睨んだ。

 だが、怒りではない。
 困惑に近い。

「……違反は?」

「ありません」

「処方逸脱は?」

「ありません」

「効能外使用は?」

「ありません」

 すべて、否定できない。

 局長は、苦笑した。

「……つまり、
 問題は“前提”だけか」

「はい」

 その一言で、
 この議論は終わった。

 その夜、局長は一人で帳簿を見ていた。

 数字は、相変わらず安定している。
 在庫も、回転率も、問題ない。

 だが――
 患者の再来院数だけが、
 確実に減っている。

(万能薬は、
 “最善”ではなかった)

 それを認めることは、
 これまでの運営を否定することになる。

 局長は、静かに帳簿を閉じた。

 ギ・メイは、その時すでに帰路についていた。

 自分がやったことは、
 特別でも、反抗でもない。

 ただ――
 処方通りに、最も効く薬を作っただけ。

 それだけで、
 国営薬局の「当たり前」が、
 音もなく揺らぎ始めていた。
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