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正義022・昇格試験(後)

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 ユゼリアの声が響いた直後、最初に動いたのはデルバートだった。

「――【瞬脚】!」

 下半身に高密度の魔力マナを巡らせ、超スピードで前方へ。

 素早く木剣を振り抜き、エスの左腰の実を狙った。

「おっと!」

 一方エスはというと、ユゼリア戦同様に相手の動き出しを待っていた。

 ユゼリア戦では魔法への興味ゆえだったが、元Sランク冒険者だというデルバートの戦い方にも興味があった。

(速いね!)

 スピードに全振りされたデルバートの初撃は、エスがこの世界で見たどの攻撃よりも速い。

 初日に捕まえた紫電を纏う凶悪犯と比べても段違いのスピードだ。

(魔力の使い方が上手いのかな……っと!)

 右肩上の実に向かう木剣をすんでのところで躱すエス。

 油断ならない速さではあるが、注意していれば当たるほどではない。

「――【閃突】!」

 初撃を躱されたデルバートは、続けざまに2撃目へ移行する。

 デルバートの右腕に魔力が螺旋状に発生し、次の瞬間エスの左腰に迫っていた。

(うわっ! かなり速いぞ!)

 さきほどよりも数段速い攻撃に肝が冷えるが、こちらもギリギリで躱した。

「ちっ! 当たらないか……!」

 デルバートは1度身を引いて構え直す。

 自分の体についた実の位置を常に意識しているのだろう。

 カウンターを狙っていたエスに付け入る隙を与えない。

「やるね!」

 エスはニヤリと笑みを浮かべて、その場から右拳を放つ。

 遠距離からの〝飛ぶ正拳突き〟――先日の凶悪犯を仕留めた時に使った技の小規模版だ。

 拳をかたどった正義力ジャスティスパワーの塊が弾丸のように飛んでいく。

「うおっ……!!?」

 目を瞠り、咄嗟に防御体勢をとるデルバート。
 
 しかし防御は悪手だった。

 拳を放つと同時に地面を蹴り出していたエスは、露わになった左腰の実を手刀で破裂させる。

「くっ……!!!」

 デルバートは咄嗟に身をよじり、エスからの追撃を躱した。

 さらにそのまま攻撃に転じる。

「――【瞬脚】! 【振動刃】!」

 回転を勢いを生かしてエスの横側へ回り込み、鋭い突きを繰り出すデルバート。

 狙いはエスの右肩上に付いている実だ。

「当たらないよ――ってわわっ!!?」

 冷静に避けようとしたエスだったが、直前に木剣がヴォン! と音を鳴らして

 剣身の輪郭がぼやけ、一気に幅が広がったのだ。

(魔法……っ!?)

 強引に身を捻ることで何とか回避に成功したが、かなり危ないところだった。

 実の表面を木剣が掠め、チッ! と火花のように鳴ったので、あと1ミリでもズレていれば割られていただろう。

「これも避けるか! ならばこのまま押し切るまで!! 【振動刃】!!」

 今こそが好機と捉え、デルバートは怒涛の攻撃を開始する。

「うわっ!? ととっ!! おわっ!!」

 エスに休む暇を与えず、次々とランダムに襲い掛かる木剣。

「わっと!! よよっ!! ほよっ!! ……楽しくなってきた!!」
「ぐっ……!! 当たらん!!!」

 どう見ても無理のある体勢から、エスはひょいひょいと木剣を躱していく。

 コミカルで気の抜ける動きにもかかわらず、曲芸のように間一髪で当たらないのだ。

「――今度はこっちから行くよ!」
「……っ!!」

 デルバートはエスから放たれる圧を感じ、バックステップで身を引いた。

 どのみち、このまま攻撃を続けても埒が明かない。

 徹底的に守りを固め、カウンターを狙うやり方のほうが勝機はある。

(守りに切り替えた? 好都合だね!)

 動かないデルバートに口角を上げるエス。

 剣身がブレる技を見た時から仕掛けたい攻撃があったのだ。

 エスは素早く地面を蹴り、デルバートの右肩にある実を狙う。

「甘いっ!!」

 非常に速い手刀であったが、集中状態のデルバートに見切れないスピードではない。

「――【振動刃】!!!」

 木剣で手刀を受け流し、返す刀で左腰の実を捉えた時――エスの体が霞のようにブレる。

「なにっ!!?」
「――残像だよ!!」

 その声はデルバートの背後から聞こえた。

 彼が振り向く間もなく、右肩、右脹脛、背中の実が連続で破裂する。

「あと1つだね!!」
「くっ……!!」

 転がるように前方へ避難し、即座に振り返るデルバート。

「……なっ!!!?」

 一矢報いるつもりだったが、目の前の光景に動きが止まる。

「「行くよ!!」

 そう、そこにいたのは2だった。

 微かに輪郭がぼやけているが、デルバートの見間違いではない。

「「はあっ!!」」

 2人のエスは左右から同時に攻撃を仕掛ける。

 デルバートは慌てて左側――実が残る側のエスに木剣を振るうが、そのエスは残像。

 もう1人のエスが拳を放ち、最後の実を破壊するのだった。
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