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正義021・昇格試験(前)
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「昇格試験?」
エスはもう1度首を傾げる。
「ああ……エスは駆けだしだったんだよな」
デルバートは思い出したように言って笑う。
彼がエスを知ったのは4日前。
『めちゃくちゃ強い新人がいるらしい』
部下からそんな報告が上がり、【英霊の光】パーティとの相談ついでにちょっとした挨拶を行った。
冒険者として未登録ながら多くの邪獣を倒したと聞き、驚かされた記憶がある。
さらにその数日後、ユゼリアとの模擬戦で勝ったという話に再び驚かされた。
「まるで駆け出しとは程遠いが……」
デルバートは昇格試験について説明する。
昇格試験は冒険者ランクを上げるためにクリアすべき試験のことだ。
基本的には昇格クエストという、試験のためのクエストを課すことになり、同行者の試験官が合格の是非を判断する。
「ってことは、俺も昇格クエストを受けるの?」
「いや、エスの場合は必要ない。調査依頼で十分すぎる成果を上げたからな。ユゼリアの嬢ちゃんが嘘を吐くとも思えないし、彼女を試験官役と見なせば問題ない」
「そっか。じゃあ俺が受ける昇格試験っていうのは?」
「模擬戦さ。本来、昇格ってのは1ランクずつ行うのが普通なんだが、エスの実力は次のFランクを遥かに超えてる。だから俺としてはBランクまで上げようと思ってるんだが、さすがにそれだけの上がり幅をクエストのみで判断するのもな」
デルバートがそう言うと、話を聞いていたユゼリアが「Bランク……!?」目を見開く。
「GランクからBランクって……一気に5段階アップじゃない! すごいわね……」
「ああ。だが実力を考えれば妥当だ」
「そうね、むしろ実力だけなら確実にAランクはあるわ」
「ああ、話を聞いた感じ間違いない。ただ、Aランクまで上げるとなると、田舎支部の俺の権限では難しい。Bに上げるって時点で既にギリギリだ」
「それもそうね」
ユゼリアは納得したように言う。
そもそも1度に2ランクアップする例自体が少ないのだ。
それをいきなり5ランク、しかも登録したての冒険者に行うのは異例中の異例だった。
「とにかく、異例の上がり幅だってのもあって模擬戦もやっときたいわけだ。実力確認というよりは形式的な意味合いが強い」
デルバートはエスに視線を戻しながら言う。
「なるほど!」
エスにとっては少し複雑な話だが、ひとまず昇格には模擬戦が必要ということは理解できた。
話を終えた3人は、昇格試験のために応接室を出る。
試験を行う場所は訓練場。
先日ユゼリアと勝負した場所だ。
「この時間に訓練場を使う奴は少ないからな。15分ほど貸切らせてもらおう。ここで少し待っていてくれ」
デルバートはエス達を1階の裏口近くで待たせ、ホールのほうへと消えていった。
「冒険者登録から数日でBランク……恐ろしい昇格スピードよね」
ユゼリアがポツリとそう零す。
彼女も模擬戦の見学を希望したので、エスと一緒に待機しているのだ。
「でもユゼリアだってAランクでしょ? すごいじゃん!」
「そ、そう……? そうよね……!! 私も十分すごかったわ!」
ユゼリアははっとした顔で言う。
エスの存在により霞みかけていたが、彼女もれっきとした天才である。
「ところで、誰が試験官をやるのかしら。Bランクへの昇格試験となると、最低でもBランクの上位の試験官が必要なんだけど……急遽試験をやるって言って、都合よく試験官がいるかしら?」
「うーん、アテでもあるんじゃない?」
「――2人とも待たせたな。訓練場を押さえたぞ」
エスとユゼリアが話していると、デルバートが戻ってくる。
「裏側から移動しよう」
そう言って、エス達を裏口の外へ連れていくデルバート。
エスとユゼリアは勝負の件もあって何かと目立つ。
さらに支部長が同行するとなれば、ホール中の注目を集めることになるだろう。
裏側を移動するのは、無駄な騒ぎを起こさないための配慮だった。
「ねえ、試験官は誰なの? 今の連合にエスの相手をできる冒険者なんていた?」
移動の最中にユゼリアが尋ねる。
「ん? ああ、試験官のことなら心配ない。相手をするのはこの俺だからな」
「……は?」
「デルバートが相手なの?」
ユゼリアとエスはまさかの返答に驚く。
デルバートも立ち会うのだろうとは思っていたが、支部長本人が戦うとは思っていなかった。
「俺も昔はそれなりの冒険者だったからな。今はさすがにいくらか衰えちまってるが、引退前はSランクだったんだ」
「Sランク!? 特級冒険者じゃない!!」
ユゼリアが大きな声を上げる。
彼女が誇るAランクも世間的には上位のランクだが、Sランクとの間には壁がある。
普通の人間が到達できるランクの限界がAランクならば、選ばれし者だけが到達できるランクがSランク。
努力の末にAランクまでは上がれても、そこから先は突出した才能がなければ上がれない。
AランクからSランクに昇格すると、上級から特級に区分が変化する所以だ。
「――着いたぞ」
エス達は訓練場の裏口に到着する。
既に人払いは済んでいるらしく、中に入ると誰もいなかった。
訓練場の端に移動した後、デルバートが模擬戦のルールを説明する。
「正直、エスのパワーと邪獣討伐能力については報告で十分に分かっているからな。模擬戦は少し特殊なルールで行う」
そう言いながら、手のひらサイズの赤い実を取り出すデルバート。
実は丸々と膨らんでいて、鮮やかな赤色をしている。
「こいつはバロンの実――中にたっぷりの空気が詰まった珍しい実だ。軽く叩いたくらいじゃ割れないが、ある程度の衝撃を与えると……」
デルバートは近くにあった訓練用の木剣を手に取ると、地面に置いたバロンの実を先端で突いた。
脱力状態の突きであったが、実はポン! と音を立てて萎れる。
「こんな具合に収縮するんだ。こいつを互いの体に複数ずつ括り付けて、ゲーム形式の模擬戦を行う」
「互いの実を割り合うゲームってわけね」
「そうだ」
デルバートはユゼリアの言葉に頷く。
「実を括り付ける場所は全部で5か所。右肩、左腰、左手首、背中、右脹脛だ。3分の制限時間でより多くの実を割ったほうを勝者とする。目的はあくまでも相手の実を割ることだから、殺傷目的の攻撃を行うのは禁止――こんなところだが問題ないか?」
「オーケー!」
親指を立てるエス。
要は相手から実を割られないように守りつつ、相手の実を全部割れば問題ないわけだ。
殺傷目的の攻撃が禁止というルールも、無用な戦いが苦手なエスにとってはありがたかった。
「制限時間の計測だが、ユゼリアの嬢ちゃんに頼んでもいいか?」
「いいわよ」
「助かる。こいつを使ってもらいたい。既に3分に設定してある」
デルバートはそう言うと、砂時計のような物をユゼリアに渡す。
中にキラキラと輝く粉が入っており、任意の制限時間を決められる特殊な魔道具だ。
「――それじゃ、試験を始めるか」
デルバートは持っていた木剣を腰に差し、訓練場の中央に移動する。
「その木剣で戦うの?」
「ああ。俺の職業は剣士系だからな。おっと、手の内はまだ明かさないぞ?」
「いいよ! そのほうが面白いから!」
「ほぅ……面白い、か」
デルバートは楽しそうに笑う。
「実のところはな、エス。俺が試験官を行うのは、お前さんに興味があるからというのもある。最初に会った時から面白い奴だと思ってたんだ」
彼がエスに抱いた第1印象は、〝珍妙な格好の少年〟。
大成する冒険者というのは、その多くが強烈な個性を放つものだ。
デルバートは彼を一目見た瞬間、『きっと大成する』と予感した。
そして、その予感は恐らく正しい。
普通の人間はたった数日でBランクに上がる功績を残せない。
「ユゼリアの嬢ちゃんから鬼熊の強さがAランク相当だと聞いた時、そいつを1撃で倒したお前さんの実力が知りたくなった」
強者に憧れ、高みを目指した冒険者時代。
支部長ではなく1人の〝元冒険者〟として、エスと手合わせがしてみたかった。
「――引退してパワーは衰えたが、技術面で衰えたつもりはない。全力で勝ちにいかせてもらう」
「いいね! 望むところだ!」
エスはふっと笑って拳を構える。
デルバートも腰の木剣を抜いてニヤリと笑った。
両者は間に数メートルを置き、いよいよ模擬戦が始まる。
「――――始めっ!」
エスはもう1度首を傾げる。
「ああ……エスは駆けだしだったんだよな」
デルバートは思い出したように言って笑う。
彼がエスを知ったのは4日前。
『めちゃくちゃ強い新人がいるらしい』
部下からそんな報告が上がり、【英霊の光】パーティとの相談ついでにちょっとした挨拶を行った。
冒険者として未登録ながら多くの邪獣を倒したと聞き、驚かされた記憶がある。
さらにその数日後、ユゼリアとの模擬戦で勝ったという話に再び驚かされた。
「まるで駆け出しとは程遠いが……」
デルバートは昇格試験について説明する。
昇格試験は冒険者ランクを上げるためにクリアすべき試験のことだ。
基本的には昇格クエストという、試験のためのクエストを課すことになり、同行者の試験官が合格の是非を判断する。
「ってことは、俺も昇格クエストを受けるの?」
「いや、エスの場合は必要ない。調査依頼で十分すぎる成果を上げたからな。ユゼリアの嬢ちゃんが嘘を吐くとも思えないし、彼女を試験官役と見なせば問題ない」
「そっか。じゃあ俺が受ける昇格試験っていうのは?」
「模擬戦さ。本来、昇格ってのは1ランクずつ行うのが普通なんだが、エスの実力は次のFランクを遥かに超えてる。だから俺としてはBランクまで上げようと思ってるんだが、さすがにそれだけの上がり幅をクエストのみで判断するのもな」
デルバートがそう言うと、話を聞いていたユゼリアが「Bランク……!?」目を見開く。
「GランクからBランクって……一気に5段階アップじゃない! すごいわね……」
「ああ。だが実力を考えれば妥当だ」
「そうね、むしろ実力だけなら確実にAランクはあるわ」
「ああ、話を聞いた感じ間違いない。ただ、Aランクまで上げるとなると、田舎支部の俺の権限では難しい。Bに上げるって時点で既にギリギリだ」
「それもそうね」
ユゼリアは納得したように言う。
そもそも1度に2ランクアップする例自体が少ないのだ。
それをいきなり5ランク、しかも登録したての冒険者に行うのは異例中の異例だった。
「とにかく、異例の上がり幅だってのもあって模擬戦もやっときたいわけだ。実力確認というよりは形式的な意味合いが強い」
デルバートはエスに視線を戻しながら言う。
「なるほど!」
エスにとっては少し複雑な話だが、ひとまず昇格には模擬戦が必要ということは理解できた。
話を終えた3人は、昇格試験のために応接室を出る。
試験を行う場所は訓練場。
先日ユゼリアと勝負した場所だ。
「この時間に訓練場を使う奴は少ないからな。15分ほど貸切らせてもらおう。ここで少し待っていてくれ」
デルバートはエス達を1階の裏口近くで待たせ、ホールのほうへと消えていった。
「冒険者登録から数日でBランク……恐ろしい昇格スピードよね」
ユゼリアがポツリとそう零す。
彼女も模擬戦の見学を希望したので、エスと一緒に待機しているのだ。
「でもユゼリアだってAランクでしょ? すごいじゃん!」
「そ、そう……? そうよね……!! 私も十分すごかったわ!」
ユゼリアははっとした顔で言う。
エスの存在により霞みかけていたが、彼女もれっきとした天才である。
「ところで、誰が試験官をやるのかしら。Bランクへの昇格試験となると、最低でもBランクの上位の試験官が必要なんだけど……急遽試験をやるって言って、都合よく試験官がいるかしら?」
「うーん、アテでもあるんじゃない?」
「――2人とも待たせたな。訓練場を押さえたぞ」
エスとユゼリアが話していると、デルバートが戻ってくる。
「裏側から移動しよう」
そう言って、エス達を裏口の外へ連れていくデルバート。
エスとユゼリアは勝負の件もあって何かと目立つ。
さらに支部長が同行するとなれば、ホール中の注目を集めることになるだろう。
裏側を移動するのは、無駄な騒ぎを起こさないための配慮だった。
「ねえ、試験官は誰なの? 今の連合にエスの相手をできる冒険者なんていた?」
移動の最中にユゼリアが尋ねる。
「ん? ああ、試験官のことなら心配ない。相手をするのはこの俺だからな」
「……は?」
「デルバートが相手なの?」
ユゼリアとエスはまさかの返答に驚く。
デルバートも立ち会うのだろうとは思っていたが、支部長本人が戦うとは思っていなかった。
「俺も昔はそれなりの冒険者だったからな。今はさすがにいくらか衰えちまってるが、引退前はSランクだったんだ」
「Sランク!? 特級冒険者じゃない!!」
ユゼリアが大きな声を上げる。
彼女が誇るAランクも世間的には上位のランクだが、Sランクとの間には壁がある。
普通の人間が到達できるランクの限界がAランクならば、選ばれし者だけが到達できるランクがSランク。
努力の末にAランクまでは上がれても、そこから先は突出した才能がなければ上がれない。
AランクからSランクに昇格すると、上級から特級に区分が変化する所以だ。
「――着いたぞ」
エス達は訓練場の裏口に到着する。
既に人払いは済んでいるらしく、中に入ると誰もいなかった。
訓練場の端に移動した後、デルバートが模擬戦のルールを説明する。
「正直、エスのパワーと邪獣討伐能力については報告で十分に分かっているからな。模擬戦は少し特殊なルールで行う」
そう言いながら、手のひらサイズの赤い実を取り出すデルバート。
実は丸々と膨らんでいて、鮮やかな赤色をしている。
「こいつはバロンの実――中にたっぷりの空気が詰まった珍しい実だ。軽く叩いたくらいじゃ割れないが、ある程度の衝撃を与えると……」
デルバートは近くにあった訓練用の木剣を手に取ると、地面に置いたバロンの実を先端で突いた。
脱力状態の突きであったが、実はポン! と音を立てて萎れる。
「こんな具合に収縮するんだ。こいつを互いの体に複数ずつ括り付けて、ゲーム形式の模擬戦を行う」
「互いの実を割り合うゲームってわけね」
「そうだ」
デルバートはユゼリアの言葉に頷く。
「実を括り付ける場所は全部で5か所。右肩、左腰、左手首、背中、右脹脛だ。3分の制限時間でより多くの実を割ったほうを勝者とする。目的はあくまでも相手の実を割ることだから、殺傷目的の攻撃を行うのは禁止――こんなところだが問題ないか?」
「オーケー!」
親指を立てるエス。
要は相手から実を割られないように守りつつ、相手の実を全部割れば問題ないわけだ。
殺傷目的の攻撃が禁止というルールも、無用な戦いが苦手なエスにとってはありがたかった。
「制限時間の計測だが、ユゼリアの嬢ちゃんに頼んでもいいか?」
「いいわよ」
「助かる。こいつを使ってもらいたい。既に3分に設定してある」
デルバートはそう言うと、砂時計のような物をユゼリアに渡す。
中にキラキラと輝く粉が入っており、任意の制限時間を決められる特殊な魔道具だ。
「――それじゃ、試験を始めるか」
デルバートは持っていた木剣を腰に差し、訓練場の中央に移動する。
「その木剣で戦うの?」
「ああ。俺の職業は剣士系だからな。おっと、手の内はまだ明かさないぞ?」
「いいよ! そのほうが面白いから!」
「ほぅ……面白い、か」
デルバートは楽しそうに笑う。
「実のところはな、エス。俺が試験官を行うのは、お前さんに興味があるからというのもある。最初に会った時から面白い奴だと思ってたんだ」
彼がエスに抱いた第1印象は、〝珍妙な格好の少年〟。
大成する冒険者というのは、その多くが強烈な個性を放つものだ。
デルバートは彼を一目見た瞬間、『きっと大成する』と予感した。
そして、その予感は恐らく正しい。
普通の人間はたった数日でBランクに上がる功績を残せない。
「ユゼリアの嬢ちゃんから鬼熊の強さがAランク相当だと聞いた時、そいつを1撃で倒したお前さんの実力が知りたくなった」
強者に憧れ、高みを目指した冒険者時代。
支部長ではなく1人の〝元冒険者〟として、エスと手合わせがしてみたかった。
「――引退してパワーは衰えたが、技術面で衰えたつもりはない。全力で勝ちにいかせてもらう」
「いいね! 望むところだ!」
エスはふっと笑って拳を構える。
デルバートも腰の木剣を抜いてニヤリと笑った。
両者は間に数メートルを置き、いよいよ模擬戦が始まる。
「――――始めっ!」
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