アンズトレイル

ふみ

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 ぱんぱんに膨らんだビニール袋が手に食い込む。まさかこんなにも買い込むとは思ってなかった。
「アイス買わなくてよかったの? あんちゃん暑くない?」
 片手にはアイス、もう片方には板チョコレートを握る杏さん。お店を出た時にはアイスだけだったのに、何がどうなったらチョコも食べたいと思うのだろう。
「こぼしたら大変なので、大丈夫です」
 Tシャツの首元を摘まんでみせる。杏さんが自分のブラウスを見て数秒固まったけれど、見なかったことにしよう。
「それよりもどうして二つ一緒に?」
「これが案外いけるの。バニラアイスを口に入れてからチョコも食べる。今までにない組み合わせだと思わない?」
「チョコレートとバニラのミックスって普通に売ってますよ?」
 目と口を真ん丸に開いた杏さん。今日はどうにも抜けているというか、ぽんこつというか。まるで日によって別人のようだ。
「じゃあ次からそれを食べることにしますよ。はいはい。それでいいんでしょ」
 口を尖らせ、ふてくされてしまった。しかし次の瞬間には見慣れた表情へ早変わり。
「というわけで次行こうか」
「次?」
 不思議がる私を置いて杏さんは歩み続ける。次、か。左手首を見れば十二時過ぎ。お昼に行くのか、それとも思い出の場所に行くのか。杏さんに追い付いて車に乗り込んでから切りだした。
「あの、次ってどこでしたっけ」
「遊園地。よく彼と遊びに行ってたから」
「なるほど」
 彼氏という単語に若干の緊張を覚える。それに連鎖して昨夜のできごとが脳裏に浮かび上がった。杏さんに夢だと言われても、やっぱり納得がいかない。あの緊張感も嫌な汗も確かに現実だった。むしろ夢だと思いたいほどに。
「ここから三十分くらいかな。着いたらすぐお昼食べて遊んで、それから埋めちゃおうか」
「遊ぶ?」
 予想していなかった提案に声が上ずった。
「もちろん。遊園地に行って遊ばないなんて、えっと、ほら、あれだよ。野球場に行って野球しないようなものだよ」
「はあ」
「ピンときてないし。それよりほら、ナビしてくれないと迷子になるよ」
 杏さんに遊園地の名を聞き、目に入った別の話題を口にした。おかしな看板、異国の料理、好きなコンビニ。過ぎ去る景色から選ぶ話題は尽きず、ついに遊園地が見えてくるまで話しっぱなしだった。
「正月に来た時はめちゃくちゃ混んでて、ジェットコースターが二時間待ちだったの」
「それに乗ったんですか?」
「ううん。空いてたコーヒーカップとか南極みたいなアトラクション行ったの」
「南極?」
 想像もできないアトラクションに胸が躍る。きっと他にも楽しげなものばかりなのだろう。そんな夢のような場所を杏さんと、二人きりで。まるで恋人を想うような自分に気味悪さを覚えるも、今はただ素直に楽しもう。
 アーチのかかった入り口をくぐり抜ける。いざ駐車場へ――。
「まあ、混んでるよね。夏休みだし」
「ですね」
 広めの駐車場は見事なほど満杯。入り口から道路にはみ出すほどの行列ができていた。何気なくサイドミラーを見れば、すでに後ろにも何台か並んでいる。
「中も人だらけかな。やだなあ」
「人混みがですか?」
「うん。人の圧っていうか、ストレスというか。そういうの疲れちゃうんだよね」
「昨日の海水浴場は大丈夫だったんですか?」
「広い所にまばらに人がいるのは大丈夫なの。だけど遊園地とかショッピングモールはちょっとね」
 苦虫を噛み潰したような杏さん。その視線は駐車場から園内へと続く歩道へ向けられていた。
 レンガ造りの道はまるで、おしくらまんじゅうをしているかのよう。きっとあの先は、想像もつかないほど混んでいるのだろう。考えるだけでため息が漏れてしまった。
「その、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないけど、ここに置きたい」
 ここにこだわる理由を尋ねる勇気はないにしても、提案ならできそうだった。
「他の場所はどうでしょうか」
「他のって?」
「遊園地以外の思い出の場所です。例えば水族館とか、動物園とか。公園でぶらぶら散歩した思い出なんかはありませんか?」
 映画から得た知識を総動員して羅列した。実際のカップルがどこへ行くか知らないけれど、現実も創作も大して変わらないだろう。
「あー、そうね。どうだろう。あはは」
 杏さんがブレーキを踏んだままハンドルから手を離した。頬をかきながらの苦笑い。視線も泳いでいる。話の流れと表情が噛み合っていない。
「……他に、ないの」
「え?」
「彼と付き合って一年くらいだけど、ほとんど遊びに出かけなかったの。昨日今日で行った場所で全部なんだ」
 思ってもみなかった現実。浮ついていた心が一瞬で地面へと叩き落とされた。まただ。よく考えれば分かることだった。
「休みのたびに誘ってはいたんだけどね。いつも面倒くさいって断られていたの」
「人混みが苦手とかそういう理由ではなく?」
「うん。彼にずっと断られてた」
 杏さんが力なく頷いた。
「私と一緒にいるの、嫌だったのかな」
 気まずくて正面に視線を逃した。いつの間にか車一台分のスペースが空いている。しかし杏さんは気付いていない。
「杏さん。前、進んでますよ」
「あ、うん。ありがとう」
 すぐに前の車に追いつき、またも止まる。これを何回繰り返せば車から降りられるのだろう。
「お金が厳しい時は貸してあげたり、友だちと遊ぶっていうからマンションの部屋も何回か貸したんだけどね。恋人らしいことはあまりしなかったな」
 愚痴というよりは独り言。相槌もアドバイスも必要ないと丸まった背中が語っている。重苦しい車内でどうするのが正解なのだろう。黙って聞くべきか、いらぬお節介を焼くべきか。
 それにしても二人の関係性は意外だった。杏さんほどの人と付き合えたのなら、毎日会って愛し合いたいと願うのはおかしいのかな。そう思うのは私だけなのだろうか。
 彼氏さんはそう思わず、結局けんかを経て別れてしまった。杏さんも愛想を尽かせたように思い出の品を……あれ?
 横で杏さんが呟き続ける中で、ふと疑問が浮かぶ。それじゃあ昨夜の電話は一体何だったのだろう。電話の内容は杏さんが非を認め、帰省が終わったらすぐに帰るといったもの。そのせいで私も旅の終わりに怯えてしまった。
 まさか本当に夢だったのだろうか。リアリティのある夢。一言で片付くそれをまだ受け入れたくはなかった。
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