アンズトレイル

ふみ

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 三百円分ほど見繕ったところで杏さんが戻ってきた。肩にかけていたショルダーバッグは見当たらない。もう預けてきたんだ。
「とりあえずこれを買おうかと」
 入り口横に置いてあった小さな買い物かご。その中に入れた駄菓子を見せた。
 スナック菓子、チョコレート、おせんべい、ミニパックに詰められたポップコーン。なんて節操のないラインナップだろう。
「これだけ? 他には?」
「いえ、大丈夫です」
「ほんとは?」
 にやりとした笑みに、迷った挙句棚に戻したキャンディを手に取った。
「これも、いいですか?」
「もちろん。他にも欲しいものがあったら遠慮しないでね。お互いに選んだものを交換とかしようよ。私、見てくるから」
 満面の笑みを連れ、通路の反対側へ行ってしまった。子どものようにはしゃいでしまって、まるで私だけ浮いているよう。
「お嬢ちゃん」
 すぐ横から聞こえた声。聞き覚えがある。先ほど杏さんが話していた、おばあちゃんと呼んでいた人だ。恐らく近くにいた女の子に話しかけたのだろう。そう決め込んで棚を凝視するも、おばあちゃんの声の続きは聞こえてこない。ということは。
「あの、私ですか?」
「もちろん。他にお嬢ちゃんはいないもの」
 いつの間にか周囲にいた子どもたちは、そろって店先のゲーム機へと移っていた。まずい、とんでもない失礼をしてしまった。あまりの気まずさについ髪をいじりつつ目を泳がせた。
「すみません。えっとその、話しかけられるとは思わなくて」
「初対面だものね。こちらこそごめんなさい」
 ぺこりと小さなお辞儀。ふわりと揺れた銀色の髪。優しげな表情も相まって気品を感じる。和服とエプロンという恰好からも穏やかなイメージが浮かんだ。
「確か、あんちゃんだったかしら」
「え?」
 確かに聞こえた私のあだ名。どうして見ず知らずのおばあちゃんが知っているのだろう。
「さっき杏珠ちゃんから、友だちと一緒だって聞いたのよ。名前が似ているって嬉しそうだったわ」
 そう語るおばあちゃんもどことなく嬉しそう。きっと私も似たような表情をしているのだろう。友だちを通じて誰かと知り合う。一般的には普通のことが嬉しい。
「古いお店だけど、ゆっくりしていってね」
「は、はい。ゆっくりします」
 世間話というのにも慣れておらず、ぎこちない笑顔を浮かべてみた。今の私はちゃんとできているだろうか。恐らくできていない。なんとなく、そう思った。
「ありがとね。それと、一つだけ聞きたいことがあるのだけれど」
 優しい笑顔が急激に冷めていく。おばあちゃんが一瞬だけ向けた視線の先。子どもたちに混じる杏さんの笑顔がそこにある。
「杏珠ちゃんに何かあったのかい?」
 それを飲み込むまで時間がかかった。何か、とは。とっさに頭に浮かんだのは今の旅のこと。各地で思い出の品を埋めて回っていること。それに続けて彼氏さんとのけんかも浮かんだ。
 そもそも話していいのか。それが重要だ。見るにおばあちゃんは何も知らない。そんなおばあちゃんに教えるのはどうなんだろう。
 杏さんが話さないことを、私が勝手に教えるのはよくないと思う。そう結論付けて終わればよかったけれど、新しい疑問が浮かんだ。
 どうして私にだけ話してくれたのだろう。昔からの顔なじみと、ひょんなことから友だちになった私。どちらを信用するか考えなくても分かる。それにあけすけな杏さんなら、おばあちゃんにも包み隠さず話してしまいそうなのに。
「言えないこと?」
 小首をかしげるおばあちゃんに、つい後退った。取り繕うように下手な笑みを浮かべる。
「私は何も聞いていなくて。でも杏さん、すごく楽しそうだからきっと大丈夫ですよ」
 おばあちゃんから視線を逃すように、眩しい店先へと目をやった。杏さんは今を楽しんでいるように見える。
「思い詰めたように見えたけれど、勘違いだったかね」
 話す前と表情はあまり変わらない。けれどもなぜか悲しそうに見えて仕方がなかった。おばあちゃんに言えずに、私に話せること。そこに親愛度は関係ないのだろう。それ以外に考えられるとしたら、私が死ぬからなのだろうか。
 どうせ死ぬから何を話してもいい。どんな相談をしても死んだ後には何も残らない。それが少しだけ悲しくて、薄暗い店内から外へ視線を逃し続けた。
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