ホムンクルス

ふみ

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「はる姉ってば、雑誌広げたまま寝てたよ。こう、頭をこっくりこっくりしながらさ」
 ちーちゃんのものまねを見て思い出した。雑誌を読んでいる途中、目を休めようと目をつぶって、そのまま眠ってしまったらしい。
「ごめん、ちーちゃん」
「ごめんなさい、でしょ?」
 まただ。気を抜くとすぐに遥を忘れてしまう。はにかみながら謝り、ちーちゃんと一緒に改札口を目指した。目的をともにする人は多いようで、涼しげな格好で大量の荷物を抱える人々にもまれながら、潮風が香る方へと足を進める。
 あまり知られていない隠れスポットといっても、紹介された時点で隠れてなんかいない。そうわかっていたのに、ビーチの認知度を侮っていたと反省せざるを得なかった。
「テントを置く場所、あるかな」
 折り畳み式テントが入ったバッグを手に、不安そうなちーちゃん。その不安が実現しないようにと、やや足早に改札を抜けたもののすぐに足を止めてしまった。
 いつも目にしていた息苦しい風景とは違い、ここには空を遮るものが何もない。緑が生き生きと風に揺れている。古民家が寄り添うようにして何軒も佇んでいる。小さな商店が空と共存している。そして主役のようにどこまでも広がる青空。
 思い描いていた夏が、すぐそこで待っていた。
「今日は日差し強いね。溶けちゃいそう」
「そうね、ええ。本当に」
 麦わら帽子のちーちゃんに見とれてしまった。いつものカラフルな姿とは全く違うレース付きの白ワンピ―ス。陽の光を反射して、本当に輝いているようにしか見えない。
「はる姉も麦わら帽子、持ってきた方が良かったんじゃない?」
「そうね。一応日焼け止めは塗ったけど、海の家で見付けたら買ってみようかしら」
「死ぬほど暑かったら言ってね。麦わら帽子貸すからさ」
「ありがとう」
 古びた矢印を目印にして、ビーチへと歩きだした。
 ちーちゃんに歩幅を合わせて少し早めに足を動かす。アスファルトに反射した日差しから目をそらせば、そよ風に揺れる木々と蝉の声が歓迎していた。吸い込まれそうな空も相まって、夏をぎゅっと詰め込んだ景色が広がっている。
「家族連れとかカップルが多いね」
 小さく振り返るちーちゃんに倣った。背後を点々と距離を置いて歩く人々。子連れや夫婦で遊びにきた家族が多いように見える。
「変な若い人たちだらけよりはいいと思うけど」
 顔を見ずに返事をしたせいか、ちーちゃんは何も言わない。顔を覗き込むと、じっと一点を見つめたまま足を動かし続けている。
 視線の先にいるのは、手を繋ぎながら歩く一組の男女。目に留まるような見た目や動きをしているわけではない。知り合いだろうか。首をかしげていると、左手にちーちゃんの手が滑り込んできた。
「ちーちゃん?」
 立ち止まってちーちゃんを見た。
「手、繋ごうよ」
 ちーちゃんがそっぽを向いた。
「周りも繋いでいるんだし、何も変じゃないよね。うん。普通だよ普通」
 ちーちゃんは恥ずかしさと視線を遠くに投げ、ただ前を見ている。その小さな頑張りが愛おしく、深く息を吸ってそっと指を絡めた。
「そうね、普通だものね」
 隙間を埋めるように指と指とを結ぶ。ちーちゃんを感じたくて華奢な体を引き寄せた。触れ合う肩と肩。いまだに慣れない触れ合いに手の力が弱まった瞬間、ちーちゃんが強く握り返した。
「もっと強く握って。離れないように、強くして」
 甘いわがままと腕に巻かれた細い腕。不安がる暇なんかないと小さな鼓動が告げている。幼い恋人がここまでしているのに、私は何を迷っているの。
 ちーちゃんの手を強く握り返す。互いに言葉は交わさない。鼓動の速さだけで今は精いっぱいだった。
 胸をくすぐる感情に満たされたまま十分ほど歩く。すると波の音と、楽しげな声が入り混じって聞こえてきた。民家と民家の間、細い隙間から見える二色の青が期待を大きく膨らませる。
「はる姉、急ごう」
 ちーちゃんの我慢がついに破裂した。揺れるワンピースを抑えることもなく大股で駆けていく。
 下着が見えないかヒヤヒヤしながら追うと、私たちの夏が待っていた。不確かに思えるほど透明な空と、大雑把に塗りたくられた入道雲。その下で大勢の人に埋め尽くされながらも、海はその青さを変えず、波を立てていた。
「海だよ。海、海、海!」
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