ホムンクルス

ふみ

文字の大きさ
12 / 97
-1-

12

しおりを挟む
「はる姉ってば、雑誌広げたまま寝てたよ。こう、頭をこっくりこっくりしながらさ」
 ちーちゃんのものまねを見て思い出した。雑誌を読んでいる途中、目を休めようと目をつぶって、そのまま眠ってしまったらしい。
「ごめん、ちーちゃん」
「ごめんなさい、でしょ?」
 まただ。気を抜くとすぐに遥を忘れてしまう。はにかみながら謝り、ちーちゃんと一緒に改札口を目指した。目的をともにする人は多いようで、涼しげな格好で大量の荷物を抱える人々にもまれながら、潮風が香る方へと足を進める。
 あまり知られていない隠れスポットといっても、紹介された時点で隠れてなんかいない。そうわかっていたのに、ビーチの認知度を侮っていたと反省せざるを得なかった。
「テントを置く場所、あるかな」
 折り畳み式テントが入ったバッグを手に、不安そうなちーちゃん。その不安が実現しないようにと、やや足早に改札を抜けたもののすぐに足を止めてしまった。
 いつも目にしていた息苦しい風景とは違い、ここには空を遮るものが何もない。緑が生き生きと風に揺れている。古民家が寄り添うようにして何軒も佇んでいる。小さな商店が空と共存している。そして主役のようにどこまでも広がる青空。
 思い描いていた夏が、すぐそこで待っていた。
「今日は日差し強いね。溶けちゃいそう」
「そうね、ええ。本当に」
 麦わら帽子のちーちゃんに見とれてしまった。いつものカラフルな姿とは全く違うレース付きの白ワンピ―ス。陽の光を反射して、本当に輝いているようにしか見えない。
「はる姉も麦わら帽子、持ってきた方が良かったんじゃない?」
「そうね。一応日焼け止めは塗ったけど、海の家で見付けたら買ってみようかしら」
「死ぬほど暑かったら言ってね。麦わら帽子貸すからさ」
「ありがとう」
 古びた矢印を目印にして、ビーチへと歩きだした。
 ちーちゃんに歩幅を合わせて少し早めに足を動かす。アスファルトに反射した日差しから目をそらせば、そよ風に揺れる木々と蝉の声が歓迎していた。吸い込まれそうな空も相まって、夏をぎゅっと詰め込んだ景色が広がっている。
「家族連れとかカップルが多いね」
 小さく振り返るちーちゃんに倣った。背後を点々と距離を置いて歩く人々。子連れや夫婦で遊びにきた家族が多いように見える。
「変な若い人たちだらけよりはいいと思うけど」
 顔を見ずに返事をしたせいか、ちーちゃんは何も言わない。顔を覗き込むと、じっと一点を見つめたまま足を動かし続けている。
 視線の先にいるのは、手を繋ぎながら歩く一組の男女。目に留まるような見た目や動きをしているわけではない。知り合いだろうか。首をかしげていると、左手にちーちゃんの手が滑り込んできた。
「ちーちゃん?」
 立ち止まってちーちゃんを見た。
「手、繋ごうよ」
 ちーちゃんがそっぽを向いた。
「周りも繋いでいるんだし、何も変じゃないよね。うん。普通だよ普通」
 ちーちゃんは恥ずかしさと視線を遠くに投げ、ただ前を見ている。その小さな頑張りが愛おしく、深く息を吸ってそっと指を絡めた。
「そうね、普通だものね」
 隙間を埋めるように指と指とを結ぶ。ちーちゃんを感じたくて華奢な体を引き寄せた。触れ合う肩と肩。いまだに慣れない触れ合いに手の力が弱まった瞬間、ちーちゃんが強く握り返した。
「もっと強く握って。離れないように、強くして」
 甘いわがままと腕に巻かれた細い腕。不安がる暇なんかないと小さな鼓動が告げている。幼い恋人がここまでしているのに、私は何を迷っているの。
 ちーちゃんの手を強く握り返す。互いに言葉は交わさない。鼓動の速さだけで今は精いっぱいだった。
 胸をくすぐる感情に満たされたまま十分ほど歩く。すると波の音と、楽しげな声が入り混じって聞こえてきた。民家と民家の間、細い隙間から見える二色の青が期待を大きく膨らませる。
「はる姉、急ごう」
 ちーちゃんの我慢がついに破裂した。揺れるワンピースを抑えることもなく大股で駆けていく。
 下着が見えないかヒヤヒヤしながら追うと、私たちの夏が待っていた。不確かに思えるほど透明な空と、大雑把に塗りたくられた入道雲。その下で大勢の人に埋め尽くされながらも、海はその青さを変えず、波を立てていた。
「海だよ。海、海、海!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

処理中です...