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「えっ。何これ」
ちーちゃんの声につられて思わず腕時計を二度見。六時三十五分。時間が間違っていないのなら、私たちの目がおかしいのだろうか。大勢の人で賑わう構内で、人の頭がわらわらと四方八方へと消えていくのをつい眺めてしまった。
「はる姉、あたし気付いたんだけどさ」
ちーちゃんが横に並んで同じ方を見つめている。
「そういえば高校生までの子たちって、もう夏休み始まってない?」
「あっ」
考えもしなかった常識と、こちらに向けられたちーちゃんの冷たい視線から逃れるように顔をそらした。今更、ちーちゃんの夏休みしか考えてなかったとは口が裂けても言えそうになかった。
「とにかく急ごうよ。ここまで来ちゃったなら、海に行くしかないもん」
「そうね……あの、ごめんなさい」
「気にしてないって。ほら、行こう」
ちーちゃんと早歩きで改札を通り抜けホームへと急ぐ。少しずつ早くなる鼓動。頭をよぎる最悪の結果。ちーちゃんの強張った顔。
荷物を抱えてエスカレーターを上り切れば答えが待っている。それによって今日の予定もがらりと変わってしまう。
「あれ、めちゃくちゃ空いてる」
ホームにたどり着き、ちーちゃんが私の分まで代弁してくれた。どうやら混んでいたのは一つ隣のホーム。数人がまばらに並ぶこちら側とは別世界のよう。
「なんだ。良かった」
急に力が抜けて膝に手を突いた。どこへ行く電車がそこまで混むのだろう。ちょっと気になるけれど、調べる気力すら残っていない。
疲れ切ってベンチに腰を下ろそうとした矢先、アナウンスが響き渡る。時間と行き先を耳に入れれば、乗る予定の快速電車。ホームに到着したのを見計らい、ちーちゃんの手を引いて乗り込んだ。
「ちーちゃん。喉乾いてない?」
まばらに席が埋まっている車内で。リュックと折り畳み式のテント、それから麦わら帽子を抱えて座るちーちゃんにペットボトルを差し出した。
「まだ大丈夫」
そう答えるちーちゃんはずっと上の空。正面の車窓に目を奪われ、口も半開きになっている。
初めて電車に乗った子どもならかわいいと純粋に思えるだろう。しかし二十歳を過ぎたちーちゃんのぼうっとした横顔……これはこれでかわいいけれど。
「外、面白い?」
都心部を過ぎ、青と緑半々の車窓を指さした。
「ううん。別に」
「じゃあどうしてずっと眺めているの?」
「難しいことを忘れられるから」
ほんの一瞬だけちーちゃんの目に陰りが見えた。
「難しいこと?」
「いろいろとね。生きるのって大変なんだよ」
小さな彼女の大きなため息。あえてそれ以上は聞かず、ほんの少し大人びた横顔を視界の隅に置いた。何か考えごともあるようだし、邪魔せず静かに過ごそう。
膝に置いたトートバッグから雑誌を取り出す。内容はスマホで見た夏のおすすめスポットのサイトとほとんど同じ。だけどスマホで見るのとは少しだけ味わいが違う。
事前に付箋を貼ったページを開いた。昨日までに何度も読み込んだけど、楽しさのあまり、暇さえ見付けては同じページを開いてしまう。
隠れスポットとして紹介されているのは、千葉の町にある小さな海水浴場。更衣室に設置されたロッカーは男女合わせて三十個ほどで、駐車場も十台あるかどうか。小ぢんまりとしたビーチは静かで穏やかだと載っている。
場所はどうあれ、ちーちゃんと遠出ができる。今にも顔に出てしまいそうな胸の高鳴りを表に出さないようにしながら、雑誌を頭から読み始めた。
「はる姉着いたよ。ねえ、起きて」
ちーちゃんの声。それに右膝が揺れている。薄く目を開けるも、ぼんやりとしていて焦点が合わない。そんな霞む視界の中、我先にと大勢の人が電車を降りていく。
もしかして着いた? はっと目覚め、慌てて荷物を持ってホームへと降りた。振り返る間もなく音を上げて閉まるドア。間一髪、間に合った。
ちーちゃんの声につられて思わず腕時計を二度見。六時三十五分。時間が間違っていないのなら、私たちの目がおかしいのだろうか。大勢の人で賑わう構内で、人の頭がわらわらと四方八方へと消えていくのをつい眺めてしまった。
「はる姉、あたし気付いたんだけどさ」
ちーちゃんが横に並んで同じ方を見つめている。
「そういえば高校生までの子たちって、もう夏休み始まってない?」
「あっ」
考えもしなかった常識と、こちらに向けられたちーちゃんの冷たい視線から逃れるように顔をそらした。今更、ちーちゃんの夏休みしか考えてなかったとは口が裂けても言えそうになかった。
「とにかく急ごうよ。ここまで来ちゃったなら、海に行くしかないもん」
「そうね……あの、ごめんなさい」
「気にしてないって。ほら、行こう」
ちーちゃんと早歩きで改札を通り抜けホームへと急ぐ。少しずつ早くなる鼓動。頭をよぎる最悪の結果。ちーちゃんの強張った顔。
荷物を抱えてエスカレーターを上り切れば答えが待っている。それによって今日の予定もがらりと変わってしまう。
「あれ、めちゃくちゃ空いてる」
ホームにたどり着き、ちーちゃんが私の分まで代弁してくれた。どうやら混んでいたのは一つ隣のホーム。数人がまばらに並ぶこちら側とは別世界のよう。
「なんだ。良かった」
急に力が抜けて膝に手を突いた。どこへ行く電車がそこまで混むのだろう。ちょっと気になるけれど、調べる気力すら残っていない。
疲れ切ってベンチに腰を下ろそうとした矢先、アナウンスが響き渡る。時間と行き先を耳に入れれば、乗る予定の快速電車。ホームに到着したのを見計らい、ちーちゃんの手を引いて乗り込んだ。
「ちーちゃん。喉乾いてない?」
まばらに席が埋まっている車内で。リュックと折り畳み式のテント、それから麦わら帽子を抱えて座るちーちゃんにペットボトルを差し出した。
「まだ大丈夫」
そう答えるちーちゃんはずっと上の空。正面の車窓に目を奪われ、口も半開きになっている。
初めて電車に乗った子どもならかわいいと純粋に思えるだろう。しかし二十歳を過ぎたちーちゃんのぼうっとした横顔……これはこれでかわいいけれど。
「外、面白い?」
都心部を過ぎ、青と緑半々の車窓を指さした。
「ううん。別に」
「じゃあどうしてずっと眺めているの?」
「難しいことを忘れられるから」
ほんの一瞬だけちーちゃんの目に陰りが見えた。
「難しいこと?」
「いろいろとね。生きるのって大変なんだよ」
小さな彼女の大きなため息。あえてそれ以上は聞かず、ほんの少し大人びた横顔を視界の隅に置いた。何か考えごともあるようだし、邪魔せず静かに過ごそう。
膝に置いたトートバッグから雑誌を取り出す。内容はスマホで見た夏のおすすめスポットのサイトとほとんど同じ。だけどスマホで見るのとは少しだけ味わいが違う。
事前に付箋を貼ったページを開いた。昨日までに何度も読み込んだけど、楽しさのあまり、暇さえ見付けては同じページを開いてしまう。
隠れスポットとして紹介されているのは、千葉の町にある小さな海水浴場。更衣室に設置されたロッカーは男女合わせて三十個ほどで、駐車場も十台あるかどうか。小ぢんまりとしたビーチは静かで穏やかだと載っている。
場所はどうあれ、ちーちゃんと遠出ができる。今にも顔に出てしまいそうな胸の高鳴りを表に出さないようにしながら、雑誌を頭から読み始めた。
「はる姉着いたよ。ねえ、起きて」
ちーちゃんの声。それに右膝が揺れている。薄く目を開けるも、ぼんやりとしていて焦点が合わない。そんな霞む視界の中、我先にと大勢の人が電車を降りていく。
もしかして着いた? はっと目覚め、慌てて荷物を持ってホームへと降りた。振り返る間もなく音を上げて閉まるドア。間一髪、間に合った。
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