ホムンクルス

ふみ

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「はる姉。あたしがいるよ」
 真っ白な視界に映ったこげ茶色のブーツ。顔を上げれば、小さな体が両手を広げて飛び込んできた。
「大事なものがなくなっても、記憶がなくなってもあたしはそばにいる。絶対に離れないよ」
 私を抱く温かさが、ぬくもりが、何度も忘れる大切なことを思い出させてくれた。
 私には、ちーちゃんがいる。
 もう、悩まなくていい。疑いこそしたけれど、実際に目の当たりにして真実だとわかった。この胸にある暖かな気持ちを信じていればいい。そこにある最愛の笑顔を愛していればいい。その気持ちだけ変わらなければ、きっと笑っていられる。
「ほんとはね」
 ちーちゃんが背中に回した手を緩めた。
「ここに来るのが怖かったの。あんな記憶、思い出さない方がいいに決まってる。でも信じてもらうためには仕方なくて……」
「私が案内させたんだから謝らないで」
 こちらを見上げたちーちゃんと目が合う。愛おしくて堪らない。だけどその気持ちをほんの少し我慢して微笑んだ。
「私ね、ちーちゃんへの気持ちに気付けたの。全部忘れてもちーちゃんが好き。私ともう一度――」
 その先を言う前に答えをもらってしまった。
 ちーちゃんが私の首元に腕を回して、くっ付けた唇を離そうとしない。突然の驚きと恥ずかしさで動けず、しばらくそうした後で、満足した様子のちーちゃんがゆっくりと体を離した。
「遅いよ。あたし、ずっと待ってたんだよ?」
 申し訳なくて俯くとちーちゃんが吹きだした。
「真に受けないで。そうだ、渡したい物があるの。まずはこれ」
 ちーちゃんのポケットから出たのは、黒い棒状のもの。よく見るとシンプルなヘアピンだった。どうしてこんなものを……あれ?
「私、ヘアピンしてなかったの?」
 前髪に触れても、いつもそこにあるはずのヘアピンはなかった。
「うん」
 ちーちゃんが口元を緩める。
「言うのも気まずくてさ、駅のコンビニで買っておいたんだ。やっと渡せるよ」
「気付いた時に言えばいいのに。だけどありがとう」
「それとこれも。こっちが本命なんだけどさ」
 ちーちゃんがリュックから小さな箱を取り出した。リボンで丁寧に包装されたそれには『はる姉お誕生日おめでとう』とかわいらしく書かれている。
「渡しそびれていたから、今日渡したいって思ってたの」
「いいの?」
「もちろん。誕生日プレゼントだからね」
 小さな手に包まれたプレゼント。受け取って箱を開ける。そこには小さな宝石をあしらったペンダントが輝いていた。銀色のチェーンに青い宝石がぶら下がり、白い世界に映えている。
「これってサファイア?」
「うん。一月の誕生石なんだって」
 ちーちゃんにしてはすごく粋なプレゼント。それがおかしくって笑みが漏れたけれど、それだけじゃない。きっと今日は忘れられない日になる。
「はる姉、お誕生日おめでとう」
 再び抱き着いてきたちーちゃんを反射的に抱きしめる。
 これが第一歩になるのだろう。白沢遥としての新しい記憶。ちーちゃんの恋人としての新しい未来。
 この愛を抱きしめた後なら大丈夫と、心の底からそう思えた。
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