ホムンクルス

ふみ

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 春の足音が聞こえ始める一月最後の日。ちーちゃんの二カ月にも渡る春休みに備え、一人外出を満喫している時だった。
「遥さん。こんにちは」
 平日のショッピングモール内、背後から掛けられた声に振り向く。ダークグレーのカーディガンを羽織る姿は姉そのもので、ちーちゃんの妹だと知っていても疑ってしまう。
「久しぶり。ともちゃん」
 明るくあいさつをしたつもりだった。しかしともちゃんの表情は暗い。じっとこちらを見つめたまま動かない。
「遥さん。少しお時間ありますか」
 ともちゃんが一歩踏み出した。顔の近さに面食らって言葉を発せない。
「あ、いきなりすみません」
 ともちゃんが咳払いをして一歩下がった。
「遥さんとずっと話したくて……今日が難しそうであれば、予定に合わせますので」
「時間はあるけど、そうね。ちーちゃんには内緒にしてほしいの」
「お姉ちゃんですか?」
 ともちゃんがまばたきを繰り返した。
「ええ。お願い」
 手を合わせると、不思議そうにしながらも頷いてくれた。さて、どこで話そう。なるべく長居できる所がいい。
「それじゃあうちで話しましょうか。ここからすぐなので」
 ともちゃんが歩きだす。そういえばこの辺りで家族と暮らしているんだっけ。私と暮らすことになって、ちーちゃんが実家を出たとか何とか言っていたような気がする。
「遥さん。こっちですこっち」
 背後からともちゃんの声が聞こえた。我に返って周りを見ると、どうやらアーケード商店街に来たらしい。ガラスの天板を通して差す光は弱々しいけれど、アパート近くの行き慣れた商店街よりは賑わっている。
 近道なのだろうか。ともちゃんの元に戻ると、角にあるお店の外階段を上っていってしまった。
「高山、精肉店?」
 そう掲げられたお肉屋さんを見据えた。
 ショーケースにずらりと並べられた赤身ブロック。焼き肉のタレやバーベキューセット。中でもコロッケが人気のようで、すでに売り切れと張り紙がしてあった。
 ここが、ともちゃんのおうち。そしてちーちゃんの実家。家族とここに引っ越して開業し、その後でちーちゃんが一人暮らしを始めたということになる。
 それなら店先の『創業50周年! 変わらぬおいしさ!』というのはどういうことなの。あの村で経営していた頃との合算なのだろうか。
 疑いの目を送っていると、ショーケースの向こうにいた店員と目が合った。すぐに目をそらす。しかし遅かった。黒いエプロンをしたガタイのいい男性が駆け足でやって来た。
「遥ちゃんじゃねえか。何か入り用かい?」
 無精ひげに埋もれた快活な笑顔。てっきり怒られると思っていたから、すぐに反応できなかった。
「あっ、えっと、ともちゃんに誘われて」
「ともちゃん? ああ、トモミか。そこの階段を上って、すぐ右の部屋。しばらく顔を見せないから、忘れちゃったのかい?」
 とりあえず愛想笑いを浮かべる。ともちゃんの本名はトモミ。忘れないよう覚えておこう。
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