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どれほど愛してくれても、それは遥を愛しているのであって私ではない。やっと、気が付いた。遅過ぎる。今更過ぎる。最初からわかっていた答えを今になって突き付けられた。
「はる姉ってば、またヘアピン忘れたの? うちにいても着けてって――」
「どうして」
「え?」
こちらに背中を向け、上着を脱ぎかけた千夏が固まった。
「どうして、駄目なの」
「駄目って何が? あたしははる姉がいないと――」
「千夏。もうやめて」
ぐるん。振り返った勢いで千夏の首が千切れてしまいそう。ずっと待ち望んでいた瞬間が、これほど悲しい光景だったなんて。
「全部思い出したの。私は遥じゃない。叶だって」
千夏が目を見開いて何か発している。だけど何も聞こえない。
「思い出したって、そんな」
信じられないと千夏の目が左右に泳ぐ。言い訳を考えているのだろうか。そんなものはいらない。私はただ、愛してほしいだけだったのに。
「それに見たの。千夏と遥がレストランに入るところを」
それが決定打になったのだろう。左右に揺れていた千夏の目が私に留まる。そのまま力が抜けたようにその場に座り込んだ。うな垂れる様子は糸の切れた人形のよう。
「あーあ」
千夏がゆっくりと天井を見上げた。
「うまくいってたのに。叶ちゃんってば、昔から天然のくせに勘は鋭いよね」
場違いな微笑みに目を丸くした。
「全部思い出して、叶ちゃんは何か気付いたの?」
「何かって、記憶喪失になった私を遥にしようとしたんでしょ」
「さっすが叶ちゃん。名探偵みたい」
ウインクまで飛ばしてきた千夏。追い詰められた場面で、どうしてそこまで余裕なの。謝れば済むと楽観的に考えているの?
「何があったのか全部聞きたい?」
「当たり前でしょ」
千夏のへらへらした顔に、むっとして一歩踏み込んだ。
「一年も遥として過ごしてきたんだもの。教えなかったらビンタするから」
「痛いのは嫌だなあ。わかった。教えてあげる」
千夏がいたずらっぽく笑った。
「病院に運ばれた叶ちゃんが記憶喪失だって聞いたら、あたしだけのはる姉を作っちゃえってなるでしょ? 実際、叶ちゃんはものすごくはる姉に似てたし」
笑みを崩すことなく、千夏がベッドに腰掛けた。
「だけど大変だったよ。叶ちゃんの職場に退職届を送って、住んでいたアパートを解約して新しくこの部屋を契約したんだよ? 家具もスマホも新しく用意してさ。身分証だって偽造したんだよ? あたしもやればできるもんだね」
薄ら笑いを浮かべる千夏をにらむと、肩をすくませた。
「どうして今になって遥と会ったの」
「ただの偶然。たまたま会ったから話しただけ。それを盛大に勘違いしちゃう叶ちゃん、かわいい」
千夏が腰を上げ、机の前に立った。そしてこちらに背を向ける。
「あの村もさ、三年前に山火事でなくなった無関係の村なんだよ」
「知ってる。どうりで村の名前がわからないわけよ」
「あたしも読めなくて、読み方を聞かれた時には焦ったよ。たくさんうそをつき過ぎて、時系列とかおかしくなってるけど、あたしの演技信じちゃったでしょ?」
背中を向けたまま千夏はしゃべり続ける。不審がって千夏の顔をうかがおうとすると、手元がせわしなく動いていた。
「何してるの?」
よく見れば、小さなメモ用紙に何かを殴り書きしている。
「叶ちゃんとの思い出を振り返ってるの。はる姉としてだけど、すごく楽しかった」
会話が成り立たないまま、千夏は何かを書き続ける。不自然な体勢で書いた崩れた文字は、一応文章として完成していた。
『二人で逃げてどこかで話したい』
「はる姉ってば、またヘアピン忘れたの? うちにいても着けてって――」
「どうして」
「え?」
こちらに背中を向け、上着を脱ぎかけた千夏が固まった。
「どうして、駄目なの」
「駄目って何が? あたしははる姉がいないと――」
「千夏。もうやめて」
ぐるん。振り返った勢いで千夏の首が千切れてしまいそう。ずっと待ち望んでいた瞬間が、これほど悲しい光景だったなんて。
「全部思い出したの。私は遥じゃない。叶だって」
千夏が目を見開いて何か発している。だけど何も聞こえない。
「思い出したって、そんな」
信じられないと千夏の目が左右に泳ぐ。言い訳を考えているのだろうか。そんなものはいらない。私はただ、愛してほしいだけだったのに。
「それに見たの。千夏と遥がレストランに入るところを」
それが決定打になったのだろう。左右に揺れていた千夏の目が私に留まる。そのまま力が抜けたようにその場に座り込んだ。うな垂れる様子は糸の切れた人形のよう。
「あーあ」
千夏がゆっくりと天井を見上げた。
「うまくいってたのに。叶ちゃんってば、昔から天然のくせに勘は鋭いよね」
場違いな微笑みに目を丸くした。
「全部思い出して、叶ちゃんは何か気付いたの?」
「何かって、記憶喪失になった私を遥にしようとしたんでしょ」
「さっすが叶ちゃん。名探偵みたい」
ウインクまで飛ばしてきた千夏。追い詰められた場面で、どうしてそこまで余裕なの。謝れば済むと楽観的に考えているの?
「何があったのか全部聞きたい?」
「当たり前でしょ」
千夏のへらへらした顔に、むっとして一歩踏み込んだ。
「一年も遥として過ごしてきたんだもの。教えなかったらビンタするから」
「痛いのは嫌だなあ。わかった。教えてあげる」
千夏がいたずらっぽく笑った。
「病院に運ばれた叶ちゃんが記憶喪失だって聞いたら、あたしだけのはる姉を作っちゃえってなるでしょ? 実際、叶ちゃんはものすごくはる姉に似てたし」
笑みを崩すことなく、千夏がベッドに腰掛けた。
「だけど大変だったよ。叶ちゃんの職場に退職届を送って、住んでいたアパートを解約して新しくこの部屋を契約したんだよ? 家具もスマホも新しく用意してさ。身分証だって偽造したんだよ? あたしもやればできるもんだね」
薄ら笑いを浮かべる千夏をにらむと、肩をすくませた。
「どうして今になって遥と会ったの」
「ただの偶然。たまたま会ったから話しただけ。それを盛大に勘違いしちゃう叶ちゃん、かわいい」
千夏が腰を上げ、机の前に立った。そしてこちらに背を向ける。
「あの村もさ、三年前に山火事でなくなった無関係の村なんだよ」
「知ってる。どうりで村の名前がわからないわけよ」
「あたしも読めなくて、読み方を聞かれた時には焦ったよ。たくさんうそをつき過ぎて、時系列とかおかしくなってるけど、あたしの演技信じちゃったでしょ?」
背中を向けたまま千夏はしゃべり続ける。不審がって千夏の顔をうかがおうとすると、手元がせわしなく動いていた。
「何してるの?」
よく見れば、小さなメモ用紙に何かを殴り書きしている。
「叶ちゃんとの思い出を振り返ってるの。はる姉としてだけど、すごく楽しかった」
会話が成り立たないまま、千夏は何かを書き続ける。不自然な体勢で書いた崩れた文字は、一応文章として完成していた。
『二人で逃げてどこかで話したい』
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