ホムンクルス

ふみ

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 三週間ぶりの外出は中々に厳しい。普通に生活していれば味わうことのなかった気だるさに、驚きを隠せなかった。
 透明な空の下、舗装されたアスファルトの上で立ち止まる。膝に手を突いて呼吸を整えた。花見に行こうと毎日誘われ、根負けした自分が恨めしい。まさか歩きとは思わなかった。
「叶ったらもう疲れたの?」
 軽快に進んでいたはずの遥が戻ってきていた。薄い水玉模様のワンピースから伸びる健康的な手足に目がいってしまう。かつて演じていた遥よりずっとおしとやかだ。
「引きこもっていた人間を連れ出して、二キロも歩かせて正気? やっぱり最初に言っていた、雑誌で見た河川敷に行かない?」
「あそこよりもいい場所を見付けたって言っているじゃない。叶ってばわがままね」
「こっちのせりふなんだけど……ねえ、今からでもいいから電車にでも乗らない?」
「それは駄目」
 遥の人さし指がピンと伸びた。
「こんなに天気がいいのに、電車になんか乗ったらもったいないわ」
「そっちの方が有意義に時間を使えると思うけど?」
 反論するも、遥は首を横に振った。
「おいしい空気を吸いながら、のんびりお花見に行く。交通インフラの整った現代で、あえてやるから楽しいのよ」
「今からタクシー拾わない?」
「帰りはそうしてあげる。ほらほら、もうすぐ着くから頑張ってちょうだい」
 遥は軽やかに、風に揺れるワンピースを押さえもしない。
 本当に桜があるのだろうか。遥の屋敷を出て線路をなぞりながら北上しているものの、街路樹以外はいまだに見当たらない。
「叶、着いたわ」
 明るい声にゆっくりと首が傾く。目の前に公園は広がっているものの、桃色の風景は微塵も視界に入らない。
「ねえ、桜は?」
「まだ秘密」
 ウインクを置いて公園に踏み込んだ遥。その背中を追おうとして、足が止まった。
 遠ざかる背中が、なぜかかつての背中と重なって見えた。目をそらしても、あの姿がこびり付いて頭の中から消えようとしない。遥と千夏は何もかもが違うのにどうして。
 暗い顔色を見られないよう、俯きがちに遥を追った。芝の青さを目に入れながら日向を進む。
「ここを上ればすぐね」
 丘へと続く階段を、遥がこれまた軽快に上っていく。ここを上れば、この深く沈んだ気持ちもある程度は良くなるだろう。そんな期待を胸に、小さく揺れる長い髪を追い掛けた。
 思いの外短い階段を上り切り、丘の上で仁王立ちしていた遥の横に並んだ。
「ね、結構いいでしょう?」
 遥がこちらに向けた笑み。それよりも目の前に広がる景色に心を奪われた。
 河川敷に沿うように植えられた桜並木。まるで薄紅色のカーテンが揺れているようで、有名スポットというのがよくわかった。
「すごく、きれい。来て良かった」
「それ、本気で言っているの?」
 遥が眉間にしわを寄せている。
「もちろん。こんなにもきれいな桜、久しぶりに見たよ」
「それならどうして笑っていないの?」
 遥に指摘され、とっさに触れた口元はほんの少しも動いていない。
 こんなにもきれいな桜を目の当たりにしている。救ってくれた遥と一緒に見ている。心配してくれる人がすぐそこにいる。
 それなのにどうして笑えないのだろう。
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