ホムンクルス

ふみ

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 枕元のリモコンを手にし、明かりをつけて不満を遥に投げた。動揺したのか、畳が大きく軋む。そして「襖の音でわかったの?」と遥が悪びれもせず肩をすくめた。
「夜は人肌恋しくなるものでしょう?」
 ワンピースタイプのパジャマがふわりと揺れる。月明かりが照らす枕元へ遥が一直線にやってきた。
「そんなの遥だけだって」
 少し重たい体を起こすと、遥も腰を下ろした。
「冗談よ。一人で寂しがっている叶を元気付けようと思ったの」
「寂しがるわけないでしょ。私のこと、小学生だと思ってない?」
「精神的に傷付いた女の子なんて、小学生と同じでしょう? 余計に心配するわ」
 遥が掛け布団に手を置いた。
「叶はいつも大丈夫って無理して、何も話してくれないじゃない」
「一人で解決できるからね」
 悪態をつけば、途端に遥が顔を寄せてきた。その目に冗談めいたものは感じない。心の底から心配していると思わせる瞳だった。
「私にそんなうそが通用すると? あまり見くびらないでくれる?」
 目鼻立ちの整った顔から漏れる吐息。鼻の頭がくすぐったい。そんな軽い感想を言えないほど場の空気が重い。ちゃかして関係が悪化するよりは、素直に受け入れた方がいいか。
「わかった。わかったから」
 敷布団に一人分のスペースを空けた。
「心配なら横にいていいから」
「さすが。わかっているじゃない叶」
 真面目な仮面を脱いだ遥が、柔らかい笑みで布団の中へと潜り込んだ。やっぱりやめるんだった。そんな後悔を抱えながら布団に入り、明かりを消そうと枕元のリモコンへ手を伸ばした。
「ちょっと?」
 遥が肩を叩いてきた。
「もう寝てしまうの? 昔はあんなに夜遅くまで語り合ったのに」
「そうだった?」
 とりあえず手にしたリモコンを置いて、腕を布団の中へと戻した。
「そうよ。叶が好きだったアイドルについて、いろいろと聞かせてくれたじゃない。忘れたとは言わせないわよ?」
 遥の嫌な笑みに、過去の記憶を瞬時に思い出してしまった。私がかつて、沼に沈むように入れ込んでいたアイドル。
 貧乏なりに貯金してグッズを買ったりライブに行ったり。ひどい時にはドームツアー全てに参加もしたっけ。今となっては少し恥ずかしい黒い思い出だけれど。
「あの時から叶は一途だったわね。好きに一直線で周りなんか見向きもしないで。でもどうして追い掛けるのをやめてしまったの?」
「引退して結婚したから」
「それじゃあどうしようもないわね。でも叶のそういうところ、私好きよ?」
 黒歴史を褒められても。つい恥ずかしくなってさっとリモコンに手を伸ばしボタンを押した。
「もう寝てしまうの? 恋バナとかもしましょうよ」
「恋バナはまた今度。おやすみ」
 遥に背を向けた。掛け布団を頭まで被り、体を軽く曲げる。何か夢を見ていたような気がするけれど、また見られるといいな。全てを忘れられる楽しい夢であれば何だって――。
「叶」
 背中に触れた柔らかい感触。気付いた瞬間に眠気は驚きへと変わった。うなじに掛かる甘い息。背中に触れるかすかな膨らみ。それと腰に回されたか細い腕。
 普段なら何とも思わないそれらに意識が集中して、頭の中が白く染まりだす。
「叶に聞きたいことがあるの」
 まるで独り言のような感情のなさ。起伏がなさ過ぎて遥の本心がうかがえない。
「どうして今日、私を見てくれなかったの」
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