ホムンクルス

ふみ

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「え?」
 脳内からあふれた疑問符が口から漏れた。遥は何が言いたいの。今日一日を通して、私はずっと遥を見ていた。笑顔だけではない。むすっとした顔も振り返りざまの楽しげな表情だって覚えている。
「ずっとどこか遠くを見ていたじゃない。叶は、私が嫌い?」
 か細い声は儚く消えた。隠していた千夏の影に気付いていたんだ。恐らくどんな言い訳をしても、勘のいい遥は納得しない。それならもう、きちんと伝えなければ。
「嫌いとかじゃない。ただ、千夏がまだ心の中にいるの」
 振り返らず、独り言のように呟いた。
「ちーちゃんが、まだ?」
「遥が千夏と重なって見えるの。気分を悪くしたなら、ごめん」
 これで遥はわかってくれるだろうか。ただの杞憂だったと、胸を撫で下ろしますように。
「叶は、悪くない。私が全部、私が悪いのよ」
 予想もしなかった涙声。とっさに体を起こし再び明かりをつけた。掛け布団を捲れば遥が体をくの字に曲げ、顔を覆って小さく震えている。
「私が守れなかったからいけないの。私がずっとそばにいたなら、こんなことにはならなかったわ」
 遥を見下ろし、触れることさえできない。
「自分のふがいなさが情けなくて、本当に、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「悪いのは千夏で、遥は何の関係も――」
「そんなことない!」
 遥がくしゃくしゃに濡れた顔で飛び込んできた。痛いくらいに強く抱く腕と濡れる胸元。何も考えずに、艶のある黒髪にそっと手を置いた。
「叶は私のこと、どう思っているの?」
「どうって、すごく優しい幼なじみだよ。こんなにも心配してくれるんだもの」
「私はそうじゃない」
 遥の頭を滑っていた手が止まった。
「ずっと、ずっと好きだった。転校してきた叶を一目見たあの日から、一目惚れだったの」
 遥に触れていた手を離してしまった。
「幼なじみなんかじゃない。一人の女の子として、たとえ同性だとしても叶を愛しているの」
 遥が潤んだ瞳をこちらに向けた。顔を寄せれば唇に触れられる。愛を囁きながら頭を撫で続けることだってできる。返事の代わりに抱きしめることだってできる。
 それなのにどうして心は、微塵も動かないのだろう。
「それで千夏の告白を断ったの?」
 漂白された思考を必死に働かせる。いや、何も感じなかったからこそ、適当な問いが思い浮かんだのかもしれない。
「叶しか見ていなかったもの。当たり前じゃない」
「千夏にあそこまで怒っていたのも?」
「ええ」
 遥が頷いた。
「好きな人が傷付けられて、私は何もできなかったのよ。その八つ当たりで強く当たってしまったわ。いけない、ことよね」
 遥のうかがう視線にため息を返した。
「しばらくは我慢しようと思っていたけど、できなかったの」
「我慢って?」
「叶に告白する我慢よ。精神的に参っている叶に、これ以上負担を掛けたくなくて……軽めのスキンシップ程度で抑えていたの」
「添い寝って軽めなの?」
 薄ら笑いでちゃかしたものの、冷たい視線を送られすぐに口を閉ざした。
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