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二択の上で指が震える。後数ミリ、軽く動かすだけで過去と別れられる。しかし何かがそれを拒んでいる。
それはきっと、千夏と会って話さないとわからないのだろう。その後でしか、この数ミリという長い距離は埋められそうにない。
胸に詰まった靄をため息に乗せ、写真整理を諦めた。それでもスマホを離さず、インストールしたアプリ一覧を眺めていると、見知らぬアプリが目に留まった。
「何だろうこれ」
自分自身に聞いても記憶にはない。盾のマークにSAFEと記され、どことなくセキュリティアプリに見える。千夏がスマホを準備した時に入れたのだろうか。
ためらうことなくアプリを起動してみると、すぐにパスワードを求められた。起動するのにパスワードがいるの? 嫌な予感がする。
アプリを閉じてブラウザを開き、検索欄にアプリの名前を打ち込んだ。検索結果として並んだ情報に思わず目を疑った。
『GPS追跡アプリ』
家族や恋人の居場所をGPSで追跡。カモフラージュのために、ウイルス対策アプリ風のアイコンにしたと書かれてある。
「全部、知ってたの?」
すっかり忘れていた謎が目の前で弾けた。千夏は全てを知っていたんだ。私の行動は筒抜けで、一人で外出していたことも知っていた。それならどうして、何も言わずに黙っていたのだろう。
私を一人で外出させなかったのは、記憶を取り戻すのを恐れたから。それなら目をつむっていた理由は? 皆目見当もつかない。実家に行ったことも知っていただろうし、どうして泳がせていたのだろう。
思い返せば、ふたをしたはずの疑問が湧きでてくる。千夏が見逃してくれた理由に始まり、千夏が見せてくれた謎のメモ。私の退職やアパートの解約を千夏一人でこなしたことも。
他にも聞きたいことは山のようにある。どうしようかと眉をひそめた時、胸の一番奥にあるものに火が灯った。
もう一度、千夏に会いたい。
喜びか怒りか。そのどれでもない真っさらな想い。それがどんな色なのかここで考えても答えは出ない。出ているような気もするけれど、とりあえず会いに行ってみよう。
千夏に聞きたいことを聞いて、想いを告げる。それは一言でいい。何も飾らずに、気取らずに、自分の言葉で率直に。それ以上言葉を並べると、未練がましくなってしまうだろうから。
正午を迎え、不動産からのメールを確認した後で身支度を始めた。
千夏に居場所が気付かれないようスマホは置いて行こう。財布だけあれば何とかある。
遥に黙って屋敷を出て、アーケード商店街へ向かった。五分ほど歩いてすぐに見えてきたのは錆ついた書店の看板。それから店の前で座り、起きているのか眠っているのかわからないおばあちゃん。怪しげな占いの館を通り越し、十字路の角にある高山精肉店へとたどり着いた。
「あの、こんにちは」
無人のカウンターに、緊張しながら声を掛けた。ポニーテールにパーカーという叶スタイルなら、千夏のお父さんもきっと気付いてくれるだろう……多分。そうだと信じたい。
妙な居心地の悪さに目を泳がせていると、奥から一人の女性が現れた。その顔は忘れもしない。千夏のお母さんだった。
「ちょっと叶ちゃんじゃないの! 今までどこに行っていたの?」
それはきっと、千夏と会って話さないとわからないのだろう。その後でしか、この数ミリという長い距離は埋められそうにない。
胸に詰まった靄をため息に乗せ、写真整理を諦めた。それでもスマホを離さず、インストールしたアプリ一覧を眺めていると、見知らぬアプリが目に留まった。
「何だろうこれ」
自分自身に聞いても記憶にはない。盾のマークにSAFEと記され、どことなくセキュリティアプリに見える。千夏がスマホを準備した時に入れたのだろうか。
ためらうことなくアプリを起動してみると、すぐにパスワードを求められた。起動するのにパスワードがいるの? 嫌な予感がする。
アプリを閉じてブラウザを開き、検索欄にアプリの名前を打ち込んだ。検索結果として並んだ情報に思わず目を疑った。
『GPS追跡アプリ』
家族や恋人の居場所をGPSで追跡。カモフラージュのために、ウイルス対策アプリ風のアイコンにしたと書かれてある。
「全部、知ってたの?」
すっかり忘れていた謎が目の前で弾けた。千夏は全てを知っていたんだ。私の行動は筒抜けで、一人で外出していたことも知っていた。それならどうして、何も言わずに黙っていたのだろう。
私を一人で外出させなかったのは、記憶を取り戻すのを恐れたから。それなら目をつむっていた理由は? 皆目見当もつかない。実家に行ったことも知っていただろうし、どうして泳がせていたのだろう。
思い返せば、ふたをしたはずの疑問が湧きでてくる。千夏が見逃してくれた理由に始まり、千夏が見せてくれた謎のメモ。私の退職やアパートの解約を千夏一人でこなしたことも。
他にも聞きたいことは山のようにある。どうしようかと眉をひそめた時、胸の一番奥にあるものに火が灯った。
もう一度、千夏に会いたい。
喜びか怒りか。そのどれでもない真っさらな想い。それがどんな色なのかここで考えても答えは出ない。出ているような気もするけれど、とりあえず会いに行ってみよう。
千夏に聞きたいことを聞いて、想いを告げる。それは一言でいい。何も飾らずに、気取らずに、自分の言葉で率直に。それ以上言葉を並べると、未練がましくなってしまうだろうから。
正午を迎え、不動産からのメールを確認した後で身支度を始めた。
千夏に居場所が気付かれないようスマホは置いて行こう。財布だけあれば何とかある。
遥に黙って屋敷を出て、アーケード商店街へ向かった。五分ほど歩いてすぐに見えてきたのは錆ついた書店の看板。それから店の前で座り、起きているのか眠っているのかわからないおばあちゃん。怪しげな占いの館を通り越し、十字路の角にある高山精肉店へとたどり着いた。
「あの、こんにちは」
無人のカウンターに、緊張しながら声を掛けた。ポニーテールにパーカーという叶スタイルなら、千夏のお父さんもきっと気付いてくれるだろう……多分。そうだと信じたい。
妙な居心地の悪さに目を泳がせていると、奥から一人の女性が現れた。その顔は忘れもしない。千夏のお母さんだった。
「ちょっと叶ちゃんじゃないの! 今までどこに行っていたの?」
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