ホムンクルス

ふみ

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「遥ちゃん。こんにちは」
 すっかり様変わりした部屋で遊ぶ遥。優しく声を掛けると、一目散に飛んできてくれた。
「遅いよ。来ないのかと思っちゃった」
「ごめんね、遅くなって」
 遥の頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めた。かつて見た冷酷な顔はすっかり蕩けきり、本当に別人のようだった。いや、ヘアピンを着けなくなったことも相まって、別人と言われても何の違和感もない。
 それは部屋も同じだった。かつて座卓と本棚というシンプルだった和室は今や、ピンク色の文房具やぬいぐるみであふれ返っている。本棚に並んでいた小説も児童向けの本に入れ替わり、至って普通の子ども部屋になっていた。
 とうに慣れた寂しさを肌で感じながら畳に座る。すぐに遥もそばにやってきて腰を下ろした。
「遥ちゃん。あのね」
「何か思い出した? って聞くんでしょう?」
 遥がにっこりと笑う。
「いつも初めにそう聞くから覚えちゃった。でもね、大人になってからのことは何も思い出せないの。ごめんなさい」
「誰が悪いってわけではないから謝らないで」
 背を丸めた遥の肩に手を置いた。返ってきた年相応の笑みを見ていると、いつものこととはいえ、複雑な心境になってしまう。
 一年前のあの日から、遥は何も変わっていない。記憶は戻らず手掛かりすらもない。通っていた大学を中退して屋敷で過ごしているけれど、兆しすら見えない毎日にもどかしさを感じずにはいられなかった。
「ねえ、お買い物に行きたい。叶ちゃんにお洋服選んでほしいの」
「私に? いつもはお母さんが買っているのに?」
「叶ちゃんに選んでほしいの。ねえ、お願い。一生のお願い」
 腕に抱き着く遥は千夏そっくり。そのかわいさに頷く他なかった。
「それじゃあ準備してから行こうか。遥ちゃんが着替えている間に、お母さんと話してくるね。どこにいるか知ってる?」
「さっきテレビ見てたよ」
 テレビとなると居間か。礼を伝えて小さく手を振り、笑顔のまま部屋を後にした。
 入り組んだ廊下も何度も訪れれば記憶に残り、今ではもう迷うことはない。思考の深みにはまりながら無意識に足を動かしていく。
 今日で遥に会うのは何度目だろう。何度会ったって遥の笑みに変わりはない。あの頃の愛くるしい表情で出迎えてくれるだけ。
 その度に、平然を保とうとする心に小さな波紋が広がっていく。顔を見合わせるだけで胸はざわつき、笑顔を見るだけで鼓動が早くなっていく。
 この気持ちこそが、答えなのだろうか。
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