理由あり聖女の癒やしの湯 偽物認定されて処刑直前に逃げ出した聖女。隣国で温泉宿の若女将になる

でがらし3号

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姉妹の冒険者

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 私はナンシーと顔を見合わせると、互いに何も言わずに悲鳴の主を探しに走る。
 余程の事が有ったに違いない。
 
「若女将、あれを!」

 ナンシーに言われるまでもなく、フロントに血塗れの女性が2人も居る光景が視界に入った。
 他には人影が無いので、悲鳴の主は頻りに周囲を伺っている方の女性だろう。

「どうされました?」
 
「あっ、あの、助けて下さい!」

「ですからお客様、事情をご説明ください」

「たっ、助けて。助けて」

 よく見ればこの2人、年齢は私と同じ位で駆け出しの女冒険者コンビって感じだ。
 そしてさっきから繰り返して助けを求めているのはその身成からして軽戦士、もう1人は魔術師かしら?
 魔術師の方は右腕の肘の辺りを頻りに気にしながら苦悶の表情を浮かべるだけで何も言わない。
 いや、言えないのだろう。痛みで。

「お客様、落ち着いて下さい」

 今度はナンシーがなだめてみる。それでもまだ落ち着かない様だ。
 
「お客様、こちらで事情をお聞かせ下さい」

 宿の経営者としては血塗れの人間、更に言えば若い女性、しかも2人。フロントにいつまでも居て欲しい人ではないわね。話を聞くにしても人目に付かない所で聞きたい。

「助けて、助けて」
 
 小部屋に移動したけどまだこの状態。気分は変わらなかったか。かなり錯乱しているみたいね。

「若女将、あちらのお客様はかなり混乱されています。もう1人のお客様はマントで隠していらっしゃいますが」

 ナンシーが小声で話し掛けて来た。

「右腕、肘から先を切り落とされています。まだそれほど時間は経っていないようですが」

「判ったわ。能力ちからを使うわ!」

「しかし若女将、若女将が元聖女で在ることが悟られない様にしませんと」

 私とナンシーが日々心配している事が有る。それは私の正体が第三者に知られる事だ。
 もしも私が、隣国から脱出した聖女である事が誰かに知られたのなら、かなり拙い。 
 万が一にもそれが祖国にまで伝わった場合、私自身は国外に居るので無事だと思うけど、私の脱出に手を貸してくれたダミアンさんや部下の皆さんを危険に晒す事になるのは間違い無い。
 あの王妃の事だ。ダミアンさんやそのご家族まで処刑されるだろう。私が助けたと言うお孫さんまで。
 そんな事は絶対にさせない!

「そこは気を付けるわ。でもあの娘はあのまま右腕を失ったままじゃ大した魔法は使えないし、生活に支障が有るわよ」

「畏まりました」

 ナンシーは軽戦士を一瞥すると魔術師の横に腰掛けた。軽戦士の方は放置する事にしたみたいね。

「お客様、お名前は?」
 
「ウッウゥー…、シンシア。こっちは、ウッ、ハァハァ、妹のケイト」

「お願いします、お姉ちゃんを助けて!」

 姉妹だったのね。よく見れば似てるかも知れない。二人共赤い髪で。

「ここのお湯は何にでも効きます。痛い所を見せて下さい」

 シンディは恐る恐るマントをめくる。最後は躊躇っていたけど、一呼吸置いて切断された右腕を露わにした。

「ギャー! アー!」

 前職が聖女とその侍女だったので、私もナンシーもこの手の患者は見慣れている。姉妹の方はと言えば、シンシアは終始無言を貫いているけど、妹のケイトの方は1人で喧しい。まぁ姉の腕が切れたのなら無理も無いか。
 
「切れた腕は何処ですか? 上手に合わせて、ウチのお湯に浸した布を貼り付けて5日経てば元通りくっつきますよ」

 本当はそんな事をしなくても、私なら切れた腕が有れば元通りに出来る。
 でもそれだと聖女であることがバレる可能性が有る。だから怪我が治ったのは全て温泉のお陰にしないと。

「切れた腕……ですか…」

 そう言ったシンシアの目が虚ろになった。えっ? 変な事は言ってないよね?

「大丈夫よ、前にもお客様がそれで治ったから。『一角竜ウチ』のお湯は何でも効くのよ!」

「腕を出して下さい。すぐに着けましょう」

 私もナンシーも励ます様に言ったけど、状況は全然変わらないわ。

「ウッウッ、ウワーンッ!」

 今度はケイトが突然泣き出しちゃった。

「ごめんなさい。私のせいで!」

「ケイトのせいじゃないよ」

 泣き出した妹を力の無い声で慰める姉。
 でも悪いけど、この腕を治すのは時間との勝負なの。
 他の伝説になっている聖女は知らないけど、私は欠損を治すなんて出来ない。切れた腕を付ける事は出来ても、また生やすなんて無理だ。
 聖女の能力が有れば腕が何回でも生えるなんて程、人の身体は安くはないのだ。
 でも切れたとしても再び着ける事は出来る。聖女として何回も着けたけど跡も残らないから、姉妹揃ってそんな絶望した様な表情をしないでよ。希望は持ってなきゃ、冒険者なんて出来ないわよ。

「それで切れた腕は?」

「ありません」

「えっ?」

「魔の大樹海で魔物に持ち去られました」
 
 希望を奪うには十分過ぎる一言だった。
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