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ちょっとした事件
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何とか料理長には息子さんの所に行く事を延ばしてもらった。
その間に新しい料理人を探さないといけないのだけれども、これはかなり難しいわね。
こんな辺境まで来てくれる特異な料理人、しかも腕利きとなると不可能かも知れないわ。
「取り敢えず収穫祭までは残るけどな、ヒュンダルンは魔物が増えてるって話だろ。それ以上は悪いが延ばせないな」
料理長が申し訳無さそう言うけど何とかもっと引き留めたいわね。
「そうよ、ヒュンダルンは魔物が多くなったらしいから、もう少し居れば?」
「いや、倅はともかく嫁や孫が心配なんだ」
「私は料理長が心配よ。息子さんに会う前に魔物に会っちゃうわよ!」
今のヒュンダルン王国って実は結構洒落にならない事態らしいのよね。
「俺は大丈夫だよ若女将。こう見えて魔物を狩ってのジビエ料理もした事が有るんだ。って言わなかったっけか?」
料理長ったら妙に自信有りげに胸を張るけど、そんな話は聞いてないわよ。
それにそれは若い頃の話でしょ。今の年齢を考えて欲しいけれどね。
「判ったわ。収穫祭までお願いね」
息子さん一家と共に暮らす事に胸を膨らませるこの頑固爺さんから夢を奪えないわ。
八方塞がりね。
◯▲△
料理長の一件を従業員の中でもナンシーにだけは話しておく。
何かしら思い付くかも知れないからね。
「若女将、私は料理に関しましては食材をカットだけは出来ますが逆に言えばそれしか出来ません。シンシアとケイトはホールしかした事がございません。最善の策としてはやはり料理人の求人を出すべきかと」
「やっぱりそうなるわよね」
そうは答えたけれど正直言えば難しいだろうな。
そう思っていた時、この『一角竜』に1台の馬車が近付いて来た。急いでいるのだろう、かなりのスピードみたい。余りにも音が大きいから部屋の中でも判ったわ。
仕方がないから出迎えてみたら女性が凄い勢いで走って来た。
「若女将! 若女将居る?」
用件は私? こっちはそんな大急ぎで来訪される覚えは無いけど。えーと、よく見れば村の農家の奥様だったわね。何の用だろう?
「どうかしましたか?」
「助けて!」
助けを求めているけれども、何だか酷く慌てているわね。何なの?
「子供が蛇に噛まれたの!」
「蛇?」
ちょっと待って。子供が蛇噛まれたのなら、少なくとも行くべき場所は温泉宿じゃないわよね?
「傷口からできるだけの毒は吸い出したけどこのままじゃ毒が!」
「ふぅぅ、うっぅぅ」
ちょっと覗かせてもらったら、馬車の中には辛そうに汗を滲ませている10歳位の男の子が寝かされて居る。
「それは判りましたよ。でも何でウチに?」
蛇の毒なら毒消し草で対処可能よね。
毒消し草とは薬草の一種で蛇とか虫の毒なら毒消し草を擦り潰した薬を塗れば何とかなる筈よ。
「毒消し草が無いの。お願い、助けて!」
「それなら傷口にウチのお湯を掛けましょう。ナンシー準備して。私は2人に落ち着いてもらうから」
「畏まりました」
ナンシーにだけ見える様に軽く微笑む。すると期待通りに私の意を汲んでくれたナンシーは足早にお湯を汲みに行く。後はもう元聖女の出番よね。
◯▲△
「お湯を汲んで参りました」
「ありがとう。それじゃ始めましょうか」
ナンシーがお湯を汲みに行って戻って来る間に母子は聖女の能力で既にぐっすりと寝かせてある。それでも子供の方は苦しそうだ。
それじゃ早速お湯に解毒作用を付与しましょうか。私はナンシーが汲んでくれたお湯に手を翳して身体を光らせる。
「そのお湯を傷口に掛けるのですか?」
「ううん、これは飲泉よ。飲んでもらって身体の内の毒を消すって事にするの」
「事にする。という事は実際には?」
「面倒くさいから直にやるわよ!」
私は子供の傷口に手を翳すと聖女の能力を使う。
すると何事も無かったかの様に傷口は治り、苦悶に満ちていた表情は穏やかな寝顔になった。
「あとは起きたらお湯を飲んでもらえば、温泉で治った事になるわよね?」
「流石は若女将です」
◯▲△
すっかり落ち着いた母子は、今度はゆっくりと馬車を走らせて帰って行った。こんな事を言い残して。
「後でお礼をお持ちします」
そんな気を使わなくても構わないのに。困った時はお互い様よね。
でも私はナンシーにこっそりと言ってみる。
「ねぇナンシー、お礼っていくらかしら?」
「そうですねぇ、毒消し草の価格を考えれば過度な期待はしない方がよろしいかと」
確かに毒消しはそこまで高くはない。それ故にナンシーの表情も渋いかと思いきや何か満足気だ。
久し振りに聖女っぽい事をしたからかしら?
でもこの苦しい経営状況だと期待せざるを得ないじゃない。
◯▲△
翌日、外の掃除を任せていたシンシアとケイトが馬車の接近を告げて来た。
「若女将、馬車がこっちに向かって来ます!」
「えーと、馬車は3台ですね。何を積んでいるのですしょうか?」
馬車を見付けたシンシアとケイトは何か楽しげに報告してくる。
馬車が3台、何かしら?
「若女将!」
「あら、もう大丈夫みたいね」
先頭が馬車には昨日の母子が乗っている。男の子も、もう何とも無いみたい。この私が能力を使ったのだから当然だけどね。
「ありがとう!」
「もう蛇に不用意に近付いたら駄目よ」
この子ももう懲りたでしょ。
「それでお礼にと思ってね」
お礼を馬車に乗せて来たのね。何かしら?
「えっ?」
馬車の中身は大量のジャガイモ?
「ウチの畑で採れた物なの」
笑顔で説明してくれるのはいいけど、この大量のジャガイモがお礼なの?
「毒消し草とジャガイモの価格を考えると多過ぎます」
これだけのジャガイモが有れば毒消し草を何人前買えると思っているの?
「何を言ってるんだ! 若女将とここの温泉は息子の命の恩人じゃないか!」
後ろの馬車から声がしたけど、どうやら子供の父親みたいね。
「受け取ってくれよ若女将」
こうして暫くの間は『一角竜』自慢のバイキングにはジャガイモ料理が並ぶ事になる。
その間に新しい料理人を探さないといけないのだけれども、これはかなり難しいわね。
こんな辺境まで来てくれる特異な料理人、しかも腕利きとなると不可能かも知れないわ。
「取り敢えず収穫祭までは残るけどな、ヒュンダルンは魔物が増えてるって話だろ。それ以上は悪いが延ばせないな」
料理長が申し訳無さそう言うけど何とかもっと引き留めたいわね。
「そうよ、ヒュンダルンは魔物が多くなったらしいから、もう少し居れば?」
「いや、倅はともかく嫁や孫が心配なんだ」
「私は料理長が心配よ。息子さんに会う前に魔物に会っちゃうわよ!」
今のヒュンダルン王国って実は結構洒落にならない事態らしいのよね。
「俺は大丈夫だよ若女将。こう見えて魔物を狩ってのジビエ料理もした事が有るんだ。って言わなかったっけか?」
料理長ったら妙に自信有りげに胸を張るけど、そんな話は聞いてないわよ。
それにそれは若い頃の話でしょ。今の年齢を考えて欲しいけれどね。
「判ったわ。収穫祭までお願いね」
息子さん一家と共に暮らす事に胸を膨らませるこの頑固爺さんから夢を奪えないわ。
八方塞がりね。
◯▲△
料理長の一件を従業員の中でもナンシーにだけは話しておく。
何かしら思い付くかも知れないからね。
「若女将、私は料理に関しましては食材をカットだけは出来ますが逆に言えばそれしか出来ません。シンシアとケイトはホールしかした事がございません。最善の策としてはやはり料理人の求人を出すべきかと」
「やっぱりそうなるわよね」
そうは答えたけれど正直言えば難しいだろうな。
そう思っていた時、この『一角竜』に1台の馬車が近付いて来た。急いでいるのだろう、かなりのスピードみたい。余りにも音が大きいから部屋の中でも判ったわ。
仕方がないから出迎えてみたら女性が凄い勢いで走って来た。
「若女将! 若女将居る?」
用件は私? こっちはそんな大急ぎで来訪される覚えは無いけど。えーと、よく見れば村の農家の奥様だったわね。何の用だろう?
「どうかしましたか?」
「助けて!」
助けを求めているけれども、何だか酷く慌てているわね。何なの?
「子供が蛇に噛まれたの!」
「蛇?」
ちょっと待って。子供が蛇噛まれたのなら、少なくとも行くべき場所は温泉宿じゃないわよね?
「傷口からできるだけの毒は吸い出したけどこのままじゃ毒が!」
「ふぅぅ、うっぅぅ」
ちょっと覗かせてもらったら、馬車の中には辛そうに汗を滲ませている10歳位の男の子が寝かされて居る。
「それは判りましたよ。でも何でウチに?」
蛇の毒なら毒消し草で対処可能よね。
毒消し草とは薬草の一種で蛇とか虫の毒なら毒消し草を擦り潰した薬を塗れば何とかなる筈よ。
「毒消し草が無いの。お願い、助けて!」
「それなら傷口にウチのお湯を掛けましょう。ナンシー準備して。私は2人に落ち着いてもらうから」
「畏まりました」
ナンシーにだけ見える様に軽く微笑む。すると期待通りに私の意を汲んでくれたナンシーは足早にお湯を汲みに行く。後はもう元聖女の出番よね。
◯▲△
「お湯を汲んで参りました」
「ありがとう。それじゃ始めましょうか」
ナンシーがお湯を汲みに行って戻って来る間に母子は聖女の能力で既にぐっすりと寝かせてある。それでも子供の方は苦しそうだ。
それじゃ早速お湯に解毒作用を付与しましょうか。私はナンシーが汲んでくれたお湯に手を翳して身体を光らせる。
「そのお湯を傷口に掛けるのですか?」
「ううん、これは飲泉よ。飲んでもらって身体の内の毒を消すって事にするの」
「事にする。という事は実際には?」
「面倒くさいから直にやるわよ!」
私は子供の傷口に手を翳すと聖女の能力を使う。
すると何事も無かったかの様に傷口は治り、苦悶に満ちていた表情は穏やかな寝顔になった。
「あとは起きたらお湯を飲んでもらえば、温泉で治った事になるわよね?」
「流石は若女将です」
◯▲△
すっかり落ち着いた母子は、今度はゆっくりと馬車を走らせて帰って行った。こんな事を言い残して。
「後でお礼をお持ちします」
そんな気を使わなくても構わないのに。困った時はお互い様よね。
でも私はナンシーにこっそりと言ってみる。
「ねぇナンシー、お礼っていくらかしら?」
「そうですねぇ、毒消し草の価格を考えれば過度な期待はしない方がよろしいかと」
確かに毒消しはそこまで高くはない。それ故にナンシーの表情も渋いかと思いきや何か満足気だ。
久し振りに聖女っぽい事をしたからかしら?
でもこの苦しい経営状況だと期待せざるを得ないじゃない。
◯▲△
翌日、外の掃除を任せていたシンシアとケイトが馬車の接近を告げて来た。
「若女将、馬車がこっちに向かって来ます!」
「えーと、馬車は3台ですね。何を積んでいるのですしょうか?」
馬車を見付けたシンシアとケイトは何か楽しげに報告してくる。
馬車が3台、何かしら?
「若女将!」
「あら、もう大丈夫みたいね」
先頭が馬車には昨日の母子が乗っている。男の子も、もう何とも無いみたい。この私が能力を使ったのだから当然だけどね。
「ありがとう!」
「もう蛇に不用意に近付いたら駄目よ」
この子ももう懲りたでしょ。
「それでお礼にと思ってね」
お礼を馬車に乗せて来たのね。何かしら?
「えっ?」
馬車の中身は大量のジャガイモ?
「ウチの畑で採れた物なの」
笑顔で説明してくれるのはいいけど、この大量のジャガイモがお礼なの?
「毒消し草とジャガイモの価格を考えると多過ぎます」
これだけのジャガイモが有れば毒消し草を何人前買えると思っているの?
「何を言ってるんだ! 若女将とここの温泉は息子の命の恩人じゃないか!」
後ろの馬車から声がしたけど、どうやら子供の父親みたいね。
「受け取ってくれよ若女将」
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