理由あり聖女の癒やしの湯 偽物認定されて処刑直前に逃げ出した聖女。隣国で温泉宿の若女将になる

でがらし3号

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その頃一角竜では

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 エマ視点です。


 暇だわ。
 こんな事なら私も行って早めに切り上げて帰るって事にすればよかったわ。
 あ~ん、こうなったら今更後悔してもどうしようも無いわ。前向きに考えましょ。
 1人で出来る事。1人だから出来る事。う~ん、考えても出てこないわね。

 コンコン

 そんな時不意にドアがノックされた。まだ収穫祭が終わるには早いからお戻りになったお客様じゃないわよね?
 もしかして新規のお客様かしら?
 そんな事を思っているとガチャリとドアが開かれ、懐かしい顔が現れた。

「ちょっと、エマ居る?」

「えっ、大女将?」

 現れたのは私に『一角竜』の経営を任せてくれた大女将、つまりはオーナーね。
 去年まで現役で、引退するに当たって私に『一角竜』の経営を委ねたの。
 それ以来だわ。

「こんな突然来るなんて、どうかしました?」

「どうもこうもないさ。情け無い倅がさ、『一角竜ここ』を継ぐなんて今更言って来てね、アンタに何か悪さをするかも知れないから忠告に来たんだよ」

「大女将の息子さんが?」

 確か宿屋を継ぎたくなくて出て行ったと聞いているわ。それで引退した大女将は娘さんの所に身を寄せている。
 何でも王都で働いている娘さんは旦那さんを亡くしシングルマザーだそうで、大女将が色々と家事とか育児とか世話をしているみたい。

「どうも『一角竜』の評判が王都にも伝わったらしくてね、儲かるなら継ぎたいなんて抜かしているのさ」

 宿屋の仕事は身体も遣うし気も遣う。割が良いのかどうかは微妙だけどな。

「大体、アンタが居なくなったらここの温泉も普通の温泉に戻っちまうのにね」

 ちなみに大女将は私の正体を知っている。
 2年前、魔の大樹海を抜けて来た私とナンシーがこの辺境の宿屋に客として泊まった日、ちょっとした事件が起きた。


 ◯▲△



「お嬢様、人里です! この村に泊まりましょう!」

「そうねローザ、あっ、いえ、ナンシー!」

 魔の大樹海で女性冒険者の遺体から身分証を失敬して私はアリスからエマ、侍女のローザはナンシーになった。
 これで私はサラ、スカーレット、アリスと来て3回目の改名ね。
 ヒュンダルン王国から脱出する為に冒険者登録をした私達はヒュンダルン王国と隣国、ラビーワ王国との国境に在る魔の大樹海に入った。
 魔物は私の聖女の能力の1つである結界で、邪な考えで襲い掛かって来る人間はローザが実力で退けてきた。
 結局は魔の大樹海に半月くらい居たのかしら?
 その間は当然ながら木の根っこを枕にする生活で、ようやく魔の大樹海を抜けてヒュンダルン王国の支配下から逃れた私達はベッドで寝られる事に期待していたわ。

「お嬢様、今夜の宿屋ですけれども…」

 通りすがりの村人に宿屋の事を聞きに行ったナンシーの歯切れが悪いわね。何か有ったのかしら?
 
「この村の中に在った宿屋は廃業したそうです」

「えっ、それじゃ今日もベッドには有り付けないの?」

「申し訳ありません」

「ちょっと待って、ナンシーは悪くないでしょう。自分に責任が無い事まで謝らないでいいのよ」

 それにしても困ったわ。一応は聖女の能力の1つ、浄化を使って身体は綺麗にしているけれども、それとは別にお風呂にも入りたいし温かい食事も食べたい。そしてベッドで寝たいわ。
 その思いがナンシーを責める感じになったのかな? 悪い事をしたわ。

「如何しましょう?」

「そうね、この際だから贅沢は言わないわよ。雨風を凌げれば」 

 温かい食事とふかふかのベッドは次の町に取っておきましょう。
 何処かの小屋か何かでも良いからゆっくりと休みたいとか思っていた時に不意に声を掛けられる。

「お姉さん達、泊まる所を探しているのかい?」

 褐色の肌の小柄な中年男性が人懐っこそうに話し掛けて来た。
 私達が若い女の2人組だから近付いた様な邪な感じはしないけど注意するに越した事は無いわね。
 
「俺はここで漁師しているんだがな、偏屈な婆さんがやってる宿屋なら紹介するぜ」

「地元の漁師さんですか?」

「ああ、一応は網元だ。あそこならどうせ部屋は空いている。どうする?」

「少々お待ち下さい」

 私達は頭を付け合わせて話し込む。

「どう思う?」

「そうですね、悪い者ほど笑顔で近付く傾向にあります。しかしながらこの方から悪意は感じませんし、このままでは泊まる所が有りません。万一何かの企みだとしてもお嬢様は絶対にお守りしますので、敢えて話に乗るのも手かと」

「そうね。私が結界を張れば魔物は来ないし、食べ物に何か薬が入っていても浄化出来るわ。人間が相手ならナンシーの剣で何とかなるわね。取り敢えずは食べたいし寝たいわ」

 冒険者になってからここまで、会った男性の半分以上を撃退する羽目になっていた私達は、男性には疑心暗鬼だったけど腹は決まった。

「ご紹介願いますか?」

「おう!」

 網元は褐色な肌には不似合いな程に白い歯を浮かべた。
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