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【11話】いつまでも待ってる ※グレイ視点
しおりを挟むカフェ、ルーブル。窓際のテーブル席。
そこには、いつもより早い時間に到着したグレイが座っていた。
黒いジャケットを着て、いつもよりビシッと決めている。
傍らには、バラの花束が置いてあった。
「ルリル、早く来ないかな」
グレイは今日、ルリルに婚約を申し込もうとしていた。
ルリルはまさに、理想の女性だった。
容姿、声、中身、その全てが愛らしい。
これまで出会ってきた女性の中で、間違いなくナンバーワン。地上に舞い降りた天使だ。
ルリルと出会ってから、今この瞬間まで、彼女のことしか考えられなくなってしまっている。
四六時中、ずっと恋している。
ルリルとの婚約が成立すれば、シアンとの婚約を破棄するつもりでいる。
週明けにシアンに話そうと思っている大事な話とは、婚約破棄をつきつけることだった。
そうなれば、二人の今後の関係がガラッと変わる。
シアンには悪い気もするが、溢れるこの熱い気持ちを止められない。
「そろそろ来る頃だ」
時刻は午前九時。
店内の柱時計を見たグレイは、ピシッと背筋を伸ばす。
ルリルがいつ来てもいいように、心の準備を整えておく。
(大丈夫だ。ルリルはきっと、僕のことを受け入れてくる)
勝算はかなり高い。
先週のデートの最後、ルリルは『私、グレイ様のことを心の底から愛しています!』と言ってくれた。
つまり、両想いということ。
婚約したいと言えば、二つ返事で了承してくれるだろう。
天使のような甘い笑顔で、『とても嬉しいです!』と喜ぶルリルの姿が、容易に想像できる。
一分一秒が待ち遠しい。
はやる気持ちを抑えながら、じっとルリルを待つ。
それから、三十分ほどが経った。
ルリルの姿はまだない。
九時前後にはいつも来ているのに、ここまで遅れるのは珍しい。
もしかしたら、寝坊でもしているのかもしれない。
「寝ぐせが付いてるまま、ここに来たりして」
そんな想像をして、グレイは微笑ましくなる。
遅れていることに関しては、あまり深く考えなかった。
ボーンボーン。
店内の柱時計が音を鳴らす。
正午を知らせる音だ。
「どうして……どうして来てくれないんだ!」
強く握った拳を、机に振り下ろす。
ドンッという大きな音が、店内に響いた。
ここまで遅れているとなると、単なる寝坊とは考えられない。
不安が胸の中で、どんどん大きくなっていく。
(迎えに行くべきか)
そう考えるグレイだったが、ここで大きな失態に気付く。
ルリルについて彼が知っているのは、名前だけだ。
年齢や住所、そういった情報については何も知らない。
(こんなことになるなら、聞いておくべきだった……!)
気にならなかったので聞いていなかったことを、今更ながらに悔やむ。
「お願いだルリル! 早く来てくれ!!」
心の内を叫び散らす。
本当は今すぐにでも探しにいって、彼女を迎えに行きたい。
だが、それはできない。
ここでじっと待つこと以外、グレイには何もできないのだ。
太陽が沈み、夜闇が空を覆い始めた頃。
「お客様、そろそろ閉店の時間です」
ガクリと肩を落としているグレイに、店員が声をかける。
彼の対面には、誰も座っていない。
あれからずっと待っていたが、結局、ルリルは現れなかった。
「何か急な用事ができたんだよね。そのせいで、本当は来たかったのに来れなくなった。そういうことだよね、ルリル?」
ハハハ、と不気味な笑い声が漏れる。
やむを得ない事情で来れなくなった。
そう、グレイは考える。
裏切られたという可能性は、まったく考慮していない。
グレイとルリルは両想いなのだから、そんなことはあるはずがないのだ。
「安心してよ。僕は来週もここに来るから。その次の週もさらにその次の週も、これから先ずっとだ。君がいつ来てもいいように、ちゃんと待ってるからね」
ニコリと笑ったグレイは、対面の席に向かって優しい声色で語りかける。
そうすると、ルリルも笑ってくれたような気がした。
「ヒィッ……!」
誰もいない空間に語りかける姿は、狂気そのもの。
あまりの不気味さに縮み上がった店員は、グレイに声をかけられなくなってしまった。
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