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【29話】自分の気持ち
しおりを挟むウマイタケを求め、山中を散策していくリヒトとステラ。
しかしそれなりに奥の方まで来たというのに、お目当ての物はそう簡単には見つかってくれない。
「……もう少し奥に進むしかねぇな。ステラ、疲れていないか?」
「はい、大丈夫です」
そうは言っているものの、ステラの体はふらついているし、足も小刻みに震えている。
長時間の歩き回ったことの疲れがあるのだろう。
これ以上歩くのは大変そうだ。
見かねたリヒトは、ステラに背を向けてしゃがみ込む。
「乗れよ」
「そんなの悪いです! リヒトさんが大変になってしまいますよ!」
「大丈夫だ。小さい頃はよくレリエルをおんぶしていたからな。慣れてる」
ステラは逡巡していたが、やがて「失礼します……」と、申し訳なさそうに乗ってきた。
ステラをおぶって山道を歩いていくリヒト。
(思っていたよりヤバいな……!)
おんぶしながらの山道がキツイのではない。
美少女をおぶっているというのを意識してしまい、心臓が激しく暴れているのだ。
しかも、「リヒトさんの背中、とっても安心する」なんて言われる始末。
もう、気が気ではない。
その状態で一時間ほど山を登ったとき。
「止まって下さい!」
ストップをかけたステラが、「あそこの切り株を見てください」と指し示した。
切り株の上には、白色の傘のキノコが生えている。
それはまさしく、二人が探し求めていたキノコ――ウマイタケだった。
「やりましたねリヒトさん! さっそく採ってきます!」
「ありがとうな」
背中からステラを降ろし、頼んだ、と言おうとした時だった。
「待て」
切り株に向かっていこうとするステラを、リヒトは冷静な声で呼び止める。
「いいかステラ。俺の側から絶対離れるな」
銀色の体毛をした大きな狼が向かってくるのに、リヒトは気づいたのだ。
鋭く光る狼の目は、まっすぐにリヒトとステラを見ている。
獲物発見――そう言わんばかり。
今すぐにでも、襲い掛かってきそうだ。
「ルルルル!!」
そう思った側から、狼が地面を駆け飛びかかってきた。
しかし、このままやられる気はこれっぽちもない。
「くらえ!」
片手を突き出したリヒトは、火属性の魔法を発動。
大きな火の球が飛んでいく。
火の球は狼に直撃。
狼はバタンと倒れ、動かなくなった。
「……よし。これでもう大丈夫そうだな」
他の狼が、続けて襲ってくる様子はない。
どうやら群れではなく、一匹だったようだ。
「ステラ、もう離れても――」
「危ない!」
茂みから、突如として別の狼が飛び出してきた。
恐ろしい速度で飛びかかってきたそれは、鋭利な牙でリヒトの喉笛を食いちぎろうとしている。
もう一度魔法を発動しようとリヒトは片腕を動かすが、わずかに狼の方が速い。
(このままじゃやられる!)
だが、狼の牙がリヒトに届くことはなかった。
飛びかかってきた狼は、リヒトの前方に出現した巨大な魔法陣に衝突。
体勢が崩れる。
「今だ!」
その隙をついて、リヒトは火属性の魔法を発動。
襲撃してきた新たな狼を倒すことに成功した。
(今の魔法陣はいったい……)
リヒトの前に出現した魔法陣は、攻撃から身を守るための防御魔法。
しかも大きさからして、かなり強力なものだ。
だが発動したのはリヒトではない。
可能性があるとすれば、
「ステラ、お前が俺を守ってくれたのか?」
リヒトにぴったり体を寄せている彼女だけだ。
しかし、それはあり得ない。
ステラはほとんど魔法を使えない体質。
あんなに強力な防御魔法を使えるはずがないのだ。
「そうです…………たぶん」
どうして急に防御魔法を使えるようになったのか、ステラは自分でもよく分かっていなかった。
あの時は、とにかく必死だった。
リヒトの危機を前にして、『リヒトさんを守らなきゃ!』と強く感じた。
その瞬間全身に力が溢れ、防御魔法を発動することができたのだ。
今まで発動できなかった魔法が、どうして急に使えるようになったのか。
それはたぶん、大切な人を守りたいと強く願ったからだ。
リヒトという人間は、ステラの中でかなり大きな存在になっている。
だからこそ、確信したことがある。
(…………好き。私、リヒトさんが好きなんだ)
とんでもなく胸が熱い。
心というものを取り出して直に触れることができたのなら、きっと火傷してしまうだろう。
(これが……恋。誰かを好きになるって、こういうことなんだ)
これまでステラは、『恋』というものを知らなかった。
火傷しそうなくらい熱いのに手放したくない、なんだか不思議な気持ちだ。
「おい、大丈夫かステラ! 顔が真っ赤だぞ! ……もしかして、魔法を使った影響か!?」
「違うんです……!」
心配してくれているリヒトから、ステラは勢いよく顔を逸らす。
心音がいつもの倍――いや、五倍くらいに速い。
リヒトの顔を今見たら、心臓がどうにかなってしまいそうだ。
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