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【23話】違和感
呆気に取られているエレインを置き去りに、ノルンは話を進めていく。
「実は今、お姉様宛てに縁談が来ているんです。私も知っている方なのですが、高名な侯爵家の令息で、とても優しい紳士なんですよ。つまりは、良縁なのです。この話を受ければ、お姉様はきっと幸せになれる。これは間違いありません!」
両手を組んだノルンは、それを自らの胸にギュッと押し当てた。
口元には、優し気な微笑みが浮かんでいる。
「闇属性適性者であるお姉様は、これまでいっぱい辛い思いをしてきました。だからこれからは、辛かった分だけ幸せになって欲しいんです。だってお姉様は私にとってかけがえのない、大切な家族ですから!!」
吐き気がする。
何が、幸せになって欲しい、だ。何が、かけがえのない大切な家族ですから、だ。
虐げてきた張本人のくせして、よくもまあそんなことを平然と言えたものだ。
(縁談話は恐らく――というか、絶対に嘘ね)
条件の良い縁談話が本当に来ていたのなら、ノルンはもっと不機嫌になっているはず。
「エレインの分際で、こんなに良い条件の男と結婚するなんてありえない!」、なんて言って、憤りながら騒ぎ立てるのが目に浮かぶ。
今みたく演技をする余裕など、確実にないだろう。
縁談話が嘘だとしたら、ノルンの目的はエレインをレルフィール家に連れ帰ることにあるはずだ。
(嫌だ……!)
連れ帰りたい理由は分からない。
しかしそれが何であったとしても、絶対に帰りたくはなかった。
レルフィール家の人間は、エレインを奴隷として売ったのだ。
そこへ戻ったら、どんな惨い仕打ちが待っているのだろうか。
想像するだけでも、頭が引き裂かれてしまいそうになる。
それにだ。
この家を、エレインは離れたくなかった。
安らぎをくれた。幸せを与えてくれた。
そんな大切な居場所を手放したくない。
リファルトとフィオ。
二人とずっと一緒にいたい。
膝の上に乗っている手が、プルプルと震える。
全身を襲う恐怖に、叫び出しそうになってしまう。
「大丈夫だ」
震えているエレインの手の甲へ、大きくて温かな手が重ねられる。
隣に座っているリファルトの手だ。
たったの一言。
でもそれが、とてつもない安心感をエレインに与えてくれた。
エレインの手の震えが止まる。
リファルトがそう言ってくれたからには、もう大丈夫。怖いものはなくなった。
「生憎だが、貴様の言葉に耳を貸す気など毛頭ない」
「……へぇ。私のお願いを断るつもりですか」
ふふふ、とノルンの口元から愉快な声が上がる。
「お姉様は奴隷としてデルドロア家に売られました。ですがそれは、正式な文書ではありません。戸籍上では今も、お姉様はレルフィール家の人間なのです。となれば、リファルト様とお姉様は無関係。赤の他人です。それなのに身柄を渡さない……というなら、これはもう誘拐としか言いようがありません。つまりあなたは、立派な犯罪者なんです。私が衛兵に通報したら最後、リファルト様は投獄されてしまうのではないでしょうか?」
誇らしげに胸を張ったノルンは、リファルトへ見下した視線を送る。
私の勝ちです、と勝利宣言でもしているかのようだ。
「通報か。好きにやってみるがいい」
「…………は? 今、なんて?」
余裕たっぷりに浮かんでいた笑みが、ノルンの口元から消える。
「通報でも何でもしてみろ――そう言っている。そんなことをしても無意味だからな」
「……へぇ、流石は国内最高戦力。なかなかの度胸をお持ちのようですね。ですが、甘いのでは? そのようなハッタリなど、私には通じません」
「そうくるか。ならば、自らの目で確かめてみるといい」
リファルトは懐から書状を取り出すと、バッと広げてノルンに突きつけた。
それはエレインが初めてこの家に来たときに、リファルトへ渡したもの――父、ラントニオの謝罪文だ。
「これに書かれているのは、誠意がまったく感じられない駄文。そして、エレインを奴隷としてデルドロア家に売るということだ。つまり、エレインの身柄の決定権は俺にある」
「そんなものは、偽造しようと思えばいくらでもできます! 証拠になりません!」
「よく見てみろ。書状の最後には、レルフィール伯爵のサインと家印の箔押しがある。これでも貴様はまだ、証拠にならないと言い切るつもりか?」
ラントニオのサインと家印の箔押しがある以上、リファルトが持っている書状には法的な力がある。
エレインを誘拐したと衛兵に通報したところで、この書状がある限り無意味だろう。
唇を噛んだノルンは、「勝手なことして……! お父様の考えたらず……!」と、恨みがましい声をひり出した。
謝罪文にサインと家印の箔押しを施していたことは、知らなかったみたいだ。
「話はこれで終わりか? ならば早々に、この家から出て行ってくれ。貴様のような愚かしい人間とは、一秒でも早く別れたいのでな」
「この私に向かって、なんて口の利き方……!」
怒りの灯った瞳でリファルトを睨みつける。
今にも飛びかかっていきそうだ。
だが、ノルンはそうしなかった。
リファルトに背を向け、派手な足音を立てながらドアの方へ向かっていく。
話は無事に終わった。
これでレルフィール家に帰らなくてもいい。
大切な場所であるデルドロア家に、これからもずっといられる。
それなのにエレインは、穏やかな気持ちにはなれなかった。
違和感を感じずにはいられなかったのだ。
愚かしい――と罵倒の言葉を浴びせられたのだ。
プライドの塊でできているノルンにとって、この発言は看過できなかったはず。
いつもの彼女であれば、きっと飛びかかっていたに違いない。
けれど、そうしなかった。
睨みこそしたものの、リファルトの言うことを聞いて部屋を出て行こうとしている。
ノルンらしからぬこの行動。この不自然さ。
エレインにはそれが、恐ろしくてたまらなかった。
そのとき。
ちらりと見えたノルンの横顔。
口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
身も凍るような悪寒が背筋を襲う。
このままノルンを行かせては大変なことになる――そんな直感が走った。
「リファルト様。今から起こることは、どうか他言無用でお願いいたします」
立ち上がったエレインは、黒い光を全身に纏った。
それは魔法発動のための予備動作――魔力の均一化。
スッと腕を伸ばしたエレインは、それをノルンへと向けた。
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