田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

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第1部_「触れないための規則(ルール)

番外編2:英雄の背中を知る者

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王都の騎士団宿舎、その一角にある酒場。  任務を終えた騎士たちがジョッキを傾ける喧騒の中、現・騎士団長のグレイブは、部下の若手騎士たちに囲まれていた。

「団長! 聞かせてくださいよ、先代の話!」 「そうですよ! 『剣聖』アルベルト様の伝説を!」

 酒の勢いもあってか、若者たちの目はキラキラと輝いている。  彼らにとって、アルベルトは既に教科書の中の英雄か、あるいは「たまに王都に来る、くたびれた隠居おじさん」という認識しかない。そのギャップが余計に興味をそそるのだろう。

「……お前らなぁ。アルベルトさんは、自分の話が肴にされてると知ったら嫌がるぞ」 「いいじゃないですか。噂じゃ、訓練は地獄のように厳しくて、逆らう奴は半殺しにされたとか……」

 部下の一人が身震いしながら言う。  グレイブは苦笑して、ジョッキのエールを一口煽った。

「厳しい? いや、そんなことはなかったな」 「えっ、そうなんですか?」 「ああ。怒鳴り声なんて聞いたことがない。殴られたこともない。アルベルトさんは、いつだって静かだったよ」

 意外そうな顔をする部下たちに、グレイブは遠い目をした。  静かだった。そうだ、あの人はいつだって、嵐の前の凪のように静まり返っていた。

「ただな……『ついて来れる奴だけついて来い』なんて言葉すらなかった。あの人はただ、一人で先へ行ってしまうんだ。俺たちが泥を啜りながら必死で走っても、その背中は常に遥か彼方にあった」

 それが、どれほどの絶望感か。  叱咤激励されるほうがまだマシだ。完全に「次元が違う」存在を見せつけられる毎日こそが、何よりの猛訓練だった。

「俺も若かった。副団長に任命されたばかりの頃、あの人に手合わせを申し込んだことがある」

 場がどよめいた。  現役最強と謳われるグレイブ団長が、かつての剣聖に挑んだ一戦。

「当時の俺は天狗になっていた。アルベルトさんの強さは、あの特殊な『刀』と『研ぎ鞘』のギミックにあるんだと思っていたんだ。だから、条件をイーブンにすれば勝機はあると踏んだ」

 グレイブは懐かしむように語り出した。

          ***

 数年前、王宮の訓練場。  二人は安全を考慮し、樫の木で作られた訓練用の木剣を手に相対していた。

 グレイブは盾を構え、重心を落とす。  対するアルベルトは、鞘のない木剣を腰の帯に差しただけの、無防備な立ち姿だった。盾はない。あの恐ろしい金属音を鳴らす鞘もない。

(勝てる……ッ!)

 若き日のグレイブは確信した。  あの人の神速の抜刀は、鞘の摩擦を利用した加速あってのものだ。ただの木の棒なら、その速度は半減する。さらに防御を捨てたその構え。盾を持つ自分の方が圧倒的に有利だ。

『……始めようか、グレイブ』

 アルベルトの声には、殺気も闘志もなかった。ただの事務作業のような響き。  それがグレイブの矜持を逆撫でした。

(その余裕、ここで崩すッ!)

 グレイブは踏み込んだ。  速さには自信があった。最短距離で懐に潜り込み、盾で押し込みながら木剣を叩き込む。  完璧なタイミングだったはずだ。

 だが。

 ――ヒュンッ!!

 金属音とは違う、空気が悲鳴を上げるような風切り音が鼓膜を叩いた。

 気付いた時には、グレイブは空を見ていた。  背中を地面に打ち付けられ、喉元には、木剣の切っ先が寸止めされている。

 抜刀の動作すら見えなかった。  鞘がないはずなのに、アルベルトは腰の帯から木剣を滑らせるように抜き放ち、その初動のエネルギーだけでグレイブの盾ごと体を弾き飛ばしていたのだ。

『……いい踏み込みだった。だが、道具に頼っているうちは、俺には届かないぞ』

 見下ろすアルベルトの瞳。  そこには「勝者の驕り」すらなかった。  ギミックがないから遅くなる? 逆だ。あの鞘を使わない分、むしろ動きに淀みがなく、純粋な剣速だけで物理法則を凌駕していた。

 恐怖した。  武器の性能差ではない。生物としての「格」の違いに、若きグレイブは震えが止まらなかった。

          ***

「……手も足も出なかったよ。文字通り、赤子扱いだ」

 グレイブが自嘲気味に笑うと、酒場は静まり返っていた。

「あの人の強さは、あの『刀』のおかげじゃなかったんだ。むしろ、あの使いにくい刀ですら、自分の手足のように扱えてしまう技量そのものが化け物だったんだよ」

 部下たちがゴクリと喉を鳴らす。

「盾を持たないのは、舐めているからじゃない。必要がないんだ。攻撃こそが最大の防御だなんて言葉があるが、あの人の場合、『斬られる前に斬る』が徹底されすぎていて、防御という概念すら置き去りにしていた」

 木剣一本で、武装した騎士を薙ぎ払う姿。  それは英雄というより、戦場に放たれた「理不尽」そのものだった。

「だからこそ……今のあの人を見てると、ホッとするんだよ」

 グレイブは酒を飲み干し、ふっと表情を緩めた。

「あの、人を寄せ付けなかった剣聖が、今は田舎でメイドの尻に敷かれて、幸せそうに笑ってるんだ。……俺たちにとっちゃ、それが何よりの救いなんだよ」

 若手騎士たちは顔を見合わせ、それから何となく納得したように頷いた。  伝説の剣聖は、強すぎたがゆえに孤独だった。  その孤独を癒やしたのが、あの無表情で鉄壁のメイドなのだとしたら。

「団長。今度アルベルト様に会ったら、手合わせ頼んでもいいですか?」 「やめとけ。木剣でも骨の一本や二本は覚悟しなきゃならんぞ。……代わりに、あのメイドさんのクッキーでも貰ってこい」

 酒場に笑い声が戻る。  グレイブは空になったジョッキを見つめながら、かつての上官の平穏な隠居生活が、一日でも長く続くことを密かに祈った。
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