田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

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第1部_「触れないための規則(ルール)

番外編1:平和な午後の騒音

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穏やかな初夏の昼下がり。  庭では、私が薪割りに精を出していた。  この屋敷の風呂は薪で沸かすタイプだ。冬場に比べれば消費量は減ったとはいえ、日々の労働としては欠かせない。

「……ふぅ」

 鉈(なた)を切り株に突き立て、額の汗を拭う。  すると、背後から冷たいタオルが差し出された。

「お疲れ様です、旦那様。……相変わらず、無駄のない動きですね」

 ノア君だ。  彼女はいつもの【対魔導防護仕様】の重装メイド服に身を包み、冷えた麦茶の入ったグラスをお盆に乗せて立っていた。

「ありがとう。……まあ、これくらいしか体を動かす機会がないからな」 
「そうでしょうか。その鉈の振るい一つとっても、重心移動や力の伝達が洗練されています。……やはり、一度拝見してみたいですね」 
「何をだ?」 
「旦那様が、本気で『剣』を抜くお姿を」

 彼女は私の顔をじっと見つめた。  
ザイグたちを追い払ったあの日以来、彼女の中で私に対する「剣士としての幻想」が膨らんでいる気がする。  
鉈で薪を割るのと、剣で人を斬るのでは勝手が違うのだが。

「……あまり、君に見せられるような代物じゃないんだがな」 
「幻滅なんてしませんよ。むしろ、旦那様がどのような武器を選んでいるのか、元・制作職として興味があります」

 彼女の瞳は、まるで新しい魔導具を前にした研究者のように輝いていた。  これでは、適当にはぐらかすこともできないか。

「分かった。……休憩がてら、書斎へ行こうか」

          ***

 書斎に入り、私は鍵のかかった棚から一振りの剣を取り出した。  黒漆塗りの鞘に収まった、反りのある片刃の剣――『刀(カタナ)』だ。

「……ほう。東方の様式ですね」

 ノア君が興味深そうに身を乗り出す。  私はそれを腰に差した。帯を締め直すと、現役時代の感覚が指先に戻ってくる。

「少し、耳を塞いでおいた方がいいかもしれない」 
「え? まさか、抜くだけで爆発音でもするのですか?」 
「似たようなものだ」

 私は苦笑し、左手で鞘をミシリと音がするほど強く握りしめた。  そして、右手で柄に手をかける。  一気に、引き抜く。

 刹那。



 ――キィィィィィィン!!



 鼓膜を直接針で刺されたような、甲高く凶悪な金属音が書斎に炸裂した。  窓ガラスがビリビリと震え、棚の本が僅かに揺れる。

「ひゃうっ!?」

 ノア君が可愛らしい悲鳴を上げ、猫のように飛び上がって両耳を押さえた。  部屋に残響音が反響している。  抜き放たれた刃は、窓からの光を浴びて、ギラギラと禍々しい輝きを放っていた。

「な、なんですか今の音は……!? 威嚇音にしては殺傷力が高すぎませんか!?」 
「すまない。研磨音だ」 
「研磨……?」

 彼女は目を白黒させながら、私の手にある刀身を凝視した。

「この鞘の入り口には、特殊な研ぎ石が仕込まれていてな。抜刀する際の摩擦と勢いを利用して、刃を強制的に研ぎ上げる仕様になっているんだ」 
「抜くたびに研ぐ……。確かに、常に最高の斬れ味は維持できるでしょうけど」

 彼女はプロの目つきになり、眉をひそめた。

「あの耳をつんざくような音が出るほどの摩擦です。そんなことを繰り返していたら、刀身そのものが削れ切って無くなってしまうのでは?」 
「鋭いな。その通りだ」

 私はあっさりと肯定した。  この剣は、言わば「使い捨て」に近い思想で作られている。

「だから、これは特注品なんだよ。馴染みの鍛冶屋に頼んで、市販の安物ブロードソードを叩き直して、この『刀』の形状に加工してもらっている」 
「えっ、ブロードソードから作っているんですか?」
「ああ。刀身が痩せてきたら、また新しいブロードソードを買ってきて、鍛冶屋に泣きついて打ち直してもらうんだ。『また変な注文しやがって』と文句を言われながらな」

 おかげで、本体のコストは驚くほど安い。  英雄の剣の正体が、実は量産品を無理やり加工した消耗品だと知ったら、世間の連中は幻滅するだろうか。

「……なるほど。構造上、鞘の抵抗が凄まじいので、抜くには全力で鞘を保持しなければならない。だから旦那様は、現役時代から盾を持てなかったのですね」

 ノア君は納得したように頷き、それから私の左手を見た。  かつてマメだらけだったその手を、彼女はそっと自分の両手で包み込んだ。

「防御を捨てて、攻撃に特化せざるを得なかった。……不器用な戦い方ですね」
「全くだ。おかげで体中傷だらけだよ」 
「でしたら」

 彼女は顔を上げ、凛とした瞳で私を見つめた。

「これからは、私の出番ですね」 
「ん?」 
「旦那様がその剣を振るう時は、私が盾になります。この【対魔導防護服】なら、物理攻撃も魔法攻撃も防げます。貴方の左手の代わりくらい、十分に務まりますから」

 彼女は誇らしげに、その重厚なメイド服の胸を張った。  私が攻撃に専念できるように、自分が矢面に立つという覚悟。  その健気さと頼もしさに、胸の奥が熱くなる。

 私は刀を鞘に納めた。  キィン、と高く短い音がして、刃が闇の中に消える。

「……ありがとう。心強いよ」

 私は彼女の肩を引き寄せ、その額に自分の額をコツンと当てた。

「だが、そんなことが必要になる日が来ないことを祈ろう」 
「旦那様……」 
「俺はもう、このうるさい剣を振るうつもりはないし、君を危険な目に遭わせるつもりもない。……この剣も、君のその服も、平和な日々の『飾り』で終わるのが一番だ」

 そう言って笑うと、ノア君は少しだけ不満そうに、でもどこか嬉しそうに口元を緩めた。

「……はい。そうですね」

 彼女は私の胸に顔を埋めた。  重厚な服の向こう側から、トクトクという彼女の鼓動が伝わってくる。

「それに、もし敵が来ても……この抜刀音だけで逃げ出しそうですし」 
「違いない。近所迷惑にならないよう、封印しておくのが吉だな」

 私たちは顔を見合わせて笑った。  部屋には再び、穏やかな午後の静寂が戻ってきた。  ただ、私の左手には、冷たい鞘の感触の代わりに、彼女の温かい手の感触がいつまでも残っていた。
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