田舎の元騎士団長はどタイプメイドに振り回される

れおぽん

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第2部_「隣に立つには、眩しすぎて」

第26話:先輩への相談

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 翌日。  俺は再び王都を訪れていた。  観光ではない。以前から頼まれていた、騎士団の新人指導という仕事のためだ。

「――そこ! 踏み込みが甘い!」 
「ぐわぁっ!?」

 訓練場に、俺の怒号と、新兵が宙を舞う音が響く。  今日の俺の指導は、我ながら鬼のようだった。  心の中に渦巻くモヤモヤを振り払うかのように、俺はただ無心で木剣を振るった。体を動かしていれば、余計なことを考えずに済むと思ったからだ。

 だが、日が暮れて訓練が終わると、またあの重苦しい思考が戻ってくる。  『契約書』。『イケメン騎士』。『彼女の未来』。  ぐるぐると巡るキーワードに、俺は深い溜息をついた。

「……随分と荒れていましたね、今日は」

 訓練場の出口で、騎士団長のグレイブが苦笑しながら待っていた。  彼はかつての俺の直属の部下であり、今は立派に団長を務めている男だ。そして、俺が亡き妻・レティとの関係に悩んでいた頃、よき相談相手になってくれた「恋愛の先輩」でもある。

「飯でもどうですか。奢りますよ、元団長殿」 
「……ああ。頼む。強い酒がいい」

          ***

 王都の大通りから一本入った、落ち着いた雰囲気の酒場。  個室に通された俺たちは、ジョッキを傾けていた。

「珍しいですね。あなたがそこまで思い詰めた顔をするなんて」

 グレイブが、つまみのチーズを切り分けながら言った。

「何かあったんですか? ……例の、家政婦さんのことでしょうけど」

 図星を突かれ、俺は酒を吹き出しそうになった。  この男には、昔から隠し事ができない。

「……グレイブ。一つ、聞きたいんだが」 
「はい」 
「もし……自分にとって大切な人が、自分よりも遥かにふさわしい場所へ行こうとしていたら。そして、自分と一緒にいることが、その人の足枷になっているとしたら……お前ならどうする?」

 俺は視線をグラスの琥珀色の液体に落としたまま、絞り出すように問いかけた。

「彼女には才能がある。若さも、美貌も。……俺のような隠居老人の世話で終わっていい器じゃない。もっと輝ける場所から、最高の条件で迎え入れられようとしているんだ」

 グレイブは黙って聞いていた。そして、静かに問い返してきた。

「それは、雇用主としての悩みですか?」 
「え?」 
「単なる従業員の転職なら、条件の良い方へ送り出すのが筋でしょう。『足枷』だなんて悩む必要はない。……でも、今のあなたはまるで、恋人を奪われるような顔をしている」

 グレイブは真っ直ぐに俺を見た。

「昔、レティさんとのことで相談を受けた時と、同じ顔ですよ」

 ドクリ、と心臓が跳ねた。

 レティ。亡き妻。  俺は、ノア君のことを、かつて妻を想ったのと同じように想っているのか?  保護者としてではなく。雇用主としてでもなく。  一人の男として、彼女に恋をしていると?

「……馬鹿な。彼女は娘のような年齢だぞ。俺は……」 
「年齢なんて関係ないでしょう。あなたが彼女を『失いたくない』と思っている。その感情の正体が何なのか、本当はもう気づいているんじゃないですか?」

 俺は言葉を失った。  そうだ。俺は怖かったのだ。  彼女がいなくなること。彼女が誰か別の男のものになること。  それを想像するだけで、呼吸ができなくなるほど苦しい。

 ああ、そうか。  俺は、いつの間にか――。

「……参ったな。俺は、いい歳をして……」

 俺は両手で顔を覆った。認めてしまえば、答えは残酷なほどシンプルになる。俺は彼女が好きだ。だからこそ、彼女の幸せを邪魔する権利が、俺にはない。

「……相手は、おそらく王立騎士団の副隊長だ。俺なんかよりずっと若くて、優秀で、彼女にふさわしい男だ」 
「ほう、副隊長ですか。それはまた強力な」

 グレイブは少し驚いたようだったが、すぐに穏やかな表情に戻った。

「アルベルトさん。僕には分かりませんが……彼女を本気で想うなら、彼女の意思を尊重してあげるのも、年上としての器量なんじゃないですかね」

 その言葉は、優しく、そして冷たく、俺の最後の迷いを断ち切った。

「……そうだな。お前の言う通りだ」

 俺は残りの酒を一気に煽った。喉が焼けるように熱い。だが、胸の痛みよりはマシだった。

「ありがとう、グレイブ。……腹は決まったよ」

 俺は席を立った。今すぐに帰って、けじめをつけなければならない。彼女が気を使って言い出せないのなら、俺の方から引導を渡してやるのが、最後の愛情だ。

 店を出る俺の背中を、グレイブは複雑そうな顔で見送っていた。  彼もまた、俺が大きな勘違いをしていることなど知る由もなく、「先輩も辛いな」と同情していたのだ。

 外は冷たい風が吹いていた。俺は馬に跨り、夜の街道を駆けた。  
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